アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)

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  • 洋泉社 (2008年7月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862483157

アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)の感想・レビュー・書評

  •  今さら読んでみました。
     20人以上の論客が寄稿しており、視点の多様さを楽しむことはできますが、如何せん1人当たりの分量が薄すぎます。
     各論者とも結局は何も語れずに終わっています。これは気の毒だ。
     あんまり面白くないのが続いてついついページを捲る速度が上がってしまいましたが、思わずページを捲る手を止めてしまった論者が2人。
     内田樹と吉岡忍。
     前者は視点の特異さが際立っていたため。不意打ちな展開とキャッチーな語りに惹きこまれる。実は内容はあんまり無いんですけどね。
     後者はあまりに内容が頓珍漢なため。誰だこのバカは?と思って検索してみたら、高名なノンフィクション作家の方らしい。フォークゲリラの中心メンバーだった人なんですって。こりゃまた失礼しました。

  • もう1年になるのですね。あれは自分だったかもしれないという感覚は,ロスジェネならある程度共有しているのではないでしょうか。モテないだけで人を殺せるのか?という問いは,問いの立て方が間違っているのだと思う。彼と我々との間にあると思われる境界はそれほど確かなものではない。

  • アキバ通り魔事件について各界の識者・論者のテキストを集めたムック本。

    前半はとにかく退屈。
    はっきり言ってゴミテキストばかり。
    論点をずらしてるのよね。
    これなら2ちゃんねるで加藤に共感しつつも冷静に事件を議論するねらーの言説の方が断然マシ。
    と思ったらその前半部のテキスト群に対して鈴木ユーリなるフリーライターが意図せずして「死ね!!」と断罪(笑)。
    この人のからまともに読めるようになる。
    おそらく編者が読んでみてダメなテキストを前に集めたんだろうね。
    これはいい仕事をしてると思った。
    芹沢一也・浅羽通明・内田樹あたりの自分が信頼している論者は流石。
    他にも中盤から後半部は興味深く読むことができた(その中で小池壮彦の実話誌系丸出しなテキストは異質だったがw)。
    この事件は非正規雇用も非モテもオタクも基本的には関係ないと考えるのが妥当なのかな。

    1人辺りのページ数が足りなかったのがマイナス点か。
    もっとボリュームが欲しかった。
    ダメなテキストも含め全体のバランスとしては取れてると思う。

  • 派遣問題で文句をたれているプレカリアートに、疑問を呈した浅羽通明の論評が的確である。

  •  様々な人の色々な意見を知ると脳が刺激される。事件が発生するたびに、「起こるべくして起こった」なあんて論調は随分と身勝手にも思えるが、事件をも含めた社会に我々が生きているという現実は確かなものだろう。

     <a href="http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080928/p1" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080928/p1</a>

  • まあ、内容的には微妙です。ただ面白いのは思想家、評論家、精神科医等の専門化が殆どいい論評ができずにいるのに対し、若手のアジテーターは部分、部分で相当鋭い事を言ってますよ。
    ぶっちゃけ秋葉原事件の加藤は悪人では無くて善人って言うアプローチの方がいい結果が出せる気がします。
    まあ、立ち読みで充分ですね。

  • このじけんが起こるちょうど12時間ぐらい前、僕は秋葉にいた。高校の東京組みで留学先から帰ってくる友達を迎えようと埼玉にいる友達の家へ向かうためだ。駅の外から音楽が聞こえてくるので行ってみると、サムライの格好をした兄さん(?)たちが未来のスターを目指し路上バンド演奏をしていた。「あー、すごいな、やっぱ東京だなー。」あの華やかな風景に僕は東京という場所を再確認した。そして、その次の日、そこに地獄絵図が突如としてあらわれることになるのである。事件を知ったのは親からのメールだった。「お前、アキバに行ってないよな?」そう聞かれたので、昨夜いったことを告げ、通り魔事件が起こったことを知らされる。友達の家にTVがなかったので、その時は「あー、物騒だな、これも東京か。」ぐらいの感想しかもたなかった。その悲惨さを知ったのは帰宅後のYOU TUBEでである。
    ニュース動画で特にピックアップされていたのが『非正規雇用問題・ワーキングプア問題』である。両親が共産党だから(?)それに関する話題をよく聞いていたし、高校の頃の担任が「学歴が中途半端だとワーキングプアになる。」という恐怖政治的発言をしていたり、その問題に関しては関心があったのでYOU TUBEでそれ関連の動画を見まくり、一応の知識を得た。そして、レポートの課題を『新人類以降の日本人の精神』と設定していたので、その課題と非正規雇用問題とを絡めようを思いとりあえずわかりやすそうな雨宮処凛を読んでみた。そして経済的な問題もあるだろうが、最終的には心の問題に集約されるのではないかと考えた。
    社会的包摂と敗者意識、この本の宮台真司の論にほとんど即するものであるが、やはりそれに尽きると思う。社会的包摂の枠組みに入ることのできない者は、敗者意識のスパイラルに苛まれ、しかも孤立化するので他者すべてを敵として認識する。その勘違いが極値へと達した時ほとんどの場合は自閉し、引きこもってしまうものであるが、加藤容疑者の場合は暴走した。宮台真司はこれを『孤独な勘違い』と呼び、「どうしてだれも『そんなの勘違いだ!』と言ってやれなかったのか?」を問うべきであると言った。その問いに対し、僕は『日本は社会的包摂がほとんど崩壊している』という前提のもとに、自分のこれまでの人間経験と照らし合わせて考えてみた。そして『人間は社会的包摂を構築する欲求を持っている』と思い立った。しかし現代において(少なくとも僕の周りにおいて)それは、全体を包摂しようという試みではなく、条件付きで入会できるギルドのようなものである。つまりそれは、どうにかして他人に敗者意識を植え付けようという試みでもある。ルックス・キャラ・学歴・財産それから恋愛経験に至るまで、箇条書きのチェックリストを作り、その比較によってヒエラルキーを作ろうとする。階層が上に行くにつれおそらく安心感は高まる。そこにはフィクションとしての包摂があるからだ。その状況において「勘違いだ!」と叫ぶことは階層を揺るがしてしまう行動であり、たとえ言ったところで『ひがみ』として消えてしまうことだろう。
    人間は包摂を求め小さな丸い境界を無数にひき、安心を求める。しかしそこにすべての丸を包み込む丸がない限り、あぶれたものはさまよい続けてしまうのである。大きな丸をいかにして作るかということがこれからの課題である。20世紀は国家による大きな丸を描こうとし、そのほとんどが失敗した。21世紀は市民レベルでの大きな丸を描く時代である。その試みはいたるところで進行中である。この動きは近代のような革命へとつながっているのであろうか?21世紀はどうなるのだろうか?

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