資源外交、連戦連敗 ‾アザデガン油田の蹉跌

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著者 : 中嶋猪久生
  • 洋泉社 (2009年7月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862483980

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資源外交、連戦連敗 ‾アザデガン油田の蹉跌の感想・レビュー・書評

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  • 弊社も深く関わっていたアザデガン油田に関してほとんど何も知識がなく、入社後恥ずかしい思いをしないようにと思い読み始めた1冊。

    第1章 アザデガン油田とは何か
    1980年以降、新規に発見された世界中の油田で2番目に大きい(1位はカザフのカシャガン油田)アザデガン油田は、可採埋蔵量50~70億バレルの超巨大油田であった。のちの調査では90億バレルにも上方修正されるほどの大きさ。
    (ちなみに5千万バレル~が大油田、5億バレル~が巨大油田、50億バレル~が超巨大油田)

    また油層構造も複雑な3層で高度な技術が要され、産出原油の性状は90%が重質原油、残り10%が軽質原油であった。
    (ちなみに米国石油協会(API)が定めた原油の比重値(API度)35度~が軽質、31~34度が中質、~30度が重質とされる)

    当時イランは第4次経済開発5カ年計画を進めており、この油田が中核を構成しているため、いわば国家の威信をかけたプロジェクト、日本にとってもサウジのカフジ油田の権益が失効、権益更新にも失敗していたため、失敗した政策を覆い隠す意味でも非常に重要なプロジェクトになっていた。

    イラン・イラク戦争後のイラン復興に向け、両者の思惑は重なり、日本は開発契約を確実なものにするためにサインボーナスとして30億ドルの前払い融資(返済は原油とする)を行い、イランでのエネルギー開発を嫌うアメリカに対しては、「支払い代金の前払い」という立派な言い訳をしてきたのであった。


    第2章 米国による対イラン経済制裁
    1995年に「イラン外国石油制裁法案」(通称「ダマト法案」)が米上院で可決され、シリー油田を開発していた米コノコ社は撤退を余儀なくされた。
    その後、仏トタルがコノコと全く同じ条件でシリーを引き継いだが、イランでの石油開発を良く思わない米国はILSA(イラン・リビア制裁法)制定を目指す。

    そしてトタルがイランのサウス・パルスガス田のPhase2&3の開発契約を結ぶと、米国はトタルとNIOC(イラン国営石油会社)の間の契約書の写しを提供するよう迫ったが、トタルは、「契約書は当事者が独占的に所有する情報であり全面開示は出来ない」、「ILSAを国境を越えて第3国企業に適用するのは国際通商法違反だ」と頑なに拒んだ。

    日本もこれと同じ主張をしてきたが、米→欧、米→日ではわけが違った。
    結局日本はイランとアメリカの間に立たされ、苦境を強いられる。
    対イランの円借款においては、米国の反対で一部しか実行されなかったもの(カルーン第4ダム建設案件など)や全く実行されなかったもの(鉄道建設など)がある。

    今や資源エネルギー開発ビジネスとは一企業の問題ではなく、国家間の巨大ビジネスなのだということがわかる。

    第3章 アザデガン油へのけわしい道のり
    アザデガン油田の契約はバイ・バック方式であった。
    これは、操業会社が生産された原油に直接所有権を取得し自らが販売できるPSA(生産物分与契約)とは異なり、まず操業会社が探鉱と開発のにかかる費用を全額負担し、その役割は商業生産に入った段階で終了、また、操業会社はそれまでにかかった探鉱・開発費用に一定の利益率を上乗せした金額に相当する(NIOCによって生産された)原油をNIOCから回収、回収期間は5~7年、という契約である。

    これでは回収期間が短すぎるがために、操業会社はほどほどの技術を投入して投下資本を回収しようとするため、双方にメリットがない。
    また、PSAの場合は原油価格が高騰すればその分利益につながるが、バイバック契約ではこのメリットがない。

    また日本の技術者(地質工学者)が少なく他社から技術者を引っ張ってこねばならないこと、技術水準も複雑な油層に対応できるか懸念が残ること、アザデガン油田一帯に埋設された地雷の問題、下位総合商社トーメン(のちに豊田通商と合併)がプロジェクトを主導しており、他の商社(三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅)が日本企業連合に参加しようとしないことなどが、プロジェクトが遅々として進まない要因となった。

    そしていざ開発契約が結ばれると大きな変更点が2つ起きた。
    まず、米国からの圧力を避けるため、当初コントラクトーとして参加予定であったJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)と同機構傘下のJAPEX(石油資源開発)をプロジェクトから排除し、表面的に国営企業色が薄いINPEX(国際石油開発)を前面に立てた。
    2つ目が、トーメンがプロジェクトが離脱したことである。
    アザデガンを主導していたトーメンは経営不振に陥り、主絵欲取引銀行のUFJから債権放棄を受け、トヨタ自動車と豊田通商の支援の下、経営再建を図ることになった。
    トヨタにとって米国は最大の輸出市場、そして製造・販売も行っているため、米国からILSAの適用を受け、巨大市場を失うわけにはいかなかった。
    そのため、トヨタはトーメンに対しプロジェクト撤退を迫ることになり、トーメンはイランから引き上げた。


    第4章 アザデガン油田撤退
    イランでアハマディネジャドが大統領に就任すると、核開発計画エスカレートを懸念し、米国はさらに締め付けを強め、日本もその影響で苦境に追い込まれる。
    米国はアザデガン開発がいかにイランを利するかを強調し、日本にも同意を求める。

    国連安保理決議でもイランに対するウラン濃縮活動の停止を求め、それが出来なければ金融制裁も辞さないことが確認され、日本も国際社会での連携を重視しなければならない立場に追い込まれ、決議案に賛成の意向を示した。

    一方、地雷問題も政治的な様相を帯びてきた。
    イラン側の地雷撤去作業は予定していた時期までに完了せず、半年ほど遅れてようやく85%の対象区域の除去が完了。
    日本は全区域が終わってからでないと危険すぎて掘削作業に進めないとしたが、イランは除去作業が完了したところからやればいと応じない。
    またイライラ戦争時の不発弾も見つかり日本はイランに除去を求めるが、これ以上のコスト増を嫌がり、渋った。

    そして2000年11月の優先開発交渉権獲得から約6年が経過しようとした2006年10月7日、ついにアザデガン撤退が決定される。
    権益比率75%のうち65%をイランに譲渡し、操業権を返上した。
    各メディアからは、中国は国策資源会社の株式の過半数を握り、一丸となって資源外交を行い、米国政府は直接出資はしないが強力な外交力を発揮する、それに対して日本の国家戦略の大志と実情の乖離はあまりにも大きいと報道した。

    今後アザデガンはどこが引き継ぐかは不明である。
    日本が復縁する可能性もあるし、他メジャーが参入する可能性も否めない。
    現在はイランが単独で開発を進めているが、技術力もマネジメント力も伴わず限界がきている。

    第5章 自主開発油田獲得への道
    政府がまとめた「新・国家エネルギー戦略」には自主開発油田比率を2030年までに40%まで引き上げるとあるが、その確実性はどの程度なのか。
    和製メジャーを目指すにあたっては数々の問題点があり、天下りしかり、内戦、戦争後に援助資金を出すだけ出して一切の見返りを求めないという国際政治に対する無知さしかり。
    和製メジャーを目指すにあたってはまだまだ課題が多い。


    日本の石油開発ビジネスの問題点について多く知れ、非常に勉強になった。
    特に省庁からの天下りで役員となっている会社の弊害については様々な事例を交えながら説明されて、とてもわかりやすい。

    日本にも、米国や国連が経済制裁をイランに課す中、親イラン派のロシア、中国、インドが欧米石油会社がイランから撤退する空白を利用して巧みに開発契約を結ぶような、産油国の政治的要因を逆手にとって権益を確保するような政治力が必要なのだと思う。

    結局、石油開発ビジネスは政府の外交手腕にかなりかかっているなと改めて感じる今日この頃。

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資源外交、連戦連敗 ‾アザデガン油田の蹉跌の作品紹介

負けるはずのなかった勝負に、なぜ日本は敗れたのか!?アメリカの圧力とそれを恐れる日本の弱腰外交、交渉力に欠ける石油会社、そして国会議員の妨害。日本、アメリカ、イランの三角関係の中に見える、アザデガン油田開発撤退の真相。

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