ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)

  • 206人登録
  • 4.14評価
    • (14)
    • (22)
    • (5)
    • (0)
    • (1)
  • 22レビュー
著者 : 福島智
  • 致知出版社 (2015年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800910721

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヴィクトール・E...
デール カーネギ...
佐々木 圭一
東山 彰良
クリス・アンダー...
又吉 直樹
北野 武
ジャレド・ダイア...
有効な右矢印 無効な右矢印

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 目も見えない
    耳も聞こえない

    それは宇宙にぽつんと一人で
    取り残された感じ。

    自分が生きているのかもわからない。

    福島さんの言葉はとてもシンプルで
    わかりやすい。

    ところどころにフランクルを引用し
    自分が人生の様々なことに
    どのように選択するか自由があること。

    障害をお持ちの方がこれだけ前向きに生きているのだから
    健常者の自分がちっぽけなことで悩むのなんて
    下らないと言った
    単純で稚拙な感想じゃなくて

    純粋に生きるということのテーマを
    与えられた生に対して
    真摯に考えなくてはいけないなと思った。

  • 盲ろうの東大教授、福島先生の著書。視覚と聴覚を失った人がこんな分量の本を書けるのかとまず驚愕。何より言葉を大切にされている方の「文書=言葉の結晶」であり、とても純粋でストレートでストンと腹落ちする。また、本文の中で引用される名著・名言の類がすべて至言。「ともかく生きている、それだけで人生90点」「人間が生きる上で実現する3つの価値、創造価値、体験価値、態度価値」「絶望=苦悩ー意味、つまり絶望とは意味なき苦悩である」byヴィクトール・フランクル。「生命は、その中に欠如を抱き、それを他者から満たしてもらうものなのだ」by吉野弘

  • 失明し、聴力も失い、それでもコミュニケーションの手段を編み出していく筆者のエッセイ。

  • 9歳で失明、18歳で視力を失い、東大教授となった福島さん。彼にとっての(言葉)がどのようなものかに触れるこの体験は、私に手探りでものごとに触れる感覚を思い起こさせた。意味の生まれるところに、立ち会うような感覚。
    また、手にしたいと思った。

  • <本から>
    与えられている命を投げ出すことは生きたくても生きられなかった人たちへの冒涜である

    意味があるからこそ生きられる
    ーフランクルの公式「絶望=苦悩ー意味」との出会い
    「絶望=苦悩マイナス意味。つまり、絶望とは意味なき苦悩である

    おそらく人間は、全員がいつも何かと闘っているのです。究極の敵は自分です。私にとっても敵は自分です。これはすべての人に共通することではないでしょうか。自分の中に全ての答えがあるのです。

    「愛している」-その言葉だけでは愛は存在しない
    (略)
    なぜ「愛している」という言葉に意味がないかというと、誰が誰に対して、どういう状況でそう言っているのかが分からないからです。そういう関係が見えてこない言葉がぽっと「真空の空間」に浮かんでいても、なんのことだかわかりません。先に述べたように、言葉は背景や文脈があって意味が出てきるものだからです。(略)それだけでは力にはなりません。力を持つためには行動が必要なのです。(略)
    言葉というものは、感覚(行動)と言語(意味)の二重構造になっていると私は考えています。


    生命(いのち)は
                     吉野弘

    生命は
    自分自身だけでは完結できないように
    つくられているらしい
    花も
    めしべとおしべが揃っているだけでは
    不十分で
    虫や風が訪れて
    めしべとおしべを仲立ちする
    生命は
    その中に欠如を抱き
    それを他者から満たしてもらうのだ
    世界は多分
    他者の総和
    しかし
    互いに
    欠如を満たすなどとは
    知りもせずに
    知らされもせず
    ばらまかれている者同士
    無関心でいられる間柄
    ときに
    うとましく思うことさえも許されている間柄
    そのように
    世界がゆるやかに構成されているのは
    なぜ?

    花が咲いている
    すぐ近くまで
    虻の姿をした他者が
    光をまとって飛んできている

    私も あるとき
    誰かのための虻だったろう

    あなたも あるとき
    私のための風だったかもしれない



    詩人、原田大助

    葉っぱだって石ころだって
    そこにあるだけで
    心を動かす力がある。
    それが”ある”ということなんかな

    星の光が見える
    星と僕は知らないもの同志やけど
    僕の心を動かす力を持ってるんやな

    僕だってそこに”ある”
    "ある”ものはみんな大切なんや

  • 369.27||F84

  • 強靭な精神力を持った人なのだと思う。それでも悩み、途方に暮れたり、苦しみもがく中で進んできた道のりや考え方には励まされる。

  • 指先の雨中僕は闇と静寂の中でただ1人、言葉をなくして座っていた。僕のゆえに君の指が触れたとき、そこに言葉が生まれた
    芥川龍之介の杜子春、「幸福というのは今、目の前にあるもの、すでに自分のそばにあるものだ」と言う作者のメッセージ
    宇宙空間や月面から見れば、地球は暗黒の虚空に浮かぶ1つの青い球体。その表面に国境線はありません。国家や民族の違い、個人の能力の違い、そして障害の有無…こうした人間の違いから生まれる差別や争いも、宇宙からの視点から見ればか存在基礎を失うでしょう
    生命は自分自身だけでは完結できないように作られているらしいこの何気ない書き出しで始まる吉野弘の詩を一読し、私は何かまぶしいものに出会ったような気がしました

全22件中 1 - 10件を表示

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)を本棚に「読みたい」で登録しているひと

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)を本棚に「積読」で登録しているひと

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)の作品紹介

18歳で光と音を失った著者は、絶望の淵からいかにして希望を見出したのか-米国TIME誌が選んだ「アジアの英雄」福島智氏初の人生論。

ぼくの命は言葉とともにある (9歳で失明、18歳で聴力も失ったぼくが東大教授となり、考えてきたこと)はこんな本です

ツイートする