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この作品に関連する談話室の質問
みんなの感想・レビュー・書評
朗読者の翻訳者。
現代ドイツ文学の大学教授。
ドイツ留学したり書評書いたり。
同時期にひとり百物語の立原透耶(中国語専攻の大学の先生)を
平行して読んだためどっちが誰だか
分からなくなった。
著者近影を見れば可愛らしい人なのに
結構運動されるのだそう。
大学生のときバレーに打ち込み
バレー部のコーチと学生結婚(!?無計画……)
タイトル買い。 帯に、 「あるときからエレベーターに乗るたびに、「5階」が「誤解」と聞こえるようになってしまった。同僚に打ち明けると、その人は心配そうにわたしの顔を見つめ、「それは病気です。翻訳者がかかる病気ですね」と言って降りていった……。」 とあって、わたしは翻訳家でもなんでもないけど、 会社のエレベーターが「5階です」というのが いつも「誤解です」にきこえて笑いそうになって... 続きを読む »
装丁に惹かれまして。松永さんの事を全く知らずに読んだ1冊。エッセイの中で松永さんと言う人物像がボンヤリと浮かんできました。何歳になっても、興味を持ちチャレンジする事って良いな、と。
ええと、ええと。ドイツの事に全く興味がなく、世に出版されている翻訳された本を殆ど読んだ事の無い私がこのエッセイを読んで良かったのか?と。
エッセイ集なんですけど、なんだか「知的」な雰囲気が漂っています。気持ちよく読めます。そして、著者に対して勝手に親しみを感じてしまいました。この本を通して、新しい音楽や本など、さらに自分に広がりを与えてもらいました。たとえば、CD「エウミール デオダートのツァラトゥストラはかく語りき」をさっそく聞きたくなり手配しています。数冊の書評ものっているので、その本も今度読んでみようかと思っています。
翻訳者がいてくれるから、外国語の小説が読める。いつもありがたく思っております。
その有難い人がエッセイをお書きになりました。
翻訳者でありドイツ文学の研究者でありW大学の教育者であり、八面六臂の活躍ながら、奔走し時に学務に翻弄されているさまが、親近感のわくところで(笑)
学生が連れて行ってくれるから、普通の中高年女性にはしづらい経験もできたり、翻訳者としての覚えがめでたかったから著者本人とコンタクトが取れたりと、研究一本やりでないから広がったり深まったりする人生の味もある。そんなエピソードのあれこれに、禍福はあざなえる縄であり、人間万事塞翁が馬だなあと思います。
ラフィク・シャミ『夜の語り部』が私の初・松永訳でした。独文翻訳者・松永さんのエッセイ集ということで、どういう文章を書かれるのかな?と興味津々で手に取りました。 読んでいると、もう表紙のとおりの「ほんわか天然さん」で可愛い筆致…といっては失礼だけど、やっぱりキュート。独文学研究者さんとしての日常を描かれているパートなどは、書きようによっちゃ「髪ふりみだして奮闘編」になったはずのネタなのに、なん... 続きを読む »






