新自由主義―その歴史的展開と現在

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制作 : David Harvey  渡辺 治  森田 成也  木下 ちがや  大屋 定晴  中村 好孝 
  • 作品社 (2007年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (395ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861821066

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新自由主義―その歴史的展開と現在の感想・レビュー・書評

  • 〈新自由主義の結果、貧富の差の拡大という弊害が現れた〉ではなく、〈金持ちたちが貧富の差を拡大するために新自由主義を断行した〉というストーリー。

  • 80年代に巨大都市が財政破綻して大企業に買収されたという話をこの本を読んで知った。ロボコップの世界観はこのことを踏まえていたのかと思った。新自由主義の元では政府が積極的に自由市場に介入することで、かえって自由が損なわれてしまう。

  • 現今、日本や世界の問題を語るうえで「新自由主義」の概念を抜かすことはできない。そして新自由主義をめぐる議論で、頻繁に引用・参照されるのが本書である。あまり軽々しく使うべき言葉ではないが、この問題を論じるうえでの「必読書」だと言っていいだろう(原著は2005年刊)。

    本書は見た目には結構ボリュームがありそうだが、ハーヴェイによる本文は全体の4分の3ぐらいで、300ページに満たない。残りは渡辺治による付録論文、訳者あとがき、用語解説、参考文献、索引である。特に渡辺による付録論文「日本の自由主義」が重要である。新自由主義の「地理的不均等発展」に着目するハーヴェイは、米英はもちろんチリや中国の事例の検討にも紙数を費やしているが、惜しいかな、日本への言及は限定的だ。渡辺論文はその点をしっかり補足してくれる。

    本書は読み通すのに深い専門知識などは要さない。訳文は十分整っているし、訳注も豊富だ。広く読まれるべき一冊だと思う。

  • 新自由主義とは
    ⇒強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する
    と主張する政治経済的実践の理論である

    ・市場取引の範囲と頻度を最大化することで社会財は最大化されるという考え方

    ・グローバル市場においての決定の指針たるデータベース
    →ITに対する興味関心増大

  • マルキストの本て、実証的なデータなどがほとんどなくて、文章ばっかりで、説得力がない。
    でも、ウォーラーステインの文章よりはいいと思った。

    表紙に、小泉の写真があるのは、おかしいよね。ハーヴェイは、完全な日本パッシングで、中国にはかなり触れているけど、日本にはほとんど触れていない。
    日本の政治なんて、国際的には影響力ゼロなんだから。アメリカ合衆国の属国みたいなものだし。

  • 新自由主義の本質と歴史的展開をクリアーに描き出している。本書では新自由主義が「市場原理」の活用によって資本蓄積を実現する事には失敗していると否定的に見たうえで、資本家等の「階級権力」が自己権力の維持・再強化を目指すために新自由主義政策をするとした。

    そのため、国家による介入は当然許容される。
    なぜなら、資本家階級による「階級権力」の再強化が最優先であり資本蓄積は二の次だからである。

    まさに名書

  • 新自由主義を「支配階級の権力の回復あるいは創設」のための試みとして捉えている。金融資本の問題性など本書の指摘に肯定する部分もあるものの、「階級」という切り口での分析は個人的にどうしてもなじめなかった。支配階級といっても、新自由主義のもとでの上層レベルの人々はある程度流動的なものであり(ホリエモンしかり)、それを階級と意義づけることに疑問がある。また、労働者階級や福祉国家を完全に善なものという前提での語り口にも違和感を覚えた。ただ、全体として、新自由主義を包括的に分析した書物として意義のある本だとは思う。

  • レーガン・サッチャーから始まる新自由主義。ネオリベを読み解く必読書。

  • 新自由主義を、論理と実践の双体として眺める。
    そんで筆者はどういう立場なのよ!、と突っ込みたくなる気持ちが暫く続いたのはともかく、とても面白かった。日本のネオコンについても訳者の人々が力を入れて書いている。
    しかしながら、やっぱり金回りだけを見ているのでは足りないんだなぁということも痛感。

  • 1947年にハイエクの周囲でモンペルラン協会が組織され、 フリードマン、ミーゼズ、ポパーらが集い新自由主義の理論化が始まった。
    彼らは自由市場原理主義を標榜し、国家の市場への介入を最低限にしなければならないと考えた。そこでは個人の自由は市場と商取引の自由により保証される。
    その思想は階級の再編成のために援用されるようになる。金を持つものが、更に多く持てるようなシステムを作る為にである。そのために、公的資産の民営化、社会保証の縮小、自由貿易の促進のための規制緩和といった政策が行われる。完全雇用や社会的保護に重点を置く従来型のケインズ型の福祉国家の解体である。
    アメリカの経済界は「政治活動委員会pacs」を形成し、共和、民主両政党に制限なしに献金出来ることで政治に強大な影響力を持ち、彼らに優位な政策を作り出している。
    1970年代に金融界の策略により、チリ、そしてニューヨークにおいて最初の新自由主義政策が行われた。チリでは軍事クーデターにより、ニューヨークでは倒産に追い込むことで、既存の組織を解体し、そこで金融界に優遇的な政策を再編成するように要求する。その後も、このような方法をモデルケースとしてアメリカとIMFなどの機関により様々な国家において新自由主義体制への変更が遂行された。
    IMFは外貨の不足した国を対象に緊急融資を行うが、その条件として民営化、規制緩和を強要する。そうして多国籍企業が新たな市場を得ることができ、より安価な労働力を得ることが可能となる。IMFの目的と機能は世界の主要金融機関を国の債務不履行の危険性から守ることである。つまり投資へのリスクを投資家が軽減できる仕組みとなっている。 国民を犠牲にさせてでも債務返済をさせようと国家に介入するのだ。
    新自由主義体制は財政の危機の局面を利用して、または作り出し、その対策として採用される。レーガンもサッチャーも小泉もそうだった。危機において財政支出を緊縮し、制度を効率的な仕組みに改革する。
    、国家介入を否定する新自由主義だが、良好な市場環境を作り出す為に、国家介入が極端なかたちで採られることが多くある。民主主義を否定するようなかたちで、金融システムの保全や金融機関への支払いを住民の福祉や環境の質より優先させる。 多数決よりも、司法、行政が好まれる。
    個人単位での影響として、企業に優位なフレキシブルな雇用形態に変わることで雇用不安が生まれる、福祉、社会保証が縮小される。また社会的連帯の絆が解体されるため、宗教、ナショナリズムの勃興が現れるようになる、様々な局面で、自己責任というタームが自由と一緒に使われる。
    新自由主義の本質は富と権力の集中だけであり、 その目標であった資本の蓄積という面においては完全に失敗している。

  • 1356夜
    読みたい。

  • 新自由主義に批判的な立場から、現在の政治情勢を問う著。
    一見するとマルクシズム的陰謀論に見えるが、その中で、新自由主義の重要な側面を指摘している。すなわち、新自由主義は階層上位、企業経営者(本書では支配階級とされている)が自らの利益を回復・増大させるための格好の理論づけとなっているという点である。
    この指摘が非常に興味深い一方、現在の新自由主義的な政治展開が問題である、と指摘するための論拠が、格差が拡大している・貧困層が増加していると言うものであり、それ自体には頷けるものの、「新自由主義的政治展開」と「格差の拡大・貧困層の増加」のつながりの説明がほとんどなかったのが残念。

  • 新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。

    国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである。

    たとえば国家は、通過の品質と信頼性を守らなければならない。

    また国家は、私的所有権を保護し、市場の適正な働きを、必要とあらば実力を用いてでも保障するために、軍事的、防衛的、警察的、法的な仕組みや機能をつくりあげなければならない。

    さらに市場が存在しない場合には(たとえば、土地、水、教育、医療、社会保障、環境汚染といった領域)、市場そのものを創出しなければならない――必要とあらば国家の行為によってでも。

    だが国家はこうした任務以上のことをしてはならない。

    市場への国家の介入は、いったん市場が創り出されれば、最低限に保たなければならない。

    なぜなら、この理論によれば、国家は市場の送るシグナル(価格)を事前に予測しうるほどの情報を得ることはできないからであり、また強力な利益集団が、とりわけ民主主義のもとでは、自分たちの利益のために国家介入を歪め偏向させるのは避けられないからである。

    そのような新自由主義国家が、どのように同意形成してきたのか、アメリカ、イギリスでの過去の経緯を分析している。

    そして、メキシコ、アルゼンチン、韓国、スウェーデンなのにおける地理的不均衡発展について言及し、中国的特色のある新自由主義にも触れている。

    結論に向け、審判を受ける新自由主義を述べたのち、自由の展望としてルーズベルトが示した議論を出発点とし、国家機構に対する民衆のコントロールを再獲得し、それによって市場の権力という巨大なジャガーノートのもとにある民主主義的な実践と価値観を――空洞化するのではなく――より深く推進するための同盟が、アメリカ内部で構築されなければならない。

    新自由主義が説く自由よりはるかに崇高な自由の展望は存在する。

    新保守主義のもとで可能となるよりはるかに有意義な統治システムは存在する。

    われわれはそうした自由を獲得し、そうした統治システムを構築するべきなのだ。

    と締めくくられている。

    実行可能なオルターナティブ、現実的な可能性を特定することにつながる政治プロセスを創り上げて行くのは民衆一人ひとりの不断の努力が求められているのである。

  • <blockquote>「未来の歴史家は、1978〜80年を、世界の社会経済史における革命的な転換点とみなすかもしれない。1978年、<b><span style="color:#ff0000;">?小平</span></b>は、世界人口の五分の一を占める国の共産党支配下の経済を自由化する最初の重大な一歩を踏み出した。?小平が定めた路線のもと、中国は20年後には、閉鎖的な後背地から人類史上比類なき成長率を維持する資本主義ダイナミズムの開放的中心地へと変貌を遂げた。太平洋の反対側では、まったく異なった状況のもとで、<b><span style="color:#ff0000;">ポール・ボルカー</span></b>という比較的無名の(しかし今では有名な)人物が1979年7月にアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)の議長に就任し、ほんの数ヶ月の間に金融政策の劇的な変革を実行した。それ以来、同じ理事会は、たとえどんな結果が生じようとも(とくに失業に関して)、インフレとの闘いを率先して行うことになった。大西洋の向こう側では、それより少し前の1979年5月に、労働組合の力の押さえ込みとこの10年間国を覆っていた悲惨なスタグフレーションの克服という使命を帯びた<b><span style="color:#ff0000;">マーガレット・サッチャー</span></b>が、イギリスの首相に就任した。そして1980年には、愛想のよさとカリスマ性を兼ね備えた<b><span style="color:#ff0000;">ロナルド・レーガン</span></b>がアメリカ大統領に選出された。彼は連邦準備制度理事会におけるボルカーの提案を支持するとともに、労働者の力の押さえ込み、工業・農業・鉱業の規制緩和、国内および世界全体における金融の力の自由化という独特の政策セットを実行して、アメリカ経済を再生の軌道に乗せた。こうしたいくつかの震源地から、われわれを取り巻く世界の姿を一変させるような革命的な衝撃が広がり、その轟音を鳴り響かせたのである。これだけの規模と深さをもった変革は偶然には生じない。それゆえ、いかなる方法と道筋によってこの新しい経済編成 ー それはしばしば「グローバリゼーション」という用語で概括されている ー が古い経済編成から引き出されてきたのかを問うのは適切であろう。ボルカー、レーガン、サッチャー、?小平。彼らはみな、かなり以前から流布されていた少数意見をあえて採用し、それを(延々と続く闘争を避けることはできなかったとはいえ)多数派へと押し上げた」</blockquote>
    (スタグフレーションは、物価上昇と景気後退が同時に起きること)
              (デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』作品社P9)

    <blockquote>第1に、ハーヴェイは新自由主義(ネオリベラリズム・新保守主義)をアメリカの「不正」と断じているものの、グローバリゼーションを推進した先進資本主義諸国がこぞって採用した国家体制とか政治体制とかとは、必ずしも捉えていない。
     途上国・旧社会主義諸国との相互関連性のなかで滲み出してきた一種の世界システムとしての、現代資本主義の一時代様相だと捉えた。ということは、新自由主義はアメリカあるいはワシントン・コンセンサスの押し付けとはかぎらないということで、そういう押し付けがましい圧力と不正がしばしばあったにせよ(チリとCIAとシカゴ学派の関係のように)、実際にはそこに各国の内的要因が絡んでいたということになる。
     それゆえ、イギリスや日本などの先進諸国が新自由主義を採択したのは、かれらが福祉国家主義、社会主義的オルタナティブ、コーポラティズムなどに対抗するために選択したことは事実だが、途上国では開発主義国家体制下の矛盾を突破するための新たな資本蓄積の方策として採用されたと見たほうがいいということなのだ。そこにはネオリベ受容における経済地理学的な「地域的不均等」があったわけだった。

    しかし第2に、やはり新自由主義はそうした地域的不均等を“利用”して、階級権力の復興あるいは創設に大きな拍車をかけた。これが日本などでさかんに議論されている「格差社会」というものだ。
     かくて新自由主義は、資本主義の発展を「マッドマネー型・カジノ資本主義型」(1352夜)の度しがたい金融依存に追いやって、まさに癒しがたいほど致命的なミスリードしてしまった一方で、新たな階級権力の創出についてはまんまと成功したわけである。たとえばロシア、たとえば中国、たとえばインドだ。ハーヴェイはそういうふうに見た。この見方はたいそう「抉られたバランス」に富んでいる。

     第3に、ハーヴェイはこうした特色をもつ新自由主義が、国民の“同意”を生んだのはなぜかという議論に分け入った。
     その理由としてハーヴェイがあげたのは、1968年前後の反体制運動が提示した「自由」と「社会的公正」の表裏一体性を、その後の新自由主義が無残に分断してしまったことだった。そのために、アメリカでは新自由主義によって白人労働者の文化ナショナリズムが助長され、イギリスではコーポラティズムの失敗が促されて、サッチャリズムによる中産階級の動員が容易になったのである。この歴史的見方もバランスがいい。

    第4に、ここが重要だが、ハーヴェイにとっては新自由主義は「市場原理主義」そのものではないということだ。ということは、この問題の議論の仕方は「大きな政府か、小さな政府か」にあるのでもなく、「市場か、国家か」にあるのでもなくて、新たなエリート層の確立が実力行使されていったことを検討しなければならないということだ。
     わかりやすくいうのなら、新自由主義はその主張や理論や商品は、新エリート層の確立のためにはいくらでもねじ曲げられて実行されていったということなのである。

    そのほか第5に、ハーヴェイは新自由主義国家がこれからもどこかに誕生してしまう可能性と危険性に警告を与え、

    第6に、地理的不均衡が南米などにもたらす歪みを警戒した。
     
    また第7に、新自由主義が新保守主義と混血し、これからも混血するだろう異常を縷々叙述し、

    第8には、これが最終的な結論と仮説であるようなのだが、新自由主義は資本主義の有益な発展を阻害するということを、明確に指摘した。</blockquote>
    <a href="http://www.honza.jp/senya/1/matsuoka_seigow/1356#">ISIS本座 - 『新自由主義』デヴィッド・ハーヴェイ 松岡正剛の千夜千冊</a>

  • 岡田知弘「構造改革における地域の衰退と新しい福祉国家の地域づくり」

  • 自由主義は国家の臨時介入を排除するという考えから始まった。「〜をしなければならない」ではなくて「〜をしてはならない」という国家の姿勢が大事だということ。さて小泉さんは郵政民営化を果たした。これは新自由主義的だ。でも最近新東京銀行が大赤字で、東京都が追加出資を行った。理由は、新東京銀行が倒産するとそれを利用している一般ピープルが大損をこくから、そんな被害者保護的なものだろう、多分。自由といいながらも政府がちゃっかり介入しちゃってる。
     自由というスローガンの下でやりたい放題にやっておいて、いざ損を被るりそうになると一転、弱者のお面をかぶって助けを請う。これはどうもおかしい。

  • ネオリベラリズムの潮流、および実態について。
    非常にボリュームがあり、耳慣れない言葉は少ないが、体系的に理解するのは難しい。つまるところ、ネオリベラリズムは、上流資産階級の復権運動ということか?

  • 今はこんな本読んでお勉強してます。

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新自由主義―その歴史的展開と現在の作品紹介

いかにして世界は、再編されているのか?21世紀世界を支配するに至った新自由主義の30年の政治経済的過程とその構造的メカニズムを世界的権威が初めて明らかにする。

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