耳鼻削ぎの日本史 (歴史新書y 54)

著者 :
  • 洋泉社
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感想 : 14
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  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800306708

作品紹介・あらすじ

平安時代から戦国期にかけての日本では、刑罰として、また戦功の証明として、耳鼻削ぎが広く行われていた。中世の日本人が耳と鼻に託していた象徴性を解き明かしつつ、実際に各地の耳塚・鼻塚を訪ね、伝承の真実に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 日本社会は古代において中華文明の強い影響のもと脱耳鼻削ぎの姿勢を貫いていたが、独自の政治・文明路線を歩むや、中華文明の周辺地域として、耳鼻削ぎ刑を採用した。中世においては、死罪より一つ低い刑罰として、主に女性や僧侶に執行されていた。中世から近世に移り、秀吉や江戸初期の政治がまだ盤石でなかった時代には、耳鼻削ぎ刑は見せしめの意味が大きくなる。この刑がほとんど執行されなくなったというか、禁じられるようになったのは、徳川綱吉の時からである。生類憐みの令は、無益な折衝や流血を厳しく戒めるものであったのだ。殺伐とした戦国の遺風を断ち切り、平和と安穏の時代を開いたのである。秀吉の朝鮮半島での耳鼻削ぎは、日本のことを他国に持ち込んだということで筆者は批判している。また、全国に残る耳塚,鼻塚は、歴史名的な根拠には乏しいそうである。古墳がそう言われたり、耳がよくなるなどという民間信仰から来ているようだという。
    しかし、鼻削ぎってなんかグロイよなあ。実際には、鼻梁は削がず、小鼻と鼻の頭を削ぐだけのようだが、でもねえ。
    それにしても、清水克行さんは面白いことを研究する!

  • 興味深かった。
    耳鼻削ぎはただの残酷な刑罰だと思ってたけど、どうやら「優しさ」のあるものらしい。後には見せしめの意味を持ったが。
    日本史選択だったから知ってる資料ばかりで楽しめた

  • 耳鼻削ぎとい言えば、まず思い出すのは『阿氐河荘百姓言上状』(あでがわのしょうひゃくしょうもうしじょう)、皆さんはやはり『耳なし芳一』でしょうか?
    その『阿氐河荘百姓言上状』の有名な一文”ミミヲキリ、ハナヲソギ・・・・”、そう段々思い出してきましたか?え?まだ思い出せない?おい、ぼーと生きてんじゃ(略

    確か中学当時、結構えぐい百姓さんのその訴え文を教科書で知り、昭和生まれで良かったと適当に思っていたような記憶が適当に蘇ってきました。
    Amazonさんからお勧め本としてこれが出てきた時に迷わずクリックしましたが、私は何なんでしょうか、猟奇的な彼氏みたいもんでしょうか、エログロ系が好きな事がAmazonさんにはバレてしまったようですね。

    で、本題。この耳鼻削ぎ刑は中世では女性に対する刑罰でして、男性ならぶっ殺される所を当時のジェンダーにより女性は命までは取りませんよという女性に優しい『宥免刑』だったようですね。ん-、や、優しいですね・・・
    鼻については根元からがっつり削ぎ落すのではなく、軽く先っちょを削ぐらしく、それなりの技術、ノウハウがあったようです^^;アイヌの方の鼻削ぎ後の写真が添付されておりましたが、どうみてもナオコ・研でした。本当にありがとうございました。

    実は、女性のみの刑罰ではなくお坊さんに対しても耳鼻削ぎだったんですねー。これもまた宗教観からか、悪いお坊さんであっても殺してはいけないという不文律があったんでしょうね。それが耳なし芳一に繋がるのです。詳しくは読んで下さい。

    戦場では打ち取った首の数が評価されますが、さすがに首だと量が嵩張るので、耳鼻を削いでお持ち帰りされてるようで、この場合の鼻の削ぎ方は唇からごっそり削るみたいです。殺しにいってますからねー。『小牧長久手合戦図屏風』にはがっつり鼻を削がれた戦死者が描かれております。一度ご覧ください。どうです、ワクワクしましたか?今夜は素敵な夢でも見て下さい。

    とは言え、グロ差を全く感じれらないライトな内容です。
    当時の体の一部を切り取るというのは、今ではヤクザ屋さんぐらいですが、よくある行為だったようです。読んで納得しつつ、当時の我慢強さに感服です。

    深爪にビビる私は現場から以上です。

  • HONZ 麻木久仁子

  •  恐ろしい題名だが、実際に頻繁にあったと知るとゾッとする。多くの文献を渉猟し、耳削ぎ鼻削ぎの行われた背景というか状況を時代ごとに紹介し、この行為の持つ意味が変化していることを知った。理由が何にしろ、このような残虐な行為が長くあったことは、それぐらい殺伐としていたことだし、徳川中期には無くなったようなので、やはり平和というか文明の発達は偉大である。
     興味深いのは、中国には去勢の習慣があったのに耳鼻削ぎは紀元前に無くなっていて、周囲の国々にはあったというところである。
     耳鼻削ぎが、暴力が幅を効かせる世界ではどこにでもあったつまり誰にでも思いつく普遍的な肉刑行為であるならば、今後もどこかで発生する可能性があるわけで、時代が逆行しないことを願うだけである。

  • 現代人だから、命は助かってもやっぱり耳鼻削ぎは嫌だな…

  • 現代の目線で過去を見ると本質を見失う。理不尽な死と常に隣り合わせであった中世、耳鼻削ぎは「命だけは助けてやる」宥免措置だった。しかし助けられるのは本当に命だけ、最早人間としては扱われない。それでも人々は人としての死よりも獣としての生を選んだ。

    論理と立場が明快でたいへん理解しやすかった。本書の中ではとりわけ、耳や鼻を欠く姿がハンセン病患者と重ねられた、という指摘が衝撃。罪人と宿痾者(と見られていた被差別民)の織り成す差別再生産機関……。地獄だ。『徒然草』で有名な、戯れで鼎を被って耳鼻を失う僧の話も、耳鼻削ぎの意味がわかった今ブラックユーモアで済ますには余りにむごい。五章で示された事実根拠のない耳塚たちにも思わず手を合わせてしまいそうだ。

  • 古式ゆかしくもグロテスクな日本の「伝統」である耳鼻削ぎの変遷。死刑の減免という意味合いから、首実検の代用、見せしめになり、17世紀末を境に無くなるまで。独特なテーマは新鮮で読みごたえがある。
    現代に残る耳塚には実際に戦国時代まで由来を遡れるものは無い。形状などから名づけられたものに後世の人々が慰霊・治病の物語を仮託していく。ストーンヘンジのごとくか。
    一方、中国では紀元前の前漢・文帝の時代に耳鼻削ぎは廃止しているという。あちらはあちらでもっとエグイ刑罰があるが。

  • 中国では前漢の時代には肉刑が廃止されていたが、日本ではその後1500年近く行われていた耳鼻削ぎは何のために行われていたのか、時代とともに変化した耳鼻削ぎが書かれている。

  • 新書の一番大事な事はタイトルであろう。その次は?と聞かれたら間違いなく序文であろう。数ある新書の中でタイトルに惹かれ、1ページ目からめくっていくときにワクワクするか。それだけで購入は決まる。
    そういう意味であれば本書は非常に優秀である、全く専攻の違う素人を食いつかせるさわりはよく書けている。
    しかしその期待に全く答えられていない。冗長な文章は明らかにページ数を稼いでおり、内容は著者の専門分野のみに留まっている。序文の内容であれば、もう二三人の共著者を加える必要がある。専門分野に囚われてしまい新書の立ち位置が分かっていないと言わざるを得ない。
    しかしながら著者の誠実な論理展開には好感を持て、この分野への興味が沸いた事から一定の効果はあったと言える。

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著者プロフィール

清水克行(しみず・かつゆき)
明治大学商学部教授。専門は日本中世史。 主な著書に『喧嘩両成敗の誕生』(講談社、2006年)、『戦国大名と分国法』(岩波書店、2018年)、『室町社会史論』(同、2021年)などがある。

「2022年 『村と民衆の戦国時代史 藤木久志の歴史学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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