凍りの掌

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著者 : おざわゆき
  • 小池書院 (2012年6月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・マンガ (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862258311

凍りの掌の感想・レビュー・書評

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  • <寒さに、いや絶望に凍りつく?

    この作品は、シベリアに抑留された経験を持つ父親から著者が聞き取った事実を元にしたコミックである。
    著者の父は帰国して60年というもの、抑留生活の記憶に蓋をして生きてきた。今、聞いておかなければ記憶している人がいなくなってしまうと思った著者の働きかけにより、その重い口を開いていく。
    おそらく父の口調は朴訥で、口ごもりがちであっただろう。
    それに呼応するように、著者の絵柄は素朴で、ほのぼの系ともいえそうな趣である。
    飾り気のない画風は、描き出される事実の残酷さをなおいっそう際だたせ、胸が締め付けられるようである。

    著者の父、小澤昌一は大学生であった昭和18年、実感もないまま招集され、満州に送られる。実質的な実戦に関わることもないままに、ロシア兵に捕縛され、シベリアに送られる。
    そこは酷寒の地。
    マイナス40℃になることもある、屋内までが凍りつく寒さである。
    しかし、それよりもなお人の心を凍らせたのは、絶望だった。

    収容所生活がいつ終わるか分からないという絶望。いつ頃には帰れるとデマが飛ぶ。極悪な栄養条件の下での過酷な労働で、次々に倒れていく仲間たち。
    だが、それに劣らないほど恐ろしいのは、依って立つイデオロギーが崩れ落ち、次に何がよしとされるのか、予測も付かないことだ。
    軍国主義は敗戦によって崩壊し、シベリアではソ連の共産主義を押しつけられる。「アクチブ」と呼ばれる扇動者になるよう洗脳された者たちは、次々にかつての特権階級をつるし上げていく。従わなければ食料を減らされ、労働を増やされる。他人を貶めて自分の立場をよくしようとするものも現れる。偽りの密告でも、疑われたらレッテルを剥がすことはできない。
    だが、帰国した後に待っていたのは、シベリア帰りは「アカ」だ、との色眼鏡だった。そのため、まともな職に就けなかったものも多かったという。

    著者の父は4年間をシベリアで過ごした。1つ違えばもっと早く戻れたかもしれないし、あるいはシベリアで命を落としていたのかもしれない。
    最長で13年をシベリアで過ごした者もいたという。

    「ふるさと」を歌いながら逝った阿矢谷の魂は故郷に戻っただろうか。濡れ衣を着せられても毅然としていた碓氷は、その後、どのような戦後を送ったのだろうか。
    戦争という極限状態が人に残す傷跡を思うと、粛然とせずにいられない。


    *『杏奈と祭りばやし』(大和和紀)のドラおじさん、『ねしょんべんものがたり』のトクさん、そして『善人ハム』(色川武大)の善さんは、いったいどんな深淵を見てしまったのだろう。

  • ページをめくるのが辛い。父はこのような暮らしをしたのか。

  • 亡き曾祖父がシベリア抑留を経験者ということもあり、前から気になっていたけどなかなか向かい合う勇気が出なかった本。
    実家祖母の家にシベリアからの墨だらけや手紙が残っていたりはするものの(この本を読むと、手紙を送らせてもらえただけまだ優遇されていたのかなとも思ったり)、具体的な話を聞く機会もなく…

    かわいい絵柄と壮絶な内容のギャップが凄い。
    素朴な笑顔とか絶望の表情とか、グサグサきました。
    ここまで未来も保障されず、絶望だらけの生活があったなんて…。

    一時期いろいろな書店で平積みされていましたが、最近は私の周りの店では棚に1冊ささってる店も少ないという状態。
    ずっと本屋さんに置いてあってほしい。

  • 『あとかたの街』と並んで、おめでたい受賞をしたという話題作。

    戦争で本土襲撃や沖縄戦、硫黄島戦の玉砕などを扱った文学やドラマ、映像作品はいくらもある。本作はいささか珍しい、実父にシベリア抑留体験を扱ったもの。

    まず心を打たれたのは、著者が口の重かった父の語りについて作品にする、ことに配慮をしていることである。失礼だが、この漫画は表現が拙い。プロではない。当時はコミケで同人誌として発行したものらしい。

    戦争末期補給部隊として満州に送られた学徒たち。
    ソビエト兵の捕虜となりシベリアの収容所へ送還。苛酷な労働が待っていた。乏しい栄養、倒れていく友はゴミのように遺棄される。終戦すれば上も下もないのに、いまだに上官将校たちがいばりくさって、優遇されている。凍傷で手足を失っても、それでもたちあがって働かねばならない男たち。

    やがて、共産主義への思想洗脳がはじまり、かつての上官たちが糾弾され、吊るし上げられていく。生活改善のためソ連兵と交渉してくれた人望厚い兄貴分まで、自分の友人が陥れる。

    生死の境をさまよう病を経て、主人公にやがて帰国の命が下る。彼が五年ぶりに土を踏んだ故郷では、人々はすでに資本主義の豊かさを享受していた。共産主義になれた若き父は就職差別を受け、やっとのことで職を得る。シベリア抑留兵たちには、他国から引き揚げた日本兵と違って戦傷者扱いされず、なんらの補償金も下りなかった。

    絵があまりにシンプルで、人物の見分けがつきがたく、漫画の表現力としては疑問符がつく。しかし、この作品が訴えんとする事実の衝撃はあまりに大きい。おそらく、著者が言うように、現実の過酷な労働はこの何倍もの地獄であったことだろう。

    映画で観て戦争を知った気になっていた自分の愚かさを恥じた。

  • シベリア抑留の体験記。収容所での過酷な労働、飢えと寒さ、想像したくないぐらいの極限状態です。
    でも一番怖かったのは共産思想に赤く染まった収容所内での日本人同士の吊るし上げ。これは軍国主義が共産主義にすり替わっただけだ。戦争に突き進むとき、日本全体でこれと同じことをしていた。同調圧力で軍国主義に染まっていった。誰もそれを止めることができなかった。戦争で酷い目にあってるのにまた同じことをしている。心底恐ろしかったです。

  • 本書は作者の父親が語るシベリア抑留体験を聞いてまとめられたものです。この闇が、いかに深いものだったかが察せられます。こういう過酷な体験を経てきた人間が自分の身内にもいたことに、驚きを隠せません。

    何度かかつて、ここにも書いたとは思いますが、僕にはシベリア抑留を体験した母方のおじがいて、彼は幼少期の僕に軍隊式の直立不動や敬礼を何度もさせるというファンキーなヒトだったということを覚えておりますが、とうとう本人から、当時の事を聞くことはできずに終わってしまいました。

    本書は作者のお父さんが実際に体験した過酷なシベリア抑留の様子を直接聴き書きし、2年半の歳月をかけ、全3巻の同人誌として完結させた作品です。という事実を調べていて初めて知ることができました。かつて『不毛地帯』の原作およびドラマを見ていたときも、主人公の壱岐正が過酷なまでのシベリア抑留生活を体験していた記述があるわけですが、学徒動員で満州に赴任された筆者の父親は、すでに戦争が終わっていたにも関わらず、ロシア軍が攻め込んできたときに捕虜となり、飢えと寒さの渦巻くシベリアに抑留されていきます。

    過酷な労働と粗末な食事のため、次々と
    「俺たちは白樺の肥やしになりにきたのか」
    と言葉を漏らして斃れていく同胞の姿を自分のおじも見ていたのかなと、そんなことを思いながらページをめくっておりました。やがて、ロシア兵が「これは」という人間を連れて行って「アクチブ」とし、彼らが収容所内で猛威を振るい、『自己批判』の下に壮絶な吊るし上げをする場面が本当に息が詰まるものでした。極めつけは『暁に祈る』というノルマを達成できなかった人間を木に縛り付け、一晩冬空に放置していると翌朝そのように見えたというなんとも壮絶なエピソードも、心苦しかったです。

    そして、筆舌に尽くしがたい日々を送り続けた筆者の父親は比較的楽な同道に回され、舞鶴へと帰ってくることができたのですが、筆者の聞き取りがきっかけで、自分が帰ってきた舞鶴港へ行ってみようと思い実際に作者と行く場面は感慨深かったです。こういう話には個人的なものが相当絡みましたが、そういったところも諒とされていただければと思っております。

  • 祖父がシベリアに抑留されていたと言う事は知っていたのですが、詳しくは聞いたことがなかったので興味を持ち読んでみました。

    祖父はロシア人と収容者との間を取り持っていて、作業用の道具を考えたりしていたとの事だったので、漠然と良いことをしていたと思っていました。

    しかし、この漫画を読んでいて上官だった人たちが全員がそうでは無いにしろ、自分は楽をしていたと書いてあり祖父はどうだったのだろうといろいろ考えさせられました。

    その祖父も数年前に亡くなり、離れて住んでいたので年に数回会うかどうかでしたが、今更ですが、話をきちんと聞いてみたかったと思いました。(話してもらえたかは分からないですけど)

    戦争が終り70年が経とうとしてる中、この様な漫画や話は見ることが少なくなってくると思います。
    現在でこの様な事が起こるとは考え難いですが、過去実際にあった事として少しでも風化させ無い事が大切だと思います。

  • だいぶ前に買って(多分出てすぐぐらい)読んで、そのままにしてあった本。また読んでみた。

    と、いうのも、わたしが働いている(ことになっている)ところは本を売ったりしているところで、そこでここのところよく売れている(らしい)フランクルというひとの『夜と霧』というたいへん有名な本にあやかったなんの変哲もない小さなフェアの企画があったので、そこにのっかる形でこの本も混ぜてみたのだ。長谷川四郎や石原吉郎の本とともに。それで読み返した。そう、シベリア抑留について描かれた漫画なのである。

    で、このあいだ、そのフェアにステープラーみたいな角度で体を折って棚にかじりついているおばあちゃんがいたのだが、なにを読んでいるのかと覗き込んでみたらこの本を立ち読みしていたのだった(この本は棚のいちばん下に置いていた)。ふーん、と見ていたら、こちらに気づいたおばあちゃんがそのままの姿勢で歩み寄ってきて(びっくりするぐらい腰が曲がっていた)、「この本は兄が語ろうとして語らなかったことを教えてくれるような気がする」というようなことを延々と喋り倒して、結果買っていってくれた。

    それだけでこのフェアをやってて良かったと思ったものだったが、しかしやはりこうも「語られない」ものなのか、という思いも浮かんだ。この本に出てくる、作者の父も長きにわたり抑留について「語らなかった」のだ。他の抑留者についても同じような傾向があるように思う(長谷川四郎は「自らについて語らない」かわりに「書いた」。という方が正しいか)。

    それほどまでの体験なのか、と言ってしまえば簡単だが、ほんとうにそこは人間の魂が追いつめられる崖っぷちぎりぎりの場所だったのかもしれない。そうでもないと「語らない」という選択は生まれにくいと思うからだ(もちろん、共産主義の洗礼、もしくは洗脳を受けた人間だという偏見で見られることから逃れるためだったという理由もあるだろうが)。

    そういったひとたちが「語らない」ことと、そういったひとたちがいたことが「語られない」ことは全くの別問題である。シベリア抑留について知らないひとは多い。わたしもそのうちのひとりだろう。そして実際に知られていることがまず多くない。もしかしたらこれから先にもずっと知られないままのこともあるかもしれない(つまりは本当に資料がない)。だからこそ、というと説教じみて聞こえるので嫌だが、こうやって「語られている」ものを読むことは、必要なことなのではないかな、と、もっともらしくまとめてみたりする。

  • 絵と内容のギャップが抑留の凄惨さや絶望が伝わってくる。
    小学生でもスラスラ読めて内容も濃い名著だと思う。

  • 日本男児は黙して語らず的な父親の壮絶な体験。可愛らしい絵柄ながら帰国できなかった方々はさぞ無念だったろうと胸が締め付けられてくる。

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