つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方

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制作 : 有賀 裕子 
  • プレジデント社 (2012年1月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (343ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784833419956

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つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方の感想・レビュー・書評

  • 現代の"つながり"との距離感についてのエッセイ+過去に人はいかに新しいメディアなり技術なりと向き合ってきたかの考察、そこからどんなふるまいが考えられるか、という話。
    二章の過去の賢人たちとのメディアとの向き合い方の考察がメインで、そこが面白い。

  • どうにかツナガリを利用してモノを売りたいと思ってる身にはつまる内容。でも個人的には確かに、デジタル断食が時には必要だと思う。

  • 2013年最初の一冊。ネットからたまには離れる事の効用を西欧の賢人たちの生き方を参考にといている。大事なのはいかにデジタル機器の利用と折り合いつけるかって事であり、徹底的な反ネット、デジタルの論調ではない。

  • SNSが無くてはならない存在になった今、過剰な繋がりや情報洪水による弊害があると思う。繋がらない選択もあることを七賢人から教わる事が出来ます。

  • SNSが普及し、常に誰かと繋がっている気がするのは楽しい気もするのだが、やはり、ここに書かれている通り孤独に耐えられるのが大人であり、けじめを付けられる人なのだと思う。
    自分の記事に“いいね”やコメントを付けられないと落ち着かない、メールには直ぐに返信が来ないと不安になるなど、そんな事で忙しい気分でいるのもナンセンスなのだ。
    ほどほどにが一番いいのだろうが、それが難しい。

  • プラトン:
    深みと充足を得るには、人混みから離れること。
    現代人は、「アテネ郊外への散策」と同じことを自己流にアレンジして実践する
    内面的な充足を得手、自分の直感や発想を信じる術を身につけよう。
    こうした自由を手に入れた人は、外面世界での生活を最大限に活かして楽しむことが出来る。
    ・「今日はコレ」のどれか1つを選び、徹底的に読み込む。目を通した何冊もの中から一冊に絞る。
    ・意識的に騒音を遮断できるかどうか。騒音に囲まれた部屋で自分の問題と向き合うのに適した「フロー体験」を探す。
    ・画面に向かう時間が長くなれば長くなるほど「心理状態」がよくなるか? 時間が長くなればなるほどYESと答えるのが難しくなる。
    ・内面正解が深まった幸福感が広がるどころか、浅くなって不快感が募る。
    ・読書関連のテクノロジーは、利用者を読者に没頭させないしくみになっている。
     慌ただしい環境で考えたり書いたりしていては、たいていは受け身でオリジナリティにかける、賞味期限の短い言葉しか生まれない。
    ・私たちが外の世界にもたらす最大の贈り物は、内面奥深くにひそんでいて、取り出すにはそこまで到達しなくてはならない。
    ・人生でもっとも大切でやりがいのある仕事をする上では、内面の探求は好ましいだけでなく欠かせないものだ。
    ・内面の探求への必要性は以前にも勝ると劣らないほど大きいが、テクノロジーはことごとく逆の方向性を帯びている。
    ・つながりをいっそう緊密にして、集団や人混みとの接点を増やそうとしている。
    ・読書という経験を「外向き」に持って行こうとする電子書籍リーダーは、
     読書しながら「自分の内面を探求する」のは、紙の本に比べて格段に難しい。
     
    ・朝一番のメールチェックを控えると、仕事とプライベートの区別を守りやすくなる。
     仕事とプライベート、両方の人生を真剣に生きようとするならこの線引きはかなり重要。
    ・赤ん坊:蕎麦にいる母親が、すこし目を離されることによって一人の状態というものを知る。
     母親と一心同体ではないと気付くが、「たとえ一人でも、守られているから安心だ」と納得しはじめる。
     
    ・ネット安息日:
     集に一日はネットを使わずに過ごす。6ヶ月後には劇的な変化がおきる。
     
    ・USA Todayの論説ページ:
     技術が、コミュニケーションを「進化」ではなく「劣化」させている。
     無意味に絶えずつながる状態が作り出されている。
     
    ・カレッジでの「夕べの祈り」の復活:
     旧来の意図は「宗教儀式」だった
     現在は、宗教と関係無く、デジタル機器を手放して熟考するための時間として設けられた
     スマホなどを預けて、一時間ほど静かに座る。
     ガジェットに囲まれた、あまりに慌ただしい毎日にかけたものを補う
     
     21世紀の「ひとごみ」のなかで長くすごしていると、理路整然とものごとを考える機会が減っていく 

  • 僕はSNSを使い、ブログを使い、そしてメールも使います。
    一日の時間をふと、振り返ってみると、かなりの時間をディスプレイに向かって過ごしているなあと、感じます。
    また、自分が発した情報に対する反応が気になりそわそわする、そんなことが多くなっていて、「このままでよいのかなあ」と漠然と不安を感じていました。
    そんな不安のヒントになるかと思い読んだのが、この本です。
    まず、「人との絆を育み、感情面、社会面、精神面の飢えを癒せる」というデジタル機器のメリットが提示されています。
    しかし、過度に「つながり」を重視し、デジタル機器を使いすぎてしまった場合には弊害が生じるとしています。
    その弊害とは、大きく以下のようなものと、理解しました。
    ①精神面の動揺
    ②人間関係への悪影響
    ③仕事の効率への悪影響
    そして、他者との接触が増え、「情報過多」になったのは、デジタル機器が発達した現代に始まったのではなく、これまでの人間社会の発展、技術の進歩の段階でも、起こったことであるとして、プラトンやシェークスピアなど7人の賢者の、「対処方法」を紹介しています。
    僕がこの本を読んで特に腑に落ちたなあと感じたのは、「他者からの情報を取り入れ、それを吸収するだけもしくは反射的に対応しているだけでは、自分の頭で”考える”という時間・習慣がなくなってしまう」ということ。
    これまで漠然と感じていたことなのですが、改めて認識することができました。
    そして、自己の内面世界に触れ高めるためには、ディスプレイを空間的に遠ざけ、一人で考える時間というものを、意識して作らないといけないなあと感じました。
    ネット空間、デジタル機器との距離感に疑問を感じていた僕には、ヒントになる部分の多い一冊でした。

  • つながっている時間が長くなるにつれ、スクリーンのせいで毎日の生活に変化が生まれ、慌ただしさが増してわたしたちは髪を振り乱すようになる。そして、とても大切なものが失われていくのだ。その大切なものとは、「奥深さ」という一語に凝縮されるものの考え方や時間の使い方である。考えや感情の深み、人付き合いの深み、仕事や活動すべての深み、深みがあってこそわたしたちは意味のある充実した人生を遅れるのだから、それにが失われたままになっていることは愕然とする
     テイリッヒ 孤立は一人でいることの苦痛を、孤独はその換気を表す

  • 適度につながらないための知恵。距離、心、道具、儀式、自分村。

    スクリーンがないのは、むかし、こども、としより。

  • 僕ら、ネットで繋がりすぎ。つながる喜びとプレッシャーに毎日囲まれている。
    すぐに調べなくたって困りゃしないし、つながったところで、何を食ったとか飲んだとかに紛れて大切な情報はなかなか見つからない。
    目の前の人や出来事のほうが大切、あるいは自分一人の時間がどれだけ大切か。

    偉人にならい、さまざまなコミュニケーションの変革があげられています。
    話し言葉から文字にうつりゆく伝達で、どんな問題が起きたか。印刷の発明に怒りの声をあげた人々。「魔法のような」機器を手にしてこんなになってしまった僕らは、誰に怒ればいいのだろう。

    著者は週末は電源を切ってしまうことにしたけれど、別にどうってことない、という例をあげます。
    そう、どうってことないはず。なのに、まるで禁酒のようにむずかしい。

  • テクノロジーの発展により、様々な情報を手に入れることができるようになったし、自ら発信できるようにもなった。
    その反面、自らの内面と向き合う時間は減り、他人の哲学を模倣し他人の人生を生きている気がする。
    テクノロジーの発展は生活をより便利にしたが、生活の質の向上や内面の豊かさを育むことに寄与しているのだろうか。
    自分も少しでも時間が空けば、SNSをチェックせずにはいられない。
    テクノロジーを使いこなしているとは言えず、テクノロジーに使われている状況である。
    その場を全力で楽しむ、あるいは感じるためには携帯などのスクリーンから目を離し、目の前のもの(人や体験)に向き合う必要がある。

  • いやー、目からウロコになる本。FacebookやTwitterが社会コミュニケーションの基盤となっている現代において、あえてつながらないことを選択することで見えてくる世界や価値について書かれている。もちろん、ネット上から降ってくる情報はあくまで情報でしかなく、そこに価値が存在するか否かはそれを受け取る人次第なのだろう。しかし、昨今ではそこに人のつながりが深く介在するようになって、その価値が見えづらくなっているのも事実だし、人が挟まることで人との関係が複雑になっていることも然りだろう。この著書では、そこを人や物事との関係に悩むというのは現代だけでなく、古くはソクラテスの時代からある哲学的な問題だと示唆し、哲学者・有識者7人を取り上げて、ネット時代の今をどう生きていくかを深く掘り下げているところが、そんじょそこらのネットはどうかと書かれている本とは違うと思う。

    しかし、ネット否定はするがネットがあったからこその恩恵や人のつながりといった部分をどう生かすかがやや浅いのも事実(全く触れられていないわけではない)。核家族、独居老人などの孤立していく日本の世帯社会、ネットに毒される若者世代にとって、どう生きていくかを日本流に考えるものいいだろうと思い始めてきた。

  • 「SNS中毒」の人へのお薦め(笑)
    読み物としてとてもおもしろい本です。

    本のテーマは「静かで広々とした空間の渇望」とありましたが、
    大テーマが「他者との関わり」とか「思索」というところで、中テーマが
    「適度なネットのつきあいの推奨」「インターネット安息日」といったとこ
    ろでしょうか。

    反ネット・SNSといった本ではありません。
    ただ「つながりつづけ」ていると「思索」の時間は持てないでしょ?
    いいんですか?という事ですね。

    ちなみに私は中毒者です(笑)
    貴重な「思索の時間」とするべき、(リフレッシュのための)旅行時も
    携帯端末で「つぶやき」続けていますしね。
    で、いかんな、という自覚はありますね。
    当然「思索の時間」なんて昔に比べると格段に少なくなっています。

    対策として極力読書の時間を増やして、自分と向かい合う時間を設けるように
    はしています。

    この本が面白いと思うのは「プラトン」「セネカ」「ハムレット」「フランクリン」といった史上の賢人たちが「他者とのかかわり」「思索」という点において苦労、工夫をしてきた内容が紹介がされている点です。
    この箇所を読んでいるだけでとても落ち着くのはなぜなんでしょうね。

    旅行にいく時にでも是非読んで欲しい本です。
    (つぶやくのではなく(苦笑。。。。。))

  • 名著。日々疑問に思っていることがど真ん中で書かれており、気持ちよさすら感じた。
    もちろんネット社会を否定するつもりはないし、それによって受けている恩恵ははかりしれない。ただ、どこまでを享受するかは真剣に考えないといけない。休日にさえ仕事のメールを確認し、常にFacebookやTwitterを確認する必要はあるのか。また自分のそういう権利は守りつつ、他人にプライベートの時間に即返信しろと強要していないか。もちろん時と場合にもよるが。
    今目の前にいるのは誰か。家族かもしれないし、友人かもしれない。その大事な人が目の前にいるのに、離れた人々と関わる意味はあるのか。
    若干携帯依存症になっている自分も、重々気をつけないといけない。自覚しているかしていないかは雲泥の差。この本を読めてよかった。

  • メールを常時取得、ネットにつながる環境にあることで生産性が下がっているのではないかという気がして、手に取った本。
    ほかのメールやメッセージに気をそらしてから、元の仕事に集中するためには、時間がかかるという下りを読んで納得しました。

  • いつの時代にも、最新のテクノロジーでつながることが脅威に思っていたひとがいたということ。
    つながらなくても全く困らないということは、みんな知ってたはずなのに、戻れないという事実は意識したい。

  • ハウツー本ではないのでご注意。哲学の本です。

  • 東京マラソンを見ていても、走っている最中に、携帯電話をしていたり、
    ツイッターをしている人がけっこういる。元来、マラソンというのは孤独なスポーツではなかったのかと思うのだが。ネット経由で、励ましをうけ、練習状況をつぶやくことも、モチベーションに寄与するし、それは、それでいいと思うが、マラソンのもついい意味での孤高なる精神が失われると思う。
    本書を読むと、多くの人とつながっていると意識が外に向かい、つながりが少なくなると内向きになり深く物を考えらると説く。
    それは、決してネットが誕生して発生したことではなく、古い昔から問題であることを、ソクラテス、グーテンベルグ、シェークスピアなどの歴史から学ぶ。筆者は週末はモデムのスイッチを切ることにより、「つながらない生活」をしているそうだ。
    ネット中毒になっている人にお勧め。

  • 読みながらスマホを解約した。

  • 過去の偉人のエピソードを引き合いに出して、「適度につながらない」方法を書いているのが面白かった。
    時間やツールを制限してつながりをひかえることを推奨するだけじゃないところがいい。

    つながりを控えるのは何のためなのか。
    控えることによって得られるものは何なのか。
    それを自分が考えるきっかけをくれた本。
    文献も載っているので、この本をきっかけに読みたくなる本とも出会えた。

    この本をきっかけに携帯を電話機能のみにした。
    つながりがシンプルになるのは爽快である。

  • 人の距離のはかりかた。


    つながり過剰な時代。
    つながらないという選択肢を心の隅に置いておくことが心を楽にする。


    田舎という、ある種つながり過剰な空間においても、この考えは大切なのだと実感した。

  • 内容はとても気に入った。真似できるかどうかはさておき、その理論はとても好ましいように思うし、素晴らしいと思う。しかし、なんだかとても全体的に話が長く(くどいと感じさせる)、やけに読みづらかった。せっかくの内容がぼやけてしまうほどに。4★付けたかったけれど、その分1つマイナスで3★にする。

  • 今読むとちょっと古いと感じてしまって、つながりを保つべきかどうかという議論よりもすでに先に進んでいる。今はつながりたくなければいつでも絶つというのは当然の時代になっているのではないのかと思う。だから、あたりまえじゃん、という気持ちになってしまう。ネット過剰な世界にあって一つのたどるべき考えの道筋だったのかもしれない。そうすると、東の「Google」から逃げるという考え方は繋がるということよりも、思考そのものがネットによって奪われている段階まで進んでいて、このあたりがネットに対して考えるべき地点なのかもしれない。

  • 【インターネットと離れた生活の提唱】
    携帯電話やPC(これらを総称してスクリーンと呼んでいる)を通じてインターネットをしている世界を雑多世界と呼び、それらと離れた世界を内面世界と呼ぶ。SNSやアプリ、メールチェックなど、人々はみなスクリーンに依存しており、それなしの生活など考えられない。

    一見便利に見えるスクリーンも、人々から自分と向き合う時間や人生と向き合う時間、人と直接向き合う時間を奪った。それにより、人は奥深さを失い、ただ表面的で、薄い人間へになってしまってきている。

    これからの社会を考えた時、スクリーン無しの生活は考えられないが、いかに付き合っていくかが大切になる。『つながらない生活(=スクリーンと離れた生活)』を日常に取り入れることで、より人生が充実したものになるのではないだろうか。

    朝起きてやることが、メールチェックやSNSチェックなどのスクリーンから始まるあなた。ぜひ読んで欲しい一冊。

  • つながることは良い事であるという大前提で物事が薦められている現代において、確かに他者と繋がり過ぎていると感じる時がある。

    本書が面白ところは、”つながる”ということをインターネットだけに限定せず、テクノロジーの進化によって相対的に過去よりも”うるさく”なってきた状況を上手にコントロールしている先人達の方法を取り上げているところだ。そして、そのつながりを”少し”抑制することで、内面性を重視した、より人間らしい思考が可能になる事を提案している。

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つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方の作品紹介

朝起きてすぐツイートしますか?休日もメールを見ますか?フェイスブックの書き込みが気になりますか?毎日、充実していますか?昔から、みんな「騒々しい世間」との距離のとり方で悩んでいた。7賢人に学ぶ、「適度につながらない」ための知恵。

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