哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)

  • 184人登録
  • 3.51評価
    • (11)
    • (12)
    • (33)
    • (2)
    • (1)
  • 24レビュー
  • バジリコ (2008年1月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (257ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862380685

哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 「殺し文句から入る」という副題にやられました。
    哲学からは、逃げて逃げて逃げまくっている私。でも、そろそろ哲学の世界に足を踏み入れなければ・・・と思い手に取ったのがこの本。
    最初、哲学者の有名な本からの抜粋があり、そのあと鷲田サンと永江サンの対談形式でコメントがある。
    抜粋部分は、読んでも全く頭に入ってこないものが大半。
    でも、次のページをめくって、二人のコメントを見ると安心します。だって、「よくわからん」て書いてあるんですものw

  • 毎回1人の哲学者の書籍から気になる言葉とその前後の文を抜粋して、それについて議論する進み方。ただ、哲学者の基本的な考え方を理解してないと難しい本かなと感じた。正直けっこうわからなかった。

    以下、気になった部分をいくつかまとめておく。

    オルテガの「哲学は自己自身の存在を疑うことから始まり〜」
    あらゆる前提を疑い、確実だと思って立っている場所さえも掘り起こすことが大事、これはソクラテスの無知の知と同じ思想で、「考えることとは疑うこと」であると。オルテガの述べる「大衆」とは、自分に知らないことがないと思いこんでいる人たちのことで、つまり考えるのをやめた人たち。

    現象学の祖、フッサールの「はじめにあるのは無言の経験であり、それが固有の意味をもった表現へともたらされなければならない」というのは、モノづくりに関わる立場としてはハッとした。ものは言葉以前にすでに存在しうるわけではなくて、それに特定の記述や表現をあたえなければいけない、というのは勿論正解はわからないが最適な伝え方や表現を模索しつづけることでしかその事物は事物となりえないのだろうな。

    ヘーゲルの「法の哲学」の所有の考え方は何かシェアリングエコノミーを紐解くヒントがあるような気がした。所有とはただ持っていると思っているだけでは成り立たず、他者もそれを了解したときに主体として向き合える。所有=主体になる、と説くのであれば所有を手放しつつある現代は主体を棄てているといえるのだろうか?でもここでいう所有は失うことを前提にしているために、それとはまた違ったニュアンスなのか。

    ニーチェの道徳の概念における、「奴隷の道徳」と「主人の道徳」はおもしろい。前者は見返りをもとめ、後者は自分が気持ちいいからやるという贈与。ただ後者も自分の行為に対する悦に浸るという意味では見返りを求めているといえる。
    そこから派生して、サービスの語形に近しいサーヴァント=奴隷、という関連。サービスを提供するとは奴隷に成ることなのだと介護を例に本書では述べられていて、距離感が重要と説かれている。介護において「かけがえのないもの」になってはいけないと。これは対クライアントにもいえるし、対ユーザーにも言える。ユーザーの奴隷になってはいけないのだと。

    そしてかなり考え方にピンときたのがレヴィナス

    レヴィナスの章は内田樹さんが解釈を説いているのだけど、自分が何者かわからないルールも共有できず理解できない人間とぶつかりあい、共生していく際にどうするのか?という部分。そのような異質に相対したときに始めて自己も立ち現れる。
    ただそれには不快が伴うのであろうというのは容易に想像できて、でもその不快感もいってしまえば自分のフレームの中での不快感で、他者にとっては快なのかもしれない。
    これの部分にはため息がでた。理解できないものをどう理解して自分の世界と相手の世界を両方ふくんだ世界にたどり着けるか、そうすることで人間として成長するのだろうなー。

  • 23人の哲学者の言葉を引用し、それについて二人が対談するという形式。哲学の言葉そのものは理解が難しいが、対談によってなんとなく見えてくる。分からないけど面白いという感覚を味わえる。鷲田による、各哲学者の著書の紹介があり、何から読んだらよいかを教えてくれる。内田樹も参加している。

  • 「殺し文句」というからわかりやすいコピーかと思いきや殺し文句からわかりづらいよ哲学こわい哲学こわい
    対談部分を読んでようやく殺し文句が何を言っていたのかわかるという感じ。もちょいわかりやすい入門から入った方がいいかも…

  • 哲学の仕事とは、疑似問題に、それは問題ではない、とはっきり言ってあげること。
    社会はその時の基本的形態と現れる。

    我々の研究は商品の分析から始まる。
    ニーチェの場合は、必然的の根拠があるというのは幻想である。

  • 13/03/23、ブックオフで購入。

  • 紹介されている哲学書をあれもこれも読んでみたくなる。

  • 哲科の人には物足りないだろうが、何から読めばいいか見当もつかない人には「この人こんな感じだよ」と紹介してくれるのでとても良いと思う。個人的にも読みたい所が広がって良かった。

  • 飲み屋でカントが同席していたらどうだろう?
    「飲むべきであるがゆえに飲みうる」とか「飲むことよりも、飲むに値する人間になれ」なんて鬱陶しいことばっかり言ってて降参か?
    グッとくる哲学者の殺し文句がある。
    「それはあるところのものではなく、ないところのものである」(サルトル)
    わけなんかわからなくてもなんとなくカッコよくて人前でつぶやいてみたくなったりする。
    「私は私であって私ではない」
    これは誰だ? …幸福の科学の代表の人(笑)

    哲学ガイドというよりも哲学書ガイドである。哲学書に取り組むための基礎訓練としてミーハーな気分で魅惑のセリフに浸ってみる。

    「哲学とは始まりの更新である」(メルロ=ポンティ)
    「<私>の宣言には私の死が構造的に必然的である」(デリダ)
    「光が、光と闇を顕す」(スピノザ)
    「お前はすでに知っている」(ソクラテス)
    「ものごとは、もっとも情熱的にそれを求めるものに対して、もっとも早くその姿をあらわす。われわれの必要が、われわれの知力を研ぎ澄ますからである」(ジェイムズ)
    などなど。

    昨年あるセミナーに出かけて行って初めてナマ鷲田先生を体験した。大阪大総長までつとめた方だが、磯野波平的風貌、軽薄な(よい意味で)物腰と語り口は哲学者というよりたこ焼き屋のオッサン髣髴でずいぶん親近感を持った。
    ここ何年かは臨床哲学という取り組みを続けているが、臨床とは「身を置いたら、思っていたものが全部壊れてしまう体験」という姿勢を見習ってゆきたい。

  •  鷲田清一と永江朗が、大哲学者の「グッとくる」言葉をネタに語り合う。あんまり意味が分からないけどカッコいい言葉を永江朗が提示し、それを鷲田清一が解説するスタイルで話が進んでいきます。
     しかし、なにかと男女間の話に喩えようとしたり、なんだか飲み屋でしゃべってるようなラフな感覚が読んでて面白い。内容は決してラフじゃないのだが。

全24件中 1 - 10件を表示

哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)を本棚に「積読」で登録しているひと

哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)はこんな本です

ツイートする