謎解き西洋絵画

  • 34人登録
  • 3.60評価
    • (0)
    • (3)
    • (2)
    • (0)
    • (0)
  • 3レビュー
著者 : 木村泰司
  • 洋泉社 (2013年3月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800300942

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
宮下 奈都
冲方 丁
中野 京子
中野 京子
有効な右矢印 無効な右矢印

謎解き西洋絵画の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 2014/04/20完讀

    這本書的作者比較是從美術史的角度來說明,對於入門者來說是一本很不錯的書,也從中得到很多知識。可惜作者的感受性顯然是差了中野京子一截,較缺乏「自己」,略嫌可惜。

    **
    ・15世紀のネーデルランドの絵画の特徴として、宗教美術と世俗性の融合(市民階級的抬頭。わかりやすさ。親しみやすさ。受胎告知後面是布蘭德爾家具?釋迦在客廳看液晶電視一樣)。しかし、不敬ににならないように、相応しい神聖の空間に仕立て上げる。つまり、象徴を用いて世俗な空間を聖なる空間にした。→注文主の市民階級が親しみやすさを失うことなく、世俗的な光景を神聖な場面へと昇華させたのです。
    ・另一因素是神秘主義的抬頭。從「這個世界是如惡魔所創造的罪孽深重的地方」變成「這個世界上所有一切都是神所創造的」,大家開始認為,不管什麼小東西上面都有神。而油彩畫的發展,讓許多象徵的モチーフ可以被更具體的描繪。

    フランス古典主義:「読む」絵画。歴史画がもっとも格が高い
    プッサン(アルカディアの牧人たち):知性と理性を訴える、フランス美術界の規範:法國古典主義的完成者。徒弟成為1648王立雕刻アカデミー的會長,他的審美觀就主導了畫壇。知性に訴えることができるフォルムと構成を重視した結果、感覚に訴える色彩を強調することは避けるべきだというのが公的な美の見解となったのです。
    「主題は高貴でなければからない」(色彩で単純に大衆を魅了することを俗悪だと考えた)絵画の最高の目的である人間の気高く崇高な精神や行為を描き出すことができる。→成為王家(可以彰顯國王的榮光)與會員(大家想要成為「藝術家」)的理想樣式。
    18C重色彩的洛可可抬頭,革命後古典主義在抬頭,新古典主義(古典主義及歷史畫至上主義)受革命政府及拿破崙支持

    歷史畫的最高等;寓意畫,解讀要有教養,畫也要有教養

    邱比特:青少年(古希臘。以複數表示邱比特,所以雖然是一個神但都畫很多隻)→小孩(3C)→幼童(巴洛克)。異教與基督教的混同而成有翼的小男孩
    基督教:各種天使,男女皆有,但文藝復興後古代神明登場,羅馬化的神明,有翼小男孩天使(非邱比特)開始登場。基督教社會中復活的古代神明(古代將愛情和慾望(性慾)等同),為了要イメージアップ,性愛女神維納斯變成愛與美的女神,邱比特也從性愛的神變成愛神。除了天使,文藝復興還有プッティ(有翅膀小男孩),象徵精神(或愛)的擬人化,所以才會和邱比特開始混在一起。
    反宗教改革時代,プッティ用來炒熱天主教信仰,而且要填滿大畫面畫他們最方便。當時畫越多人,作品的價值就越高。

    15C尼得蘭和布蘭得爾屬於伯亘地公國,1419年伯更地公遷到布魯塞爾,造成布魯塞爾地方文化及繪畫的發展。

    威尼斯派重視色彩:政治安定因而重視世俗享樂(翡冷翠政治極不安定),喜歡訴諸感覺性的鮮豔色彩,因為濕氣高不適合フレスコ,而適合油畫。
    1517反宗教改革:耶穌會開始積極布教。1563羅馬教皇トレント公會議:美術必須容易理解(美術是用眼睛讀的聖經),比較要高尚(畫風變保守,授乳的聖母變不能露胸,最後的審判也被畫腰布)。喜歡懺悔的主題(懺悔是天主教七秘蹟之一),因為新教不相信這個,所以當時常畫這個主題,例如抹大拉的馬利亞

    文藝復興時代喜歡圓形,認為是調和和統一與完全的象徵,所以有圓形繪畫(トンド。結婚和生產時常送的禮物),圓頂教會。聖家族的主題是文藝復興之後才開始畫(經濟發展,幼兒死亡率下降,開始有生活品質,大家開始意識到家庭生活)。畫「不知有基督教的時代」,成為肯定國教否定下的古代社會的藉口。

    アトリビュート(持ち物)

    1517宗教改革後,由於舊教部識字,宗教美術和聖職人員擔起仲介橋樑。舊教重視聖母,1563會議之後開始大量畫強調聖母的聖性,不畫授乳聖母,開始常見聖母被昇天等畫。17世紀在羅馬教皇主導下,羅馬進行都市美化運動,歐洲各地的藝術家聚集,巴洛克藝術開花。一方面有拉斐爾繼承人波隆那派,也有卡拉瓦橋這種寫實、暴力、官能、激烈光影對比的畫家。

    カブリエル・デストレ:波旁王朝第一個國王亨利四世。15世紀以來,法王有公認寵姬(名實都是後宮的主人)的傳統,由貴族既婚女性擔任。カブリエル社交,照顧王的起居,臨月時還在替國王傳吃的和洗衣。還要上戰場鼓勵士氣(寵妃是有相應的義務和責任的),還要當外交官(修復國王和羅馬教皇的關係),還去說服其他貴族夫人停戰。
    楓丹白露派:16世紀福朗所瓦一世。以達文西為首召集許多義大利藝術家,有後期文藝復興風格マニエリズム,有法國謎樣的宮廷趣味,也有在法國活動的布蘭得爾畫家的影子,優美而洗鍊。

    ドカ,現代生活的古典畫家,重視傳統法國繪畫的デッサン與フォルム。姑姑家族(9年)之後離開感情與理想畫,開始畫現實,畫人物的悲哀與不幸。

    馬內:オランピア(這個名字是當時很多娼婦會會用的源氏名,所以觀者也會這樣「讀」。當時因為「讀」畫的傳統非常強,所以這種作品會給人多大衝擊可想而知。しか古典絵画に対する尊敬の念があったマネは、技法的および造形的な側面と主題で伝統的なヌードを現代に移し変えただけなのであり、倫理的なメッセージを訴える気などまったくなかったのです)。傳統繪畫:在二次元(畫布)上表現三次元。但他是用平面單調的色面這種技法(描邊、平面用色、無視遠近法→浮世絵),讓人再認識二元性。重點不是畫什麼,而是怎麼畫,所以被稱為近代繪畫之父。「怎麼畫」這種造形性的探求,由印象派繼承。

    アカデミー的附屬官吏美術學校在1897年才讓女性入學:因為歷史主義至上,要畫歷史話必須要經過男性裸體素描特訓。女性只好(由人陪同)去羅浮宮模寫。莫里梭常常畫身邊的人,是因為當時女性不太能自己一個人出外亂走,更何況在戶外話題會被人罵。
    以前的女畫家都半都是因為父親是畫家,中產階級的女性不會成為畫家,嫁人後也不會畫。
    「いかにも伝統的な男性の歴史画家に比べると、あまりにもドメスティックな世界を描いたモリゾでしたが、ブルジョワ階級の女性として異例の画業をキャリアとしただけでなく、仕事と家庭を両立させた現代的な女性だっとといえます。………彼女は画家として、そして女性として、世間の固定観念をその作風同様に大胆に打ち壊し、自分の属していた階級に相応しく優雅にそれを超えたのです」。

    梵谷在安特衛普:画家としては厳格で控えめなプロテスタント社会で発展したオランダ美術ではなく、圧倒的な重量感と豊麗な色彩を誇るバロックのカトリック美術による洗礼によって色彩に開眼したのです。そして、遥かに異国からきた浮世絵も、ゴッホを装飾的で力強い色彩表現へと導いていきます。(+シニャックの点描法&モンティセリの影響を受け インパスト(厚塗り)と力強く激しい色使いを自分のものとして取り入れていく)
    アルルで迎えた絶頂期:描く対象を写実的にではなく、その対象にまつわる自分の感情を作品に表すことを決意。自分の感情を寓意的でも象徴的でもなく、粗野ながらも力強く思うままに表現しとうと決めた。こうして、内面な感情を表現する表現主義が生まれました。…彼は絵画を、外から受ける印象を描くものから、自分の内面を表現するものにし、印象主義を新たな方向へ導いた。
    サンレミ時代:発作のときはもちろん制作自体が不可能であり…しかし、数か月ごとに発作に見舞われることがわかった彼は、次の発作が起こるまで自分の精神状態をコントロールしながら、猛烈な勢いでできるかぎり多くの作品を描こうとした結果、かえって緊張感が作品に表れたのです。こうしてサンレミ時代には、カリグラフィーのようにうねった躍動感のある筆遣い、そして強烈な色彩や大胆なフォルムによる激しい表現力の満ちた、幻想的で神秘的な作品が生まれました。存在感のある絵具の厚塗りも、ゴッホの対象にまつわる感情をドラマティックに表しています。本能的且つ即効的に内面なおのが自由奔放に表現されているため、彼は表現主義の先駆者見なされるのです。

    解剖學講義:荷蘭一年一度的冬天社交活動,很多外科醫生跟當地名士會繳入場費參加。阿姆斯特丹市解剖官テュルップ博士(後來從擔任四任市長。「門閥市民」(都市貴族;都市門閥)),原名克拉司彼得森,因熱愛鬱金香,改名改家徽,但1637年鬱金香泡沫崩壞(作畫五年後)…
    419世紀後作品才有取名字,以前的作品就是依財產目錄上所記名稱稱呼。

    牧歌的で抒情的な理想郷の世界
    羅蘭:17世紀把被認為位格很低的風景畫,披上歷史畫的外衣,畫出「理想的風景画」(聖書や古典文学(神話)を主題にし、現実の風景ではなく詩情性あふれるアルカディアを描いたものをさす),讓風景畫升格。(アルカディア→一定要畫建築抑或廢墟這一類「文明的遺跡」)。靜寂,牧歌式,壯麗又抒情
    英國;風景式庭園(ピクチャレスクな庭園),國強盛後反絕對王政(法國、整型式庭園)的感情,自負與愛國心,受羅蘭風景畫影響形成獨自樣式。小特利安農宮參考。

    雷諾瓦的商業頭腦(印象派畫家中唯一勞動階級出身,成名後害怕再次窮困),把拓展作品的風格,以吸引更多客源。
    感到印象派筆觸分割法在畫人物時有其限制,開始回到古典重視造型

    英國;グランド・マナー(荘厳様式・荘重様式):以古典美術的構圖或pose,將肖像畫弄成歷史畫風(當時英國學法國成立アカデミー,但是也一起學了重視歷史畫的風氣,但英國人不找英國畫家畫歷史畫(只找大陸的),只要他們畫肖像,所以他們只好發明出這種樣式),此外也會讓畫中人物擺出古典作品(例如多納太羅的大衛像)的動作,提高作品的格調(西方貴族教養讀畫的傳統很強)

    義大利:15世紀經濟繁榮,工房競爭激烈,職人不得不三頭六臂,精通幾何解剖、哲學文學、動植物學,遠近陰影法等最先端的學問,因此成為文化人貴族、王宮貴族也要尊敬的知的エリート,「藝術家」。此外也出現藝術和工藝品不同的概念,藝術是有作者的精神性、原創和知性才可以稱之,沒有精神性和知性的就是工藝品。但北方歐洲並無此概念,藝術家終究只是職人、肉體勞動者。デューラー的正面自畫像(傳統只允許耶穌100%正面,人都要畫4/3正面像),藝術家宣言,改革美術。但因為公開,且鈕倫堡是新教基地,所以未遭太大反彈。庫爾貝的宣言!

    漢斯布魯克家族肖像畫都較為控えめ的原因:王族本身就是高貴威嚴的存在,不需要多餘外表的豪奢和虛飾。

    高更:イメージ戦略。

    皮沙羅:激近的無政府主譯者。

  • 見かけの美しさのみならず、作品の背後にあるメッセージを読み解きながら鑑賞していく。何度も触れているフェルメールにも驚きの告白があった。味気なさしか感じなかった美術史という学問の楽しさと面白みを存分に味わうことができた。些少ではあるが単眼を複眼にできたか。

全3件中 1 - 3件を表示

謎解き西洋絵画の作品紹介

王族の群像画に秘められた謎とは?不朽の名画に隠された27のミステリー。

ツイートする