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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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僕らが本当に少し死ぬのは、自分が「さよなら」を言ったという事実に、身体の真ん中で直面したときだ。別れを告げたものの重みを、自分自身のこととして実感したとき。でもだいたいの場合、そこに行きつくまでにはあたりをひとまわりする時間が必要になる。
― 206ページ -
音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた深く優しい個人的情景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生は)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。
― 145ページ -
思うんだけど、そういう「あらためてしみじみ」がひとつひとつ、僕らの人生の骨格をかたちづくっていくみたいですね。
― 56ページ
みんなの感想・レビュー・書評
図書館にて読書。
村上ラヂオ2の方が読みたかったのだけれど、貸し出し中だったので1の方を。表現の仕方はまあ同じだとしても、エッセイはその作家の本性みたいなものが読み取れるのが面白い。生命感があるのだ。
村上さんは音楽の造詣が深いし、その点に関して私はかなり信頼しているので、紹介されているものはとりあえず自分の引き出しにストックする。
自分で自分はおかしいのだと言い切る村上さん。ちょっと世間とずれていて、協調性のない、ひとりを好む人は好きです。そういう人はたいてい、普通の人にはない身の毛のよだつ感覚を持っている。そういう人こそ文学者になるべきではなかろうか。なるべきです、うん。批判は必ずあるし、弁護する人ももちろんいるし、でも本人は別にいたってクールに、思ったことを書いていればいいのだ。その人にしか紡ぐことのできない文章で。
(20120517)
一番思ったのは、こんなに適当に好きなこと書いて売れてお金もらっていいな(笑)
いや、作家として成功したからだけど。出したら必ず読む、わたしのような読者が世界中にいるものねぇ。
2000年3月から約1年にわたって雑誌「anan」に連載された50篇のエッセイをまとめた作品。 「パスタ」「レコード」「ロードス島」「コロッケ」「ヴァージニア・ウルフ」「ドーナッツ」そして「猫」と、目次に散りばめられたキーワードは村上春樹らしい。村上エッセイの味わいが凝縮された1冊となっている。 それにしても、この人はエッセイが上手い。 村上春樹といえば安西水丸の挿絵が定番だが、本書は1960年代の「平凡パンチ」の表紙絵以来、第一線で活躍を続けるイラストレーター大橋歩とのコラボレーション。
なんだかほのかにフェロモ~ンを感じた。文体が小説のそれとは違うから。村上氏とお話ししているような感じ。女性にモテそうな人だとおもった。きんぴら音楽の章がおもしろかった。「きんぴらを届けてあげたい!あのミュージシャン」。
村上春樹のこういう文章って好きだ。
翻訳本とかはあまり好きじゃないんだけれども。
自分でこういう文章書けたらすてきやなーと思う。
まぁ村上春樹は作家だから、当然っちゃ当然か
こちらにレビューを書かせていただきました。
http://zoo08.blog.so-net.ne.jp/2012-01-03-1
時代を感じさせない、村上さんらしいエッセイですね。
村上春樹のエッセイ。コロッケやちらし寿司、パスタなど食べ物が話題に出てくる。不思議な香りがするのは文章のおかげなのだろう。ちょっとした日常への考察、小さな幸せ、そんなささやかな何かをそっと書きおくような内容だ。粗くて、書きぶりもひねくれていない。セントラルパークを走って、はやぶさに出会う。これが一番好きなくだり。やっぱり村上春樹の言葉は素敵だ。
古本屋で見つけた.パラパラめくったら、挿絵が可愛らしかったので,娘に送ってしまった。村上春樹の本で、まだ読んでいない珍しい一冊。
もう、このゆるさ、たまりません。
絵本の大人版というか、リラクゼーション・エッセイです。
自分もこういうふうに書いてみようかな。今後のブログ。
さて、このゆるさのなかでもピリッとしていたのが、「ロードス島の上空で」。村上の長編作品に通じるエッセンスを感じた。
面白いのは「かなり問題がある」。ここで紹介されている『国境の東 太陽の西』のポーランド語版を外大のネイティブの先生に、いい翻訳だから読んでみなさいよ、と言われた。先生は、かなり問題があって、いい人だと思う。
読んでいて救われるのは「けんかをしない」。開き直るってわりといけてるよ。ほんと。
雑誌「anan」に連載された50篇のエッセーが収められている。日常の事から、海外での様々な経験、趣味のジャズ音楽のことや映画についてなど、色々な話題で楽しめる。
自分的に読書漬けの間に読んだから、つい他と比べると読み応えがないなーというか読みやす過ぎるなと思った。
が、あとがきにて”雑誌「anan」に毎週、一年間に渡って連載されたもの”と知り、その感覚で出会えてたらもっと興味深かったのかなーと。
これを読んで、むしょうにパンケーキが食べたくなったがホットケーキで妥協。
他にもコロッケとかすき焼きとか、なんだかお腹が空くようなエッセイ集。
母親は「すかした文章」と評したが、文学的と言って欲しい。自分で文学的と言っておきながら、少し「?」に思う部分もあるが。
エッセイは変人であれば変人であるほど(失礼な)面白いなあ、と。
村上ラヂオ2の方から読みました。
10年前ということで、やっぱり今の方がこなれている感じ。
読む順を間違えたか、それとも正解か・・・
距離をおいていた作家さんだったけど、
近くなったように思います。
小説を読んでみる気になりました。
ananに連載中の
村上春樹エッセイ集
なんかanan読者に受けているのどうか?
日常のあれこれ
なんどか読んだような
そんな既視感もかんじました
村上さんがすごーく肩の力を抜いて書いたエッセイ集、という感じ。
「遠い太鼓」とも違って、アンアンの読者をなんとなく意識しているような感じがする。軽妙洒脱。
さくさくと読めて、とても好き。
ananに連載されていたエッセイ。
村上春樹さん。ずっと昔高校生のころ「風の歌を聴け」をカレが絶賛してて読んでみたけど、よく分からなくてそれ以来読んでなかった。
この50の身近なお話を読むととっても素敵な大人の男性で、ものの感じ方が私にはとても心地よい著者さんだった。
ネコの自殺の話や食べ物関連の話が特に印象的。。
時間つぶしにさらっと読める1冊(^^)。
すごく面白かった。 中学生か高校生の時にノルウェイの森が流行って手にしたが、意味が分からず読まずして時代は流れ、1Q84の時もきっと私には理解できない世界だろうと思って興味を持たず、村上春樹は縁遠かった。それが一気に近づいた感じ。「別に変らなくてもいいや」と思っていると不思議に人は変わっていくものだ、という言葉に感激し村上春樹が好きになった。欲しい言葉が降ってきた感じがした。 本との出会いは面... 続きを読む »
()の使い方が絶妙。
そして、食べ物が美味しそう。不快なこととか、言葉の力で喜びにかえるようなところが見られる。とりわけ印象に残ってるのが、髭そりの回での、「ヒリヒリ感を楽しみながら」という表現。ポジティブなんて安直な評価をしてはならない。
2がオモシロかったので10年前のエッセイを読みました。パソコンの起動やWEBブラウズが遅いとき童話を少し読むあたりに過去を感じました。マッキントッシュが旭というりんごの品種の英語名と知ったことが一番の驚きでした。だからうちのパソコンにはりんごのマークがついているのか!

旦那さんの本棚から。村上春樹のananでのエッセイ集。
2ページ位での読みやすい形式。
なんでもそのまま取り込んでしまう私ですが、村上さんは、エッセイにも虚構を入れる事が好きなようで、いつも、これ...





