女子の教養 (武士の娘だった祖母が教えてくれた)

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著者 : 石川真理子
  • 致知出版社 (2015年8月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800910783

女子の教養 (武士の娘だった祖母が教えてくれた)の感想・レビュー・書評

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  • ・武士が何より重んじたのは「誠」。「言」ったことを「成」すというこの字の成り立ちは、サムライが行動の人であることを物語る。つまり、知識は行動にあらわれなければ真の知識ではなく、また、「言行一致」と言って言葉と行いを一致させることに尽力しなければならなかった。今でも周囲から絶大な信頼を得ている人は言葉だけでなく必ず行動が伴っているはず。

    ・武士道の道徳律には儒教における8つの徳「仁(他者への愛)」「義(損得ではない人としての正しい行い)」「礼(思いやり)」「智(大自然の叡智、真理)」「信(信頼)」「忠(裏切らない)」「孝(目上の人への敬意)」「悌(弱い立場への配慮)」が取り込まれた。

    ・教養はふつう「きょうよう」と読むが、国民教育の師父と称される森信三先生が教養(=たしなみ)とは、すべての知識や技能が人間的に融かされ、生かされている状態をいうのであり、真に自分自身の体に融け込んだものをいう」と述べていた。

    ・笑顔のいい人というのは、相手を大事にする心をもっている。人を思いやることができれば、人からも大事に思ってもらえる。人を大事に思える人、大事にしてもらえる人におなり。

    ・つらいときこそ笑顔で。空元気でも、そのうちホントの元気になる。大事なのは自分から元気になるっていうこと。男女問わず、魂が揺さぶられたとき、日本人は本能的にそのことが外へ表れるのを静かに抑えようとする。日本人にとっての笑いは、逆境によって乱された心の平衡を取り戻そうとする努力をうまく隠す役目を果たしている。つまり笑いは悲しみや怒りとのバランスをとるためのものなのだ。

    ・武士道における「惻隠の情(相手を憐れむ気持ち)」は、自己抑制によって磨かれるのかもしれない。人のために流す涙は、むしろ尊ばれた。泣くことを我慢した経験があると、人の涙に対しては人一倍同情心をかられるようになる。涙が抑えようもなく流れてしまうのはよほどのことに違いないと、頭で考えるより先に心が激しく揺れ動いてしまう。

    ・大切なのは「人にどう見られるか」ではなく、「自分がどうあるべきか」を基準にすること。人にどう見られるかということに基準を置くと、人が見ていないところでの素行に配慮するのが難しくなる。素行のたしなみも自分自身の修養として身につけてこそ、何気ない瞬間に人となりとなってあらわれる。

    ・徹底して「自分はどうあるべきか」にこだわり、人には「こうあるべき」と求めないこと。なぜなら「どうあるべきか」は自分自身で決めることだから。相手も自分のあり方は自分で決めればいいわけで、そこに介入すべきではない。心ある人であればあえて言葉にせずとも、こちらの行いから何かを感じて自然と我が身のあり方にも思いを馳せることだろう。

    ・言われたことはすぐなさい。すぐ取りかかる姿勢は気持ちのよいもの。

    ・「でも」と「だって」は言わないこと。言い訳するほど品性が下がるもの。武士道は知行合一・言行一致を重んじる。言ったことを行うのは当たり前。口ではいろいろ言いながら行動が伴わない人は誰からも信頼されない。すぐに「でも」「だって」と言い訳する人は、結果的に敬遠されてしまうだろう。言い訳とは自分の言葉や行いに責任を持とうとしない、不誠実な行為。いくらうわべをよく見せていようとも、心に誠のない者は品が感じられないもの。

    ・人を責める前に、立ち止まっておのれを省みる。

    ・厳しい意見を避けるのはもったいないこと。大事なものを自分から放り出すようなもの。格好の学ぶ機会と心得る。

    ・譲ることのできる人におなり。譲ることによって一歩先に進める。人とぶつからない、争わない人になるために、常日頃から「たいていのことは譲るようにすること」を心がける。「世に処するには一歩を譲るを高しとなす、歩を退くるは即ち歩を進むるの張本」by菜根譚 世の中には譲って差し支えないことが多い。人世は多数の人とともに乗り合う渡し船のごときものである。人とともにこの世を渡るには、おだやかに意気地ばらずに、譲り得るだけは譲るべきものと思う。譲ることと負けることは違う。それどころか譲ることによって一歩先へ進める。またひとつ、徳のある人に近づくことができるということ。

    ・君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。君子は調和するが、自分の考えもなしにむやみに同調することはない。小人は考えもなしにやたら同調するが調和はしない。意見の異なる相手を否定しない。意見がちがうからといって争わない。それでいて自分の信念を曲げることもない。流されやすい世の中では、自分を見失いかねない。「和して同ぜず」は、現在こそ必要。

    ・相手を思う「やさしいうそ」。私たち日本人は相手を思うがゆえのうそを、うそと認識せずに言うこともある。

    ・文句を言ったところでどうしようもない。まわりまわって自分を不愉快にするだけ。愚痴は呑み込むに限る。愚痴なんてものは埃と同じように、つつけばきりもなく出てくるもの。やがては雪だるまの如く、はては山となって爆発するであろう。そんなものは、小さなうちに呑んでしまうに限る。はじめはにがいだろうが、呑み込むことを覚えてしまえばわけはない。「つい不満が出るのは、ほかでもない自分のことが不満なんだろう」は言い得て妙。自分自身に対して心のどこかで不満を抱き続けているからこそ、何かの拍子に誰かや何かに、それが向けられてしまうのだろう。

    ・見返りを期待しない、評価を他者に求めない。何事も褒められるためにやっているわけではない。人はいろんなことをいうもの。何を言われてもよいように受け取めたほうがいいもの。何でも楽しめる心を。何でも「面白い」と前向きに受け止められるほうが発展的になる。

    ・お金にならないことも熱心になさい。お得はその時だけのもの、徳は一生の宝もの。「損得を考えるな」「行ったことはすべて自分の力になる」「尽くすことは得ること」の延長線上には祖母の教えがあった。

    ・幸福という名の景色を抱きしめるために苦難の道が用意されているのであれば、むしろ喜んで受け入れ、難局に取り組みたいもの。必要なのは、何事にも負けない心の強さ=「克己心」。

    ・才能は誰にでも与えられているもの。それは人のために使うと光る。才能というのは、その人の持っている優れた能力のこと。人より優れているとか、勝っているとかいうことではない。才能は神様が誰にでもちゃんとお与えくださるもの。自分に才能がないなんて思うのは、神さまに失礼だから、そんなこと思ったらいけない。

    ・努力は涼しい顔でなさい。人のためになることは呼吸するように行いなさい。いかにもがんばっているという様子をひけらかすのは、周囲の者の関心をひきつけようとするみっともない行い。褒められていい気分になりたい、自分はこんなに立派なんだぞと自慢したい、名声を得たいという思いが心の中にあり、それを満足させんがために行うのはおのれのことしか考えていないことを証明しているようなもの。

    ・人が咎めようとも自分は咎めない。人が怒ろうとも自分は怒らない。怒りと私利私欲を捨ててこそ、常に心は楽になれるものだ。

  • 出しゃばらず、穏やかに、水のようにさらさらと。

  • 横面叩かれたみたいに目が覚めました。
    今からの自分の居ずまいを正します。

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米沢藩士の娘だった祖母から教わった、気品ある女性になるための心得50。

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