ストーナー

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制作 : 東江 一紀 
  • 作品社 (2014年9月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861825002

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ストーナーの感想・レビュー・書評

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    ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』読了。
    この本に出会えて良かった。
    最初の数頁を読んだだけで、迷わず買った。
    普段、一冊の文庫本を買うのでさえも逡巡する自分が、3000円近くもするハードカバーを買うのは珍しい。
    その判断、というか閃きは間違っていなかった。
    本が好きで良かった。

    明け方に読了し、読後の静かな興奮がさめないままtwitterにこのような文章を上げた。

    ブクログで「ひさしぶりに読書の愉しみ、悦びを味わった」という趣旨の感想を述べている方がいらっしゃったが、僕もしみじみそう思う。
    自分に能力がないことがもっともな理由だが、レビューを書いてしまうと『STONER』という小説に込められた魔法の湯気みたいなものが逃げてしまいそうで、どうしても書けない。

    でも、この本に出会ってほしい。
    書評やいろんな方の感想を目にして「ああ、こういう話なのね」とわかった気にならずに、まず本屋さんで表紙の手触りを感じてほしい。
    本の神様からの霊感を信じて扉を開いてほしい。

  • 根気強くコツコツと、時々つまりながら3か月近くかけて、やっと読み終えました。残り100ページあたりは一気読み。途中で投げ出さなくってよかった。「訳者あとがきに代えて」で、感動が最高潮になり涙がにじみました。


    派手さもなく華やかな盛り上がりもなく、ただ淡々と過ぎてゆく日々。良くも悪くも東北人のような気質のストーナー(宮澤賢治が浮かんだ)。哲学書よりも哲学的な人生。先日読んだアドラーの本を思い出しました。


    イーディスとの結婚、ローマックスとの確執、フィンチとの友情。(結局ウォーカーやローマックスとの関係は分からずじまい。この関係がどうだったということは人生において重要ではなく、何の意味も持たない…ことをストーナーから教えてもらったような気がする)。わたしの心を何よりも惹きつけたのは、アーチャ―・スローンの「恋だよ、ストーナー君」の場面でした。



    あと、295ページのワンシーン

    “それは精神的な情熱でも肉体的な情熱でもなく、両方を包括する力なのだ。この力こそが愛の本質、まさに愛の神髄だ。”


    が、とても深く心に残った。哲学的な人生の中で自分だけの答えにたどり着くことが出来たストーナーの生き様は最高に渋くカッコいいと思う。苦難もあっただろうけど、悔いを残さず静かに幕を下ろし、しあわせだったのではないかな…と感じた。



    私もストーナーやイーディスと同じような年齢。ストーナーのように根気強く、イーディースのように思うがままに生きることは難しいけど、自分が求めていることにたどり着きたいと思いつつ本を閉じました。



    ちょっと笑ってしまったのは、私も妻の立場なのでイーディースのような振る舞いはしたくない。と思いつつ、ヒステリーになったりハイテンションに仕切ったりするあたりで、気持ちがわかり苦笑いになってしまった。あとはローマックとの諍いはハラハラした。私の胃がキリキリと痛み出しそうになりました。




    =帯より=第1回日本翻訳大賞「読者賞」受賞。「完璧に美しい小説」



    ストーナーの人生にも重なるような、訳者の東江一紀氏の生涯に「ありがとうございました」と、感謝の気持ちを伝えたいです。静かに打ち寄せるさざ波のような素敵な作品です。

  • いい小説だ。読み終わって本を置いた後、じんわりと感動が胸のうちに高まってくる。一人の男が自分というものを理解し、折り合いをつけて死んでゆくまでの、身内をふくめる他者、そして世間との葛藤を、おしつけがましさのない抑制された筆致で、淡々と、しかし熱く語っている。「文章に気品があり、燃え立つ情感が知性の冷ややかさと明晰さという外皮をまとっていた」というのは、作中で主人公がかつて愛した女性の著書を評した言葉だが、そのまま本書を評したものともいえる。

    読む人によって、それぞれ異なる主題が見つかるだろう。主人公は大学で主に英文学を教える助教授である。そこからは、大学というアカデミックな場において繰り広げられる身も蓋もない学内政治の暴露が、また、師が弟子の資質を発見し、己があとを託すという主題が見える。さらには、シェイクスピアの十四行詩と『リア王』が全篇にわたって朗々とした音吐を響かせていることも発見するだろう。

    男と女が夫と妻となったが故にはじまる家庭内での葛藤を主題とした小説でもある。自分を見失った中年男が理想を共にする歳若い女性との秘められた情事のなかで再び自分を回復していくという、些細ではあるが忘れることのできない挿話もある。自分以上に自分を知る友との出会いと別れ。また、その反対に、故知れぬ悪意を抱く競争相手との熾烈な闘争、とよくもまあこれだけの主題を逸脱することなく、一筋の流れの中にはめ込むことができたものだと、その構成力に驚く。

    忘れてならないのは、戦争という主題である。主人公が大学で教鞭をとるのは二つの大戦期である。戦争に行くことに価値があり、忌避は認められていても誉められる態度ではなかった。優れた素質を持ちながら、主人公が終生助教授の地位にとどまるのは、戦争との関連を抜きにしては語れない。主人公の中にあって、自らは知らない教師としての素質を見抜いた師が迷う弟子に言い聞かす言葉がある。「きみは、自分が何者であるか、何になる道を選んだかを、そして自分のしていることの重要性を、思い出さなくてはならん。人類の営みの中には、武力によるものではない戦争もあり、敗北も勝利もあって、それは歴史書には記録されない」というものだ。教育に携わる人なら肝に銘じたい言葉である。

    裏表紙に、イアン・マキューアンとジュリアン・バーンズの推薦文がある。この二人が薦めるなら、何をおいても読まねばならない、と思って手にとったが、はじめはいかにも古風な出だしにとまどった。ところが、学生時代、スローン教授によるシェイクスピアのソネットの朗読を聴いたストーナーが顕現(エピファニー)を実感する場面がある。周りのすべてがそれまでとちがって見える瞬間を描いた部分だ。ここが何とも美しい。主人公が文学に開眼すると同時に、小説は一気呵成に面白くなってくる。

    注目すべきは人物。たとえば同僚のマスターズ。大学は自分たち、世間に出たらやっていけない半端者のために作られた避難所で、ストーナーは世間に現実とは違う姿を、ありうべからざる姿を期待している夢想家にしてドン・キホーテだ。「世間に抗うべくもない。きみは噛みしだかれ、唾とともに吐き出されて、何がいけなかったのかと自問しながら、地べたに横たわることになるだろう」という予言めいた言葉を残し、戦死してしまう。

    そのマスターズの陰画が他校から赴任してきたローマックス。頭脳明晰で弁が立ち、傲岸不遜。二枚目役者の顔を持ちながら背中に瘤を負い、脚を引き摺る小男というディケンズの小説にでも出てきそうな人物。この男がストーナーを目の敵にして生涯立ち塞がる。その嫌がらせの度合いが半端でない。ところが、世間ではこうした男に人気が集まり、出世も早い。弁証法的な役割を果たし、小説をヒートアップさせる名敵役だ。

    シェイクスピアを蔵する英文学という世界はまことにもって恵まれている。主人公のストーナーは大学内では世間知らずで善良であるがゆえに貧乏籤を引かされるエドガー役を勤め、家庭においては、現実とは違う姿を、ありうべからざる姿を期待し、書斎からも放り出され、居場所を探して放浪するリア王の役を演じさせられる。マスターズが囁く「トムは寒いぞ」の科白ひとつで嵐の中を流離う老人の姿が眼前によみがえる。さらに、主人公が文学に目覚める、十四行詩の七十三番は、老教授の思いを伝えて哀切極まりない。

    かの時節、わたしの中にきみが見るのは
    黄色い葉が幾ひら、あるかなきかのさまで
    寒さに震える枝先に散り残り、
    先日まで鳥たちが歌っていた廃墟の聖歌隊席で揺れるその時。
    わたしの中にきみが見るのは、たそがれの
    薄明かりが西の空に消え入ったあと
    刻一刻と光が暗黒の夜に奪い去られ、
    死の同胞(はらから)である眠りがすべてに休息の封をするその時。
    わたしの中にきみが見るのは、余燼の輝きが、
    灰と化した若き日の上に横たわり、
    死の床でその残り火は燃え尽きるほかなく、
    慈しみ育ててくれたものともに消えゆくその時。
     それを見定めたきみの愛はいっそう強いものとなり、
     永の別れを告げゆく者を深く愛するだろう

    しかし、翻訳という文化のおかげで、われわれもこの世界を共有することができる。文学という喩えようもない広く深い森の中に足を踏み入れ、枝葉のそよぎや鳥の鳴き声に耳をすませる悦びを知る者には、五十年という歳月を経て、再びこの小説が陽の目を見ることができたことが何よりうれしい。

  • 「この本については特に誰とも語り合いたくない」と中野善夫さんがつぶやいていらした。

     この作品はおそらく、翻訳で命を削ってきた翻訳者に、翻訳の神様がねぎらいの意を込めて贈呈して宝だろう。でなければ、どうして最後の一ページを残して天に召されるだろう。

     自分は書評というものを大変頼みにしていて、書評によって、より輝き、深みを増す作品があると信じている。しかし、この作品にかぎって書評は不要だと思い、好きな部分の抜き書きにとどめる。

    「六十の峠が近づいた今、自分にはもはやあのような情熱の力、愛の力は残っていないのではないかと思った。いや、ちがう。これからも決して失うことはない。無感覚と無関心と退避の日常の中でも、その力は強く内在していた。昔からずっとあった。青年時代には、やみくもに、考えもなく、それを行使した……人生の一瞬一瞬すべてにそれを行使し、そう意識しないときにこそ最大限に行使してきたのかもしれない」
    「ふいに、自分が何者たるか覚り、その力を感じた。わたしはわたしだ。自分がどういう人間であったかがわかった」

  • 最初の数ページを読んだだけで、これは大切に読み進める価値があると確信した。そんな本にはそうそう出会えない。読み進めるうち惹き込まれることはあるが。

    1人の平凡と言っていいだろう男の半生が描かれているだけなのに、静かに静かに心の奥に浸み込んでくる。読書以外では味わえない素晴らしい時間になった。

  • なにも起こらない、でも、静かに生きるひとりの人間が、丁寧に静かに描かれていて、一気に読んだ。農場を持つ両親の元に帰らないと決めるとき、授業での閃き、親友との語らい、どれもが平凡なのに、どうしてこんなに感動するのか。日本的なものも含んでいるからかもしれない。

  • 静かな小説である。
    農場で生まれた一人の男が大学に進み、そこで生涯を捧げるべき学問と出会い、こつこつとそれに打ち込み、大学教師となり、一生を終えるまでの物語だ。
    青春時代は人並みにすばらしく、楽しく語らう友人にも恵まれた。美しい娘を伴侶として迎え、娘を授かった。
    とはいえ、彼の人生が順風満帆であったかといえばそうとは言えない。まばゆいほどの思い出も出来た一方で、波乱もあり、困難な日々もあった。
    自分の力ではどうにもならない事態になったときも、男は淡々とそれに臨み、ときには負け、ときには小さな勝利を収めた。
    そうして彼は、自分が進んだ大学から、その後、離れることもなかった。
    その一部始終が静謐に流れるように綴られていく。

    見知らぬ男のものでありながら、その人生の小さな事件の1つ1つは、どこか自分に起こったことのようでもある。
    幼い子との親密で温かな、けれど確実に過ぎていく時間。
    気難しい同僚との一時の心の通い合い。
    恋い焦がれる相手との奇跡のような交情。
    陥ることがわかっていながら避けることの出来ない窮地。
    細部こそ違え、誰しもが経験する感情の揺れは、さざ波のような共感を誘う。

    平易でありながら格調高い文体は、おそらく選び抜かれた言葉の1つ1つによって構築される。
    たまさか。黙(しじま)。和毛(にこげ)。時折、ちりばめられる言葉にふと目が留まる。
    そう、こんな繊細な言葉もあったのだ。
    原文を美しい日本語となしえたのはもちろん、訳者の力によるところも大きい。
    巻末の「訳者あとがきに代えて」に詳しいが、訳者は病を得つつ、本作を生涯最後の作品と定め、黙々と、淡々と、作業に臨んでいた。
    その姿はどこか、不器用でひたむきな主人公にも重なる。
    ストーナーへの挽歌とも言える本作は、訳者にとっての遺作となった。

    人はただ只管、それぞれの生を生きる。
    たとえ一頭の怪物すら倒せなくても。たとえ一人の乙女すら救えなくても。
    偉業を成し遂げることがなくても。宇宙の真理に到達することがなくても。
    己に与えられた場所で、己のなし得ることをなす。
    そしてただ只管、それぞれの死を迎える。

    「普通の人生」を生きることに対する、透徹した、しかし温かなまなざし。
    それは赦しであり、また大いなる肯定でもある。
    静かで悲しく美しい。
    密やかな低声で謳われる、生の讃歌である。

  • ジョン・ウイリアムズ、ありふれた名前。聞いたことあるような気もするし、指揮者か作曲者か。作家としては聞いたことがない。一体誰だろう?と疑問に思いながらも特に予備知識もなく読み始めた。
    農村出身の少年ストーナーは、無学だった両親に大学に行くことを希望され、入学したのは農学部だったが、シェイクスピアのソネットと出会ってしまい恋に落ちたように文学部に転部してしまう。(ああ…それでいいのか?と読者とまどう)
    大学時代に親しかった同級生は戦争で帰らぬひととなり、友人ひとりは帰還して学内で出世していく。優秀な成績を収めたストーナーは大学で教鞭をとり、好意を持った女性とめでたく結婚して新しい生活をスタートする。しかしそこで他大学からやってきた曲者の学者が登場、どうやら障害があるらしい。その教授によって、なかなか賢いのだがずいぶん問題がある学生をストーナーが担当するゼミに送り込まれる。(さらに、この学生も身体が不自由というのが、無下に出来ない要素となっているが、そこはあえて深く言及されていない)
    家庭では父親となったストーナー、愛らしい娘に恵まれたにも関わらず、妻との関係は迷走、教育の方針は不一致、家庭はますます不穏、教育に没頭するストーナー先生は、大学でようやく同じ星を見ている運命の人に出会ってしまう!…しかしこのキャサリンとの関係(ああ、もうこのへんで絶対これ足元すくわれるに決まってるよと読者はハラハラ)そしてやはり目をつけられていた不具の教授からアカデミックハラスメントに巻き込まれるのである。
    仕事での良きパートナーでありながら、出会うのが遅すぎた愛しいキャサリンは職場を追われ、別の場所で本を完成さた彼女はそれをストーナーに捧ぐ。(このへんからすでにもう読者ぼろ泣き)
    家庭不和となっったストーナーの妻の視点は全く書かれていないのだが、おそらく彼女も人生に抑圧されたゆえの壊れ方をしていったのだろう、彼女はさらなる変貌をとげ、その時代における「飛んでる女」をも演じ、ついに家庭は崩壊、愛しい娘は早まって出産、さらに娘の相手は戦死、しまいに娘はアル中になってしまう。(もう泣くしかない)しかしすべての受難を受け止めるこの主人公ストーナーのなんという強さよ!
    大学でのストーナー先生は教育熱心で学生からの評判があったにもかかわらず、学内での出世は望まず、友人でもあった学部長に早期退職を勧告され、さらに追い打ちをかけるように病魔にも冒される。(もう涙とまらない)しかし読者は気付かされる、多くの人々は、こんなふうに、やりたいことをやり、ひとに出会い、平凡な人生を生きているということに。

    さらにあとがきを読めば、遺作となった翻訳者の人生と主人公が重なり、読者はさらに涙することになるだろう。本と文学に溺れてきた読者のための、これこそがわたしたちの「本当に泣ける本」。

  • 本当に久しぶりに小説を読む愉しみ・歓びを味わった。

  • おお。

    まさかこんなに夢中になって読める本だと思わなかった。ちょっと背伸びしてガイブンでも読んでみようかなと手に取ったら、性急な結婚あたりからのめりこんだ。あらすじからは想像できないような緊張感ある物語だった。イーディスの行動、ストーナーの不器用、ウォーカーの虚勢、いろいろなところに身に覚えがあった。上手く言葉にできなかったぼんやりとした私のあれこれが、文章になっていた。人間に対する深い洞察と理解に驚いてしまった。小説って、こういうものなのか。

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ストーナーの作品紹介

半世紀前に刊行された小説が、いま、世界中に静かな熱狂を巻き起こしている。名翻訳家が命を賭して最期に訳した、"完璧に美しい小説"。

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