生きる (日本傑作絵本シリーズ)

著者 :
  • 福音館書店
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感想 : 101
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  • Amazon.co.jp ・本 (44ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784834083262

作品紹介・あらすじ

生きていること いま生きていること……とさまざまな人生の瞬間の情景を連ねる、谷川俊太郎の詩『生きる』が初めて絵本になりました。小学生のきょうだいと家族がすごすある夏の一日を描き、私たちが生きるいまをとらえます。足元のアリをじっと見つめること、気ままに絵を描くこと、夕暮れの町で母と買い物をすること……。子どもたちがすごす何気ない日常のなかにこそ、生きていることのすべてがある、その事実がたちあがってきます。

感想・レビュー・書評

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  •  詩人の谷川俊太郎さんの詩に、絵本作家の絵が合わさった絵本は、これまでもいくつか読んできたが、どれも素晴らしく感じられ、それは谷川さんの詩の良さは勿論、絵が加わることで、更にその魅力を何倍にも広げてくれるだけではなく、詩だけだと、つい高尚な印象を持ってしまいがちな子どもにもお勧め出来る、その温かな親しみやすさがいい。

     そして本書の場合は、癖のない素朴な絵でひと夏の出来事を、ノスタルジックな雰囲気で瑞々しく描き上げた、その普遍性が魅力の岡本よしろうさんの力も大きく、谷川さんの詩から、絵だけでオリジナルストーリーを作るというのは、自ら考えたストーリーに合わせて絵を描くよりも難しいであろうに、まるで詩の内容と絵が見事に響き合っているような印象は、しかも言葉そのものではなくて、言葉の奥に潜んでいる感覚的なものと共鳴しているように思わせる点に、表現するもの同士だからこそ通い合わすことの出来る、そうした深みに読み手も手を触れることが叶う、幸せを実感出来るのかもしれない。


    『生きているということ
     いま生きているということ』

     谷川さんの詩で何度も登場する、この二つの文は、同じようで全く意味合いが異なるような気がして、私が、ふと「生きているなぁ」と感じる時というのは様々で、それはその瞬間のことだけではなく、過去を振り返ることや未来を思い描くことだってあるし、まして、それが自分自身に関するものでは無いこともあるが、それらは時間軸こそ違っていても、今、その瞬間に感じていることが最も大切なのだと私は思い、そう思うことで、今というのは、常に何かを感じていることが折り重なるようにいつまでも繋がっていき、その集大成が自分自身なのだという、自らの人生の豊潤な喜びに加えて、今という二度と帰ってこない、その瞬間がとても愛おしく感じられてくる。だから人は、その一瞬一瞬を大切に愛おしく生きていくのだ。

     そして、それはとても大切なことでありながら、時に忘れがちになってしまうこともある。そんな時にこそ、『いま生きている』ということを意識してみると、ふと、冷静に客観的に自分を見つめられるかもしれないし、本書の初出が「たくさんのふしぎ」であることから、生きているということ自体が、この世に生まれてきたときから既に始まっていた、実はとても不思議で充ち満ちたものなんだということを思い続けていれば、一見、同じような毎日だって違ったものに見えてくるかもしれない、そんな『生きている』ということの深遠さには、人間に心がある素晴らしさも同時に実感させてくれて、それを教えてくれたのは、岡本よしろうさんの絵のストーリーである。

     生きているということを感じているのは、当然私だけではなく、皆そうであり、それを実感させてくれた岡本さんの凄さは、最初に登場する主人公の少年の家族だけの物語と思わせながら、実はその周りで生きている人達全てに、『今』が繋がっていることを実感させてくれる群像劇にしている点にあり、これは一読するだけで満足してしまい、気付かない方もいるかもしれないので、書いておきたい。

     それは表紙で、お母さんから帽子をもらう(おそらく熱中症を心配したのだと思う)少年と、その横にいるお姉さんの絵から、既に物語は始まっており、その後の本編の最初の見開きが、少年の足下のアップから始まるため、少年以外の人達の行動に目が行かなくなりがちだが、その次の公園全体に視点を引いた見開きでは、少年の後ろで友達に耳打ちしているお姉さんがいて、更にその次の見開きになると、お姉さんが手を振って友達とそのお母さんとさよならをしている、といった、一人一人の大切な瞬間瞬間の『今』が繋がって『生きていること』を見事に描いており、これを登場する人達ほぼ全員にしているのだから、いかに絵の一枚一枚がよく練られたものであるかが実感出来る、まさに絵の世界が生きている感覚である。

     また、それは連続して繋がっていなくても、服の色で覚えておけば、一枚飛び越した絵で、ちゃんとその後の行動の続きが見られる細かさも印象的な中で、特に凄いと感じたのが、上記のお姉さんが公園で友達に耳打ちしている絵の、奥の手すりに寄りかかって景色を眺めているカップルが、一枚飛び越した絵では、それまでと視点を180°転換して、いちばん手前の横断歩道を公園に向かって歩いて来る、その整合性のある絵には、まるでそこで生きている人達全ての人生を蔑ろにしたくないような、岡本さんの本書に込めた、妥協のない拘りと優しさを感じさせる。

     更にそれは、商店街の光景を描いた三枚続きの絵も同様で、その前の水槽の金魚を物欲しげに見入る少年の(彼は、これまでの絵から、おそらく動物好きであろうことが推測出来る)、後ろで走っている二人の男の子の絵が、その後の熱帯魚店の店主に怒られる流れに繋がっていることや、青果店の二階にある喫茶店で密かにカップルの男性が女性を怒らせてしまったようで、最後には階段を降りてくる女性の絵に繋がっていることに加えて、おばあさん同士が座って話しているベンチの下で眠っている猫にまで、その後の続きが描かれている丁寧さであり、それは生きているものたち、それぞれの『今』を切り取りながら、時間の経過も同時に感じ取れることから、生きていることには、時に切なさもあることを教えてくれる。

     そして、そんな切なさは、主人公の少年の家族の物語にもあり、それはお姉さんが描いていた絵や柱に貼られた紙、おじいさんのシャワーが作り出した虹、夕日の当たる玄関で一人出掛けようとするおじいさんの後ろ姿、夕食前に何かを作っているお姉さんと、読み手がその瞬間瞬間に於ける、彼ら家族の今、生きていることを感じながらも、ハッとさせられたのは、その後の写真の中だけで生きていることを感じられた、ある人の存在。

     しかし、それは、その後の暗い夜の海の絵を月の光がそっと優しく照らすように、少年の家族にだって、そのようなものが、いつまでも変わらずにあり続けるであろうことを実感させてくれたのは、本書の中で、少年の家族皆がそれぞれ、今生きていることを大切にひとつひとつ築き上げてきたことによる、その結晶の表れであり、それを確かに感じられた絵と見事に響き合った、谷川さんの詩の言葉が忘れられない。

    『人は愛するということ』

     それは、蝉の死体に群がる蟻から始まり、土から顔を出す蝉の幼虫の裏表紙で終わる、本書の構成からも感じられた、岡本さんの生き物への眼差しから知る、今生きていることの素晴らしさである。


    生きる
    谷川俊太郎 詩

    生きているということ
    いま生きているということ
    それはのどがかわくということ
    木漏れ日がまぶしいということ
    ふっと或るメロディを思い出すということ
    くしゃみすること
    あなたと手をつなぐこと

    生きているということ
    いま生きているということ
    それはミニスカート
    それはプラネタリウム
    それはヨハン・シュトラウス
    それはピカソ
    それはアルプス
    すべての美しいものに出会うということ
    そして
    かくされた悪を注意深くこばむこと

    生きているということ
    いま生きているということ
    泣けるということ
    笑えるということ
    怒れるということ
    自由ということ

    生きているということ
    いま生きているということ
    いま遠くで犬が吠えるということ
    いま地球が廻っているということ
    いまどこかで産声があがるということ
    いまどこかで兵士が傷つくということ
    いまぶらんこがゆれているということ
    いまいまがすぎてゆくこと

    生きているということ
    いま生きているということ
    鳥ははばたくということ
    海はとどろくということ
    かたつむりははうということ
    人は愛するということ
    あなたの手のぬくみ
    いのちということ

    • ☆ベルガモット☆さん
      たださん、こんにちは。
      谷川俊太郎さんの詩が先で、岡本よしろうさんが絵による物語になっているということでしょうか。
      詩の世界は私の中では...
      たださん、こんにちは。
      谷川俊太郎さんの詩が先で、岡本よしろうさんが絵による物語になっているということでしょうか。
      詩の世界は私の中では敷居が高くわからないことが多いのですが、谷川さんの詩はひらがなの温かみが包み込んでくれる優しさになるので、こちらの絵本は5つ星ですし読んでみたいなと思いました。

      こちらに書き込んでしまいますが、
      たださんの、岡本真帆さん歌集での歌が心に残ります。岡本真帆さんの歌は等身大で楽しくて、こちらも歌詠みしたくなる気分になりますよね♪

      結句の「ここまで来たよ」が自分に言い聞かせているような、応援歌のような余韻が残ります。好きと嫌いの対象は他人や物や自分の感情も含めて多くの困難を一緒に乗り越えたような達成感みたいなものも感じますし、読み手に凝縮されたときの流れを託すようで、迫力がありました。
      2024/03/31
    • たださん
      ☆ベルガモット☆さん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます(^^)

      そうです。谷川さんの詩が先になりまして、私も詳しい年は知らなかっ...
      ☆ベルガモット☆さん、こんにちは♪
      コメントありがとうございます(^^)

      そうです。谷川さんの詩が先になりまして、私も詳しい年は知らなかったので調べてみたら、1971年とのことで、岡本よしろうさんの絵本は、その詩の世界を、より多面的に、かつ、分かりやすく表現したように感じられまして、登場する殆どの生きものに物語がある様に、それぞれのささやかで大切な『今生きるということ』を実感させてくれるようで、心に残りました。

      詩については、短歌のように定型が無いから、難しく感じられるのかもしれませんね。自由過ぎるといいますか。
      しかし、それが魅力にもなるのでしょうね。

      岡本真帆さんの第一歌集は、最終的には奥の深さを実感し、彼女の歌人だけではなく、人としての多様な一面も垣間見えたのが印象的で、第二歌集も読んでみたいです。

      それから、私の歌について、嬉しいお言葉をありがとうございます!
      ベルガモットさんの素晴らしい解釈に感動しまして、自分で作っておきながら、上手く言葉にしづらい部分もあったのですが、今、ここにいる自分が、どれだけの好きや嫌いを踏まえて、どちらでもない気持ちに達することを繰り返してきたんだろうといった、複雑な思いを、できるだけ客観的に詠んだつもりでした。
      2024/03/31
    • ☆ベルガモット☆さん
      たださん、またお邪魔しまーす☆
      短歌は賞をとるのも楽しみですが、みんなと鑑賞し合って自分が気づかなかった視点や解釈をもらえるのがとても嬉し...
      たださん、またお邪魔しまーす☆
      短歌は賞をとるのも楽しみですが、みんなと鑑賞し合って自分が気づかなかった視点や解釈をもらえるのがとても嬉しく勉強になります。
      岡本真帆さんは対談イベントでこちらの歌集にサインをもらいました。
      人柄と物腰がとても柔らかくお友達たくさんいそうな笑顔でしたよ♪
      2024/03/31
  • 詩が先でこの絵本があとで生まれたみたいです。「かくされた悪を注意深くこばむこと」「いまどこかで兵士が傷つくということ」そしていま、「市民がどこかでたくさん傷ついている」明日は我が身か。

  • 勝手に始めた「人気の絵本の特徴を見つけよう」の試み20冊目。

    『生きる』は、小学校高学年くらいの時に、クラスの文化発表会のような催し物に向けて暗記した、思い出深い詩。本作は詩の内容に合わせてイラストが描かれた絵本。元となる詩がそもそも素敵だが、イラストもノスタルジックで温かみがあり、絵本としても素敵な作品。

    自分は歳を重ね、両親も歳老い、この4〜5年はコロナ禍があり、地球の裏側では戦争が続くいま、改めて暗唱すると、生きていることが当たり前だったあの頃とは受け止め方がだいぶ変わったなと思う。
    元の詩を知っている人にも、そうでない人にもおすすめの作品です。

  • 谷川俊太郎さんの詩「生きる」を岡本よしろうさんの絵と共に味わえる「日本傑作絵本シリーズ」の一つ。

    いま生きているということ。愛おしい。この一瞬一瞬の連なりを、目一杯味わいながら生きようと思った。

  • 〝生きていること、いま生きていること〟・・・日常生活のなかでの何気ない仕草、泣くこと、笑うこと、怒り、手のぬくもり、見知らぬ人との出会い、自然との共存と慈しみ・・・詩人<谷川俊太郎>さんの “命の詩”に、<岡本よしろう>さんの温かみのある絵が融けあった情景によって、こころ穏やかになる大人の絵本。

  • もともと好きな詩。
    本当に何気ない生活の絵が付くことによって、日常がまるっと愛おしくなる。
    初めから読んでいって最後、「あなたの手のぬくみ いのちということ」に辿り着く時、毎回なんとも言えない気持ちになる。
    幸せなような、切ないような、きゅっとする気持ち。

  • これは詩の絵本のものすごい成功例だと思ってる。谷川さんの詩は、読み返すたびはっとする。声に出すと余計にリズムがふっとひっかかるところがあって、ドキッとするのだ。
    その上でこの絵本は、「ミニスカート」がそれほど新鮮でなくなった今の時代の私たちや子どもたちにも、この詩の受け止め方を教えてくれる。描かれてるのは一つの物語、情景なのに、そこからみんなまた違う何かを想像し心がギュッとなるはず。絵に描いても、想像が狭まらない不思議がある。押し付けがましくないからかな。言葉のタイミングと絵が絶妙で、明暗も美しい。大切な本です。

  • 多分、子供の時も出会っている。学校の教科書で読んだか、意欲的な授業をしてくれた先生が教えてくれたかで。
    今読むとその時はどうとも思っていなかった(もちろんそれなりに反応していたとは思うけれど)でも今読むとそしてこういった日常の絵を添えて読むと深くじわじわと浸透してくる。
    朗読が出てくるドラマ内でもこの生きるの詩は出てきた。読む人の声にのってずんずん響いてきた。

  • 何度も読み返したい。
    絵も暖かみがあって良かった。

  • 限りある命、「今」を生きることの大切さ、何気ないの日常に穏やかな幸せが存在することを記した作品。爽やかで素朴なタッチのイラストも素敵。

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著者プロフィール

1931年東京生まれ。詩人。1952年、21歳のときに詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以来、子どもの本、作詞、シナリオ、翻訳など幅広く活躍。主な著書に、『谷川俊太郎詩集』『みみをすます』『ことばあそびうた』「あかちゃんから絵本」シリーズ、訳書に『スイミー』等がある。

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