真像残像―ぼくの写真人生

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  • 東京新聞出版局
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784808308704

作品紹介・あらすじ

世界120カ国以上を巡って子どもたちを撮影し続けている田沼武能。写真家として世界を飛び回ってきた貴重な体験や、師の木村伊兵衛はじめ三島由紀夫、山口瞳などの作家たち、さらにユニセフ親善大使・黒柳徹子との長年に及ぶ交流など、写真界の重鎮だけが知り得る人間ドラマの数々を写真と文でつづった初のフォト人生記。

感想・レビュー・書評

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  • 単著としては6年ぶりに,私の論文掲載が決まった。私は1995年に提出した修士論文で,写真家田沼武能の作品分析をしたが,その一部を久し振りに掘り起こして1本の論文にしたのだ。田沼作品の分析については,1997年に『人文地理』に,2001年に『地理学評論』に論文を掲載し,今回3本目が『人文地理』に掲載される。今回も論文に写真を掲載する予定はなかったが,1997年の時と同様に,編集委員会からそれとなく掲載の要望があり,やむなく分析した写真集の出版社と田沼さんに,掲載許可の手紙を書いた。その返事とともに送られてきたのが本書。
    田沼さんから写真集(今回は著書だが)をいただくのはもう4冊になる。なかには9000円の写真集もあった。本書は既に2年前に出ているもので,いわゆる自伝なので,研究している身としては持っていて当然なのだが,その存在しか知らなかった。恥。そんなことで,今回の新しい論文は,田沼氏が1980年代に出版した,スペインはカタルニア地方の写真集と,南米はアンデス地方の写真集なのだが,本書のなかのそれら地域に関する記述を早速引用した。
    さて,そんな感じで,本書は自らの写真を多数掲載した自伝である。写真家のなかには,自分の写真が語る以上のことは言葉では語らない人も少なくない。一方で,田沼氏は自分の写真集には必ず2ページ以上のあとがきを入れ,多くの場合知人の文筆家に序文を書いてもらい,個々の写真の解説文を入れることも少なくない。また,これまでもいわゆる写真集のほかに,文章を多数掲載した写真旅行記の類も多数出版しているし,また自ら文章を付した雑誌・新聞記事も多数ある。そもそも,本書は東京新聞への掲載記事をまとめたものである。そんな田沼氏だから,この手の文章を書くのはなんてことない。非常に明確で読みやすい文章を書く人だ。
    そんな文章にも触れてきた私だから,本書に書かれた文章の多くは既に読んだことがある。というのも,自らの人生のエピソードは毎回ほぼ同じ言葉で語られる。その辺はさすが写真家だと思う。さて,そんななかでも今回本書で初めて読んだことも少なくない。一つは彼が幼い頃に大空襲を経験したという戦争の記憶。幼いといっても1929年生まれの田沼氏だから,終戦当時は16歳。まさに青春を戦中戦後に過ごしたというのは私には想像できない。そして,もちろん自伝だから彼自身が写された写真も少なくなく,面白い。若かりし頃の田沼氏はよくいる感じの元気でお調子のよい青年だ。そして,自身が書いていることだが,20歳台でジーンズを履いていることや,写真館以外の職業写真家であること,1950年代から撮影旅行でさまざまな国に出かけていたことなど,今で思うと当たり前のことだが,彼は常に時代の先をいっていたということを改めて思い知らされる。そして,新潮社の雑誌の仕事を通して,名だたる文士・芸術家と交流を結んでいたこと。これについてはもちろんその作品によって知ってはいたが,これほどの文章を費やしてその頃のことを回想するのは初めてだと思う。そして,タイム・ライフ社の仕事についてもけっこう書かれていた。彼自身が体験した太平洋戦争の記憶がもとで,彼は戦争写真家にはならなかったとのこと。社員という選択を排して,フリーランスでの契約にこだわったことなど。また,自らの写真集についても語っているが,その経済的な事情まで書いてあるのも初めてだと思う。今回の論文で扱った『アンデス讃歌』などは撮影旅行に1千万円の借金を作って出かけたこと,写真集はお蔵入りになりそうになって,ようやく6年後に出版されたという。それから,彼は現在日本写真家協会の会長をしているが,その仕事についても知ることができた。
    まあ,その他にも説明すべきことは多いが,カラー写真も多く掲載した豪華本でありながら低価格なので,多くの人に読んでもらいたい本ではある。冒頭に書いたように,もう15年前に取り組んだ田沼武能の写真世界であるが,その選択は間違っていなかったと思う。写真そのものを取り上げやすい写真家は他にもっといる。田沼氏の写真はそういう意味では非常に優等生的で,研究として取り上げる人などまずいないのではないか。しかし,だからといってその価値がないわけでは決してない。彼の一生にはさまざまなものが関わってきており,彼の写真作品にはそれらが見事に反映しているのである。
    かくいう田沼氏もすでに79歳。私は彼の作品分析をあと論文2本にまとめようと考えていて,それが終われば単行本1冊にはなるだろう。こんなことを書くのは失礼だが,なんとか彼の存命中にその仕事は仕上げたいものである。

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著者プロフィール

1929年、東京・浅草生まれ。写真学校を卒業後、木村伊兵衛氏に師事。新潮社の嘱託などを経て1959年からフリーランスとなる。1965年、アメリカのタイム・ライフ社と契約。ライフワークとして世界の子どもたち、人間のドラマ、武蔵野や文士・芸術家の肖像を撮り続けた。1995年から2015年まで日本写真家協会会長。1979年モービル児童文学賞、1985年菊池寛賞等を受賞。1990年紫綬褒章、2002年勲三等瑞宝章を受章、2003年文化功労者に顕彰され、2019年に写真家初の文化勲章を受章。2020年に朝日賞特別賞を受賞。2022年6月1日逝去。

「2023年 『武蔵野 わがふるさと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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