大人のいない国: 成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)

  • プレジデント社
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  • Amazon.co.jp ・本 (115ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784833418881

作品紹介・あらすじ

気づいてみれば、みんなで「こんな日本に誰がした」を大合唱。誰も「こんな日本に私がした」とはゆめゆめ思っていない。老いも若きも「責任者を出せ!」と騒ぐクレーマー天国で、絶滅危惧種「本当の大人」をめぐって二人の哲学者がとことん語る。

感想・レビュー・書評

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  • これはまさに大人としての自覚の無さを指摘している本である。
    成人式を迎えたら、自動的に『大人になった』となる我が国。

    しかし、中身が大人かどうかは語られない我が国。
    いくつになっても親の世話にならなきゃ生活出来ない、年齢だけは大人が多くなった。
    けれども、そんな半端な奴でも十分生きて行ける社会は、逆に十分成熟している社会なのだろうか??

    そんなこんなを考えさせてくれる一冊である。

  • なんとなく図書館で借りた本なのだが、非常に共感できる部分が多かった。
    まぁこれを読んだからと言って自分に何ができるとかは無いのだが、
    自分の中に新たな価値観が生まれたのは間違いない。

  • 2008年にこの本が出版されてるのすごい、内容的に最近の本かと思った

  • 価値観が多様化し様々なカミングアウトがなされている。しかしなぜか「真っ平らな常識」を押し付けられる。「大人であること」が敬語の使い方、箸やフォークの使い方でもあるかのように。それじゃどうしろ、という答えではないけれど、グレーゾーンを見つめてみよう、という気にさせてくれる本。

  • 未成熟な人たちは増えてるかもしれないけど、成熟した人たちも、声はあまりあげないかもしれないけど、いると思う。
    言論の自由は、誰でも言いたいことを言う権利のことではない、ということを心に留めたい。

  • 久々に鷲田さんの文章が読みたくなり手に取りました。
    鷲田さんの言う大人、自分で問題解決をしていく人間になりたいです。

  •  対談集かと思ったら、そうではなかった。対談は1章のみで、あとは両著者のエッセイ/評論が交互に登場する本なのである。

     日本の大人たちがいかに未熟か、という指摘がさまざまな角度からなされるのだが、それが「近頃の日本人は幼稚でケシカラン!」というような紋切り型の批判にならないのは、この2人ならでは。両著者は、次のように言うのである。

    《鷲田 最近、政治家が幼稚になったとか、経営者が記者会見に出てきたときの応対が幼稚だ、などと言いますが、皮肉な見方をしたら幼稚な人でも政治や経済を担うことができて、それでも社会が成り立っているなら、それは成熟した社会です。そういう意味では、幼児化というのは成熟の反対というわけではないんですね。
    内田 官僚や政治家やメディアに出てくる人たちがこれほど幼稚なのに、致命的な破綻もなく動いている日本社会というのは、改めて見ると、きわめて練れたシステムになっているなって、いつも感心するんですよ。》

     この痛烈な皮肉こそ両著者の真骨頂で、ここが本書の肝といってよい。

     第1章の対談も、その後の両著者のエッセイも示唆に富む内容ではあるのだが、いかんせん、本文正味が115ページしかないというのは、あまりに分量が少なすぎ。
     「ピンポイント選書」(本書のシリーズ名)だかなんだか知らないが、たったこれだけのページ数でハードカバー/1200円の本として流通させるというのは、ちょっとね。いまや新書でさえ300ページ近い分量があたりまえだというのに……。
     いや、もちろん、分量が多ければいいってものではないが。
     
     「名言だなあ」と思った箇所を引用する。

    《鷲田 近代社会って生まれて死ぬまで同じ自分でないといけないという強迫観念があって、直線的に自分の人生を語ろうとするじゃないですか。昔の偉い人は何回も名前が変わった。失敗しても名前を変えるくらいの気持ちでいたらええよ、と。人生を語るときは直線でなく、あみだくじで語れ、と言いたいね。》

  • ・匿名文は利とするところがないので(所有制を放棄してもよいので)匿名なのだ。もしくはそれが呪いの言葉だから。

    ・個性化の名の下に同じような価値観だけで凝り固まり、細分化、蛸壺化したことが日本の幼稚化傾向に拍車を掛けたのではないか。それは日本のみに起きている現象ではなく、グローバリゼーションやWWWを通して世界をフラットに均一化させる。
     皮肉なことにグロバール化にNo! を突きつけた911以降、異質なモノを排斥する運動は強くなる一方だ。内田樹は独裁者と民主政治を喩えに出し、均一化された価値観からイノベイティブな発見がないことは自明だと言う。
     つまり、ノイズをもたらすべきだと言うのだ。

  • 成熟というのは「生き延びる知恵」である。

    しかし、これ程までにセーフティーネットが完備された豊かで安全な社会にあっては、もはや生き延びる知恵など全く必要としなくなった。
    故に子供のままでも十分に生きていけるようになったので、無理に大人にならなくても良くなったのだと言う。

    例えば…

    ① 直ぐに、責任逃れや犯人探しをしたがるクレーマーやモンスターな人々

    ② 「自己主張」だけで我を通す余り、誰にも相手にされなくなる「自分探し」の旅人

    ③ 全ては「金」が解決すると信じて止まない「金」全能主義者

    そう言われてみれば、似たような性癖の子供が、昔は(そして多分、今でも…)クラスに一人は存在していたように思う。

    しかし、大人と言うのは…

    ① 社会的に生きていく以上、各人がそのシステムの構成員であることを忘れてはならない。
    先ずは「自分だけはその責任から逃れられている」という錯覚から目を覚ますべきだ。

    ② 「自立」というのは「相互依存」のシステムを上手に利用し、本来"不完全"である自分を補完しながら生きていくことである。
    また、「個性」や「適正」というのは他者から認められて形成されるモノであって、自分で決定することは不可能だと気付くべきだ。

    ③ 「金」だけに限らず権力や名誉など、皆が同じ価値観を持つことは、思想統制された社会で生きていくのと同じ位に危険である。
    確かに、或る集団にとって同じ価値観を持つことはその秩序を保つ上では非常に効率的な手段である。
    しかし、集団を纏め上げることと集団を成熟させることは異なる事項である。
    あらゆる価値観があり、その狭間で葛藤し自分で解決策を見つけてこそ子供は成長するのである。

    なるほど…

    ①について
    例えば先日起きたグループホームでの火災事故
    マスコミは火災報知器の設置義務違反や夜間スタッフの不足など、設備の欠陥を責めてばかりいたが…
    いざ自分自身の親が或る老人ホームに入居していて、その経営者から「今後に備えて夜間のスタッフを増やしたいので、来月からその費用を上乗せしたいのですが…」と打診された時に、私達は快く返事を出来るだろうか…
    「もっと施設の方で企業努力をするべき!」なんて言いたくならないだろうか…
    誰しもクレーマー的な所見を持ち合わせていると自省する必要がありそうだ。

    ②について
    「おひとりさま」現象などは、「自立」が「孤立」に向う顕著な例だろう。
    私も反省しているが、最近の私達は誰もが自分自身を可愛がり過ぎているような気がする。
    今こそ見つめ直す時期なのかもしれない。

    ③について
    例えばチョッと前までは、親戚や近所に生産的な活動をしていないけれども何となく憎めない「変なオジさん」が一人は居たモノだ。
    ところが今では学校も親も「金を稼いて偉くなること」だけに全精力を注いでいる。
    変なオジさんは、その地域で見守って行く愛すべき対象ではなく、「あんな大人にならないように」という反面教師としてしか存在価値は無くなってしまった。
    もしも、そのオジさんが崇高な哲学を持っていたとしても、今の子供にはそんなモノは全く必要が無い(と、両親も学校も国もそう考えている)。
    必要なのは、工業製品を一つでも多く輸出する能力であり、株価チャートを見抜く眼力であり、つまり何が何でも他よりも勝ることである。
    最近露呈している社会の様々な問題は、そういった画一化された価値観を様々な方向に開放させるだけでもそれなりに解決の方向に向うと私は思っている。
    少なくても「少子化担当大臣」をリーダーに対策を練り上げていく「学級委員会」的な発想よりは何ぼかマシなのではないだろうか!?

    そして最後に内田氏は…

    国民全員を斉一的に大人に仕立て上げるシステムを作るのではなく(それこそ子供の発想だから却下すべし)、現在も好調に機能しているように見えるこの「全国民の規格化・標準化」システムに適度な「ノイズ」を発生させ、局地的な「無秩序」を生み出す必要があると訴えている。

    微力ながら、今後は私もノイズを出し続けて行きたいと思った次第である。
    ※私は社会適応能力がない分、その方面に関しては平均以上だと自負しておりマス…/(^^ゞ

  • 鷲田さんの本だーと手にしたら、自分のもやってた部分がクリアになって、そうそう、それなのよ!と読みながらうなずくことしきり。鷲田さんの文章は好きです。内田さんは分かるけど、言葉が強すぎてちょっと怖い。あ、自分が子どものままだからか、と妙に納得。

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著者プロフィール

鷲田清一(わしだ・きよかず) 1949年生まれ。哲学者。

「2020年 『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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