「自由」は定義できるか(木星叢書)

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著者 : 仲正昌樹
  • バジリコ (2007年9月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862380739

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「自由」は定義できるか(木星叢書)の感想・レビュー・書評

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  • 自由は定義できるか?という試みに、
    試行錯誤しつつ批判を恐れずに挑戦する姿勢がすばらしかった。

  • 所在:展示架
    請求記号:316.1/N35
    資料ID:11600489
    選書担当:新村

    「自由」について考えたいあなたにオススメの一冊。

  • 【版元】
    タイトル 「自由」は定義できるか
    著者 仲正昌樹
    定価 1,500円(本体価格)+税
    ISBN 978-4-86238-073-9
    発売日 2007/9/26

     「自由」って、どういうこと? 
     リベラリズムの「リベラル」も〈自由〉、「新しい歴史教科書をつくる会」の「自由主義史観」も〈自由〉、「自由民主党」も〈自由〉
     ……言葉は同じ〈自由〉でも、みんな別のことを言っていないか? そもそも〈自由〉の定義って何?
     人は生まれながらに自由である。では「話が通じない人を排除する自由」はあるか? 「他人を奴隷化する自由」は認められるか? 
     〈自由〉をめぐるさまざまな問題について、自己決定、自己責任、格差社会、監視社会、市場原理など、現代社会におけるトピックと結びつけて論じつつ、〈自由〉の概念の変容の軌跡を追う、注目の論考。
     「真の自由」は定義可能か? 木星叢書第4弾。
    http://www.basilico.co.jp/book/books/9784862380739.html


    【目次】
    第1章 「自由」を定義する? 005
     「自由主義」という矛盾 006
     「自分で考えること」=「自由」? 011
     「自由主義」あるいは「自由論」の分類 018

    第2章 「自由主義」の起源 023
     「自由/不自由」 024
     日本国憲法における「自由/不自由」 029
     「人身の自由」と罪刑法定主義 033
     「市民」としての「自由」 037
     「信教の自由」の政治性 043
     「不自由にするもの」からの自由 049

    第3章 自由のための「国家」 055
     自由状態の「自由人」たち 056
     自然権の相互譲渡 061
     ホッブズ的な社会契約と「自由」 066
     契約の見直し 070
     サヨクでないルソー 076
     「みんな」の自由 082
     「みんな」で決めること=自由? 087
     「みんなの意志」という書き込み 094

    第4章 「法」と「自由」 101
     国家が保障する「自由」 102
     経済活動の自由 108
     「自由」の効率性 114
     「自由」の非効率性 120
     左翼的な「自由」批判 124
     もうひとつの“自由”=解放 128
     “人間本性論”としての「自由主義」 133
     “正統派”の「リベラリズム」 140
     「無知のヴェール」の威力 146
     「無知のヴェール」の限界 152
     公的領域と私的領域 157
     公的領域と「自由」 162
     「自己決定」と「私的領域」 167

    第5章 精神的な「自由」 173
     「心の中」の自由 174
     「心の中の自由」と「体の自由」 180
     「自由意志」論 186
     アウグスティヌスからルターへ 192
     カントの「自由意志」論 197
     かえって不自由? 203
     カント的な「自由」の意味 210
     カント的な「自由」との折り合い 215
     「自由」からの逃亡 222
     「積極的自由」と「消極的自由」 226

    第6章 自己再想像としての「自由」 233
     「自己実現」の問題 234
     「親密圏」の半公共化 238
     プライバシーに干渉する「法」 244
     「消極的自由」と「積極的自由」の交差 252
     「自己」変容のための自由 259
     自己再想像としての「自由」 265
     「自由」と「自己」 271

    あとがき(二〇〇七年七月三日 金沢市平和町公務員宿舎にて) [274-278]

  • 縦横無地人の考察の末、
    オチが、自由は定義出来ない、というので少し笑ってしまいますね。
    自由主義者としてハイエクのみを上げ、ロスバードやミーゼスのレッセフェール経済学に少しも突っ込まないのは不満。
    というか無知?
    というのは自由と経済はあまりに不可分で仲正氏の文学者故の?経済音痴も気になる本ですね。

  • [ 内容 ]
    リベラリズムの「リベラル」も“自由”、「自由主義史観」も“自由”、「自由民主党」も“自由”…お互いの“自由”が衝突しあって、話がかみあわない!
    そもそも“自由”の定義って何?
    自己責任、格差、監視社会、市場原理などのトピックに触れつつ、“自由”の概念の変容の軌跡を追う、注目の論考。

    [ 目次 ]
    第1章 「自由」を定義する?
    第2章 「自由主義」の起源
    第3章 自由のための「国家」
    第4章 「法」と「自由」
    第5章 精神的な「自由」
    第6章 自己再想像としての「自由」

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 「私」が強制ではなく、自分の自由意志で「私の自由」を制約する」という法。積極的自由(to freedom)を追求しすぎると、全体主義に陥る。富の再配分のルールを考えるロールズがたのリベラリズム。物質的犠牲を払うことのなったとしても、他者の決定に依存することなく「自由」に行動しようとする積極的姿勢を求めるハイエク。消極的自由を「自己」申告に基づき相互に最大限に認める。そのための「自己決定」できるだけの選択肢を作り出すことが重要というセン。

  • リベラルやらリバタリアンやら
    カントやらヘーゲルやらマルクスやら
    法哲学キーワードが散らばって、ごっちゃ盛りな内容です。
    著者の解釈が正しいのか
    ―自分で見極めることができる能力があれば、より楽しめるでしょう。


    自分にとっては、以下のコーネルの考え方が、新発見でした。

    〜セクハラ・妊娠中絶・解雇・多文化主義など・・・当事者の重要なアイデンティティに関わる紛争が生じた際には、
    単純な利益の対立として考えるのではなく、
    コーネルは、「イマジナリーな領域への権利」の侵害という視点から考えるべきだと主張する。
    それゆえ近代リベラリズムの前提「各人は外的強制さえなければ、常に自らの自由意志に基づいて、自己決定して行動できるはず」を問い直し、
    むしろ、そうなれるように相互に努力する方向に発想を転換するということが必要とする。

    〜ふーん。わかったようなわからないような。

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「自由」は定義できるか(木星叢書)の作品紹介

リベラリズムの「リベラル」も"自由"、「自由主義史観」も"自由"、「自由民主党」も"自由"…お互いの"自由"が衝突しあって、話がかみあわない!そもそも"自由"の定義って何?自己責任、格差、監視社会、市場原理などのトピックに触れつつ、"自由"の概念の変容の軌跡を追う、注目の論考。

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