一揆の原理 日本中世の一揆から現代のSNSまで

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著者 : 呉座勇一
  • 洋泉社 (2012年9月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800300195

一揆の原理 日本中世の一揆から現代のSNSまでの感想・レビュー・書評

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  • 視点が面白い。
    アラブの春におけるフェイスブックやツイッターなどSNSの活用も、一揆みたいなもの?

    松岡正剛が、この本をピックアップしてた。
    http://1000ya.isis.ne.jp/1532.html

    松岡も言ってるけど、日本においては、一揆の研究は極めて重要。
    その理由は、日本では「革命」の名のつく社会改革史が無いから。

    でも、オレは、一揆って、革命の一種じゃないの?って、そういう疑問がずっとあったんだよねー。

    松岡は書いてる

    日本の一揆には「体制打倒」や「体制転覆」の計画がない。トマス・ミュンツァーの農民蜂起やパリ・コミューンなどに匹敵する思想性があるわけでもない。一味同心した者たちが心を合わせた土発活動なのだ。


    これは、著者の主張していることと同じ。

    著者は、一揆を「革命」のイメージで描こうとしたのは、戦後、主流であったマルクス主義歴史学の願望であって、実際の一揆とは、そういう政治的なヴィジョンを持たない、民衆のネットワークによる、お祭騒ぎ的なものに過ぎない、という視点。

    たしかに、オレも現代の様々なデモに参加するが、それらはインターネットやツイッターで繋がった、お祭騒ぎに過ぎず、現実に政治を動かす影響力はなく、それだけの覚悟と現実的なヴィジョンを、自分自身としても、持っていない。

    また、一揆的なデモンストレーションの盛り上がりが今よりずっと過激であった時代の、たとえば全共闘の運動も、結局は、時代的な大流行となったお祭騒ぎであって、丸山眞男が「無責任の体系」と呼んだ日本の政治システムについては何一つ変革することができず、流行が終わってしまえば、皆んな長かった髪を切って大企業に就職するという、極めてバカげた空疎なものであったわけだから、マルクス主義歴史学が流行遅れになった後に、こういうシラけた歴史観が出てくるのは当然である。

    でも、本当にそれだけなのか?

    トマス・ミュンツァーの農民蜂起やパリ・コミューンには高度な思想性があってけど、一揆にはそれが無かった、という見方には同意できない。

    多くの一揆が、SNS的な繋がりによるお祭騒ぎ的なものだったとしても、たとえば100年以上も続いた加賀の一揆などの、一部の一揆には、それなりの、命懸けの思想と闘争があったはず。

    でも、ヨーロッパの農民蜂起はその後の近代国家や民主主義の形成に繋がったのに、日本の一揆は、民主主義まで発展することはなかった。
    なぜ?
    そこが一番知りたかったとこだし、そこのところの記述が少ない。
    もっと掘り下げて欲しかった。

  • 炎上ネタ

  • 日本前近代(主に中世)の一揆について、これまでのマルクス主義歴史学に基づく「階級闘争」であったという評価を斥け、「人のつながり」の一類型であったと論じている。著者のマルクス主義歴史学批判はややステレオタイプで雑な気もしたが、主張の大筋は納得できた。特に、江戸時代の百姓一揆が、幕藩体制を容認したうえで非武装で行われていたということが史料的根拠に基づいて指摘されていたのは目から鱗だった。

  • [配架場所]2F展示 [請求記号]210.4/G74 [資料番号]2013100267

  • Lv【初心者】
    ・とにかく面白い歴史の本が読みたい方
    ・徳政~有徳人~一揆などの中世の概念を掴みたい方
    ・平一揆って武士で農民一揆とはイメージ違うんだけど?
    とお悩みの方

    正直自分でもこのカテゴリ(室町期)にいれてしまうのは勿体無い。
    けれど他の「破産者たちの中世」「室町人の精神」「大飢饉、室町社会を襲う」と合わせて読むと非常に面白い!

    とにかく一読をオススメする。

  • 一般書。
    著者は日本中世史専攻の若手研究者だけど、面白い。

    「一味神水」について、「そもそも起請文は、神罰への恐怖という精神的呪縛によって誓約内容を遵守させるための文書である」。
    「なぜ起請文を燃やして灰にして、それを神水に混ぜて飲むという儀式が必要なのか、という点が問題になる」など、一般書であるが我々の興味を引き出してくれる。
    我々は起請文を通じて、及び起請文の使われ方から日本人の精神史を窺い知ることができる。

  • ネットワーク分析っぽい帯に惹かれて。

  • 日本史の教科書で習った一揆のイメージが変った。
    農民だけでなく僧侶も武士も一揆をしてたとはねぇ。おもしれぇ!

    中世一揆の事例を参照しつつ一揆の本質は「人のつながり」という現代のSNSに通じる仮説を考察した内容。

    何よりおもしろい点が2つ。
    一揆は革命でも階級闘争でも反権力でもなく体制内改革(待遇改善や管理者の罷免)の要望だったという点。
    もう1つは契約の視点から一揆を読み解いた視点。

    これは斬新だった。結社の方法が中世の時代に広くあったとは驚きだった。

  • 中世の日本と現代の日本に同じ「縁の希薄さ」の空気感があり、方や一揆を結ぶことで、方やSNSでつながることで新たな「絆」を創り心の安寧を得る。このことが示唆することは多い。
    一揆に対する全く新しい視点を得ることができた。こういうことがあるから、本を読むことは辞められない。

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一揆の原理 日本中世の一揆から現代のSNSまでの作品紹介

一揆の思想と行動原理は、現代のソーシャル・ネットワークに通じている。新進気鋭の歴史学徒が、一揆の本質を解明し、混迷する現代社会を生き抜くための新しい「ソーシャル・ネットワーク」のあり方を考察する。

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