勇気ある人々

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制作 : 宮本 喜一 
  • 英治出版 (2008年1月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862760234

勇気ある人々の感想・レビュー・書評

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  • ジョン•F•ケネディの信念触れることができる本。何度も読むべき。そして考えるべき。
    著者の暗殺シーンぐらいしか記憶が無かったが、その内面に触れられたことがとても嬉しい。彼が仮にあそこで助かった時、彼しか出来なかったことはたくさんあっただろうと思うととても残念である。しかし、その信念はこうやって本に残ったことはとてもありがたいことである。
    政治不信は我々の無知が引き起こしていると改めて思う。なぜなら政治家を選ぶのは我々だからだ。政治家の信念とその行動をつぶさに観察していれば誰を選ぶかは自明なはずだ。仮に自分の利益に反した行動をとったとしてもそれがその政治家の信念であれば仕方が無いと思わねばならないと思った。任せたのが自分だからだ。
    自閉症スペクトラムの子供たちのなかには、私情を挟まずに理性でものを見ている子もいる。そして、自分を顧みずに無謀な状況でもその信念を貫く。結局のところ、この特徴は必要なものだと改めて思わされた。
    感想を書こうとして思索したら、高河ゆんの「アーシアン」というコミックスを思い出した。主人公たちは彼らの世界の禁忌を当然とは受け入れず、自分の信念で行動している。この本で出てくるのは基本的にむっさいおじさんばかりだがひたむきさ、健気さは負けてはいない。
    一方、孫子は、智、信、仁、勇、厳なり、と知識を最優先に考えるが、その根底には当人の価値観があるはずだ。この本に出てくる政治家は、米国の話なのだが、州では無く連邦に身をおいて判断する。しかし、選出したのが州だから利害が合わなかったのだ。
    センチメンタルになっても仕方が無いが、冷静かつ理性的に、かつ、地球もしくは宇宙的な視野を持つヒトが政治家にもどんな分野にも必要なのだと思う。自分の目指すものを見失わない信念を持つことと併せて。

  • 今日は暑い一日でしたね。私も病院で氷入りお茶を15杯くらい飲みました。

    さて今日のブログは「勇気ある人々」ジョン・F・ケネディ。有名なケネディ大統領の著書です。

    ケネディ大統領(当時上院議員)が、背中に疾病を患って療養していたとき、「時間を有意義に使いたい」とうことで、アメリカの著名な上院議員8名について研究・調査し伝記を書きました。

    これが本著です。私は一人チョイスすることにしたのですが、どの方も一癖も二癖もあってなかなか決められませんでした。

    そこで、ダニエル・ウェブスター上院議員を取り上げることにします。

    ウェブスターはニューハンプシャー州出身。1805年ダートマス大学卒業後、弁護士業を開業。1812年に下院議員に当選。1827年からは上院議員となり、連邦政府の権限強化を主張し、ジョン・カルフーンらと激しく対立。

    第9代大統領ウィリアム・ハリソン、第10代ジョン・タイラー、第12代ミラード。フィルモアのもとで国務長官を務める。しかし大統領にはなれずしまい。

    彼の親友はウェブスターのことを「弱さと強さ、そして不道徳と気高さが同居している人物」と書いた。

    ウェブスターの初めての連邦議会での演説となった1812年の米英戦争への反対演説以来、下院で注目を集める存在となっていた。

    それまで、新人議員としてそんな例はまったくなかった。当時はもちろん、歴史的に見ても卓越した雄弁家だった。

    連邦議会だけでなく、マサチューセッツ州の人たちもその弁舌に聞きほれた。また弁護士として最高裁判所でも雄弁を振るっている。

    彼の演説を聞いたハーバード大学の若い学生は次のように書いている。
    「私は演説を聞いてこれほどまでの興奮をおぼえたことはない。3、4度、私の頭が破裂しそうな気がした...あまりの感激に茫然自失、そして今もその状態が続いている」

    ウェブスターは非常にゆっくりとした口調で話す。一分間に100語という平均的な速さにはとうてい及ばない。

    しかし、オルガンのように豊かに響く声、鮮烈な想像力、相手を論破するさま、自信にあふれしかも巧みな話術、そして強烈な印象の容姿があいまって、その演説は聴衆を引きつけた。

    だが、めったにそれを予稿として書きとめたりはしなかった。伝えられるところでは、次々に文章を考え、ペンを使わず頭の中で推敲し、そして作文したとおり正確に口にしていたという。

    当時の著名な政治家、ヘンリー・クレイは南北の妥協案のために、ウェヴスターの並外れた才能の力を借りなければいけないと考えていた。

    神のような風貌のウェブスターが沈思黙考して聴いていると、病気がちなクレイは、連邦の結束のため最後の大勝負に出るつもりだと打ち明けた。

    その主な内容は次の5点にまとめられていた。
    ①カリフォルニア州は自由州(奴隷制のない州)であることを認める
    ②ニューメキシコとユタは奴隷制賛成・反対どちらでもない州とする。
    ③テキサスはニューメキシコに譲渡される領土についての補償を受ける。
    ④ワシントンDCでは奴隷制は廃止される。
    ⑤従来よりも厳しい逃亡奴隷法を成立させ、逃亡した奴隷が北部で捕らえられたとき、所有者の下に返還させる。

    この妥協案は南部の人々から宥和政策だと非難を受ける。とくに①と④が問題視された。そして北部の奴隷制度廃止論者からは、90パーセントは南部への譲歩であるといった。

    人々は、ヘンリー・クレイがなぜこのような難しい案の承認を、奴隷制を絶えず反対している、ウェブスターに取り付けたのかと疑わざるを得なかった。

    しかしウェブスターは、南北の対立の激化が「結局、奴隷をつなぐ鎖が強化されること」を恐れていた。

    ウェブスターにとっては、連邦を維持することのほうが、奴隷制を反対することよりもはるかに大切だった。

    したがって、ウェブスターはクレイに対して、条件付きの支持を約束した。そして南部のリーダーと意見交換をし、国の状況を観察して「交渉が決裂すれば、南北間で戦争が起こることが避けられない」と結論付けた。

    そして「正直に事実をありのままに伝える演説をし、連邦を支持する演説をする。そして誰にも恥じることのない良心を守り抜く」と友人に語った。

    3時間と11分にわたり、その間長い原稿に数回目をやっただけで、ダニエル・ウェブスターは熱弁をふるい、連邦の大義を呼びかけた。

    この上院にとっての主要な懸案事項は、奴隷制を推進することでも、廃止することでもない。それはアメリカ合衆国を維持することだ、と強調した。そして南部の「平和的な連邦離脱」という考え方を激しく攻撃した。

    実際にはウェブスターの演説は大成功だった。北部の人々からは否定されたけれども、非常に好戦的なウェブスターのような人物が、統一と愛国主義の名のもとに理解を訴えたという厳然たる事実が、ワシントンと南部一帯で、南部に対する誠実な保障であると認められたのだ。

    この演説により、南北の軍事衝突は10年遅れ、双方の間のさまざまな問題が矮小化され、それが連邦の維持につながった。

    軍事的に見ても、戦争を10年間先送りにすることにより、北部の州は、人口、生産活動、鉄道などで圧倒的な差をつけることに成功した。

    この演説は全国津々浦々にまで、書面化され配布され、ウェブスターの名誉をますます高めた。

    ウェブスターは、最後まで、連邦に対して、そして勇気ある主義主張に基づく偉大な行動に対して、忠実な姿勢を貫いた。ウェブスターはそのような人物だった。

  • キューバ危機の解決や人種差別との戦いをはじめ、数々の問題に果敢に取り組んだ、ジョン・F・ケネディ。20世紀最高のリーダーの1人とも言われる氏が自らの理想とし、心の支えとしたのは、アメリカの歴史に名を残す偉大な先人たちだった。逆境にあっても自らの信念を貫いて生きた「勇気ある人々」。ケネディは、そうした人々のエピソードをもとに、自分の信じる生き方を本書で描き出す。

     第1章 勇気と政治
    パート1:変化の時代
     第2章 ジョン・クインシー・アダムズ
    パート2:対立の時代
     第3章 ダニエル・ウェブスター
     第4章 トーマス・ハート・ベントン
     第5章 サム・ヒューストン
    パート3:混迷の時代
     第6章 エドムンド・G・ロス
     第7章 ルーシャス・クインタス・シンサネイタス・ラマー
    パート4:葛藤の時代
     第8章 ジョージ・ノリス
     第9章 ロバート・A・タフト
     第10章 勇気ある人は他にもいる
     第11章 勇気の意味

  • 側近やジャーナリストの書かれた魅力的な本もいくつも読んでいますが、この本はご自身の言葉で綴られた本です。
    ゲットしました☆
    以前ひとつ前の古い翻訳の本を読もうとしたけど難しい訳で断念していましたがこの訳はとても読みやすいです。ロバートさんの序文とキャロラインさんの寄稿を先に読みました。憧れの3人の文章はそれぞれいつ読んでも魅力的です。アメリカではこどもたちを大統領にと望んでも、上院議員には決してしたくないといわれるほど、理想と現実のギャップがあるようです。その上院の影でアメリカのために苦しみ悩んだ多くの先人の労苦に光をあて、その努力を芯から称えんとする内容です。想いが至らないような苦しみと戦っていた彼らの想いが伝わり、あえてその道を進んだ強さを尊敬します。

  • この本にこの年(40)まで出逢えなかったことをうらめしく思います。同時に、この本に人生の中で出逢えたことに心から感謝します。

    本書は1955年に当時米国上院議員の職にあったジョン・フィッツジェラルド・ケネディ自身が、8人の先輩上院議員(米国南北戦争前後の議員)が身をもって示した勇気について記したものであると同時に、後に著者自身が米国第35代大統領として全世界に向けて身をもって示した数々の「重圧のもとでの気高さ」の根源に触れることができる貴重な一冊です。

    本書のタイトルを見た時、「口に正義を唱え始めた瞬間から、その人の不幸が始まる。」というある人の言葉を思い出しました。私的にはこの言葉は一定の事実を的確に表現していると考えています。
    しかし本書は、勇気・良心・信念・誠実さといった問題を扱っているものであり、それらと正義を明確に区別していました。正義については扱っていません。それ故に、本書は60年近くたった今も色褪せず輝きを放っているのだと思います。

    著者は本書の最終章(第11章 勇気の意味)において、慎重に言葉を選びながら自らの言葉の最後を次のように締めくくっています。
    「過去の勇気の話は、勇気の構成要素を明らかにしてくれる。過去の話から学び取れるものがある。過去の話は希望の源であり、創造的刺激を与えてくれる。しかし、それは勇気そのものを我々に授けてくれるわけではない。この勇気を求めて、われわれは一人ひとり、自分自身の魂の奥底まで目を凝らさなければならないのだ。」

    我が国にも勇気・良心・信念・誠実さを学べる事例はあります。それでも本書は、我々日本人も読む価値のある、世界的な名著であると思います。
    本書に出逢えたことを、心より幸せに感じます。

  • 今こそ読むべきなのかもしれない。
    例えば国会議員は「国家にとって大切なこと」と「地元や支持団体の利益」との狭間に立たされることがある。
    「国のため」と口で言うのは容易いが、理解が得られずに政治生命を失うかもしれない覚悟を迫られる。一方で信念を曲げ、目先の評価を優先し、国の将来のとって大切なことを犠牲することを善しとするのか。
    国でも企業でも、いつの時代も、どこの世界にも似たようなことが起きる。「本当に大切なものは何か」と信念をもって決断し、覚悟をもって行動した勇気ある人々。あるとき、人はその勇気ある行動に何か想いを馳せるのであろう。

  • 1年以上前に購入し本棚に放置プレイしていたけど
    なんとなく読み始めたら。。
    名著! さすがピューリッツア賞とるだけある。。

    政治家は読んだ方がいいし今度、立候補する人たちも当然
    読んだ方がいい。

  • J.F.K.ことジョン・フィッツジェラルド・ケネディは、93年まえの1917年5月29日に生まれたアメリカの第35代大統領。

    二十世紀最高のリーダー? 何故か日本でも、クリーンなイメージが定着しているようですが、ご多分にもれず私も小学生の頃は正義の味方みたいに思っていたのですが、あにはからんや、実はとんでもない食わせ者かも知れません。

    たしかに、第三次世界大戦にもなりかねないキューバ危機の回避とか、黒人問題への取り組みなど、その成し得た功績は大きいように喧伝されていますが、キング牧師の釈放など黒人差別撤回運動への理解などは、どうもかなり政治的に利用した面(黒人票の獲得)がみえますし、最大の汚点・犯罪的な行為は、なんといってもあの時代、ベトナム戦争への積極的介入をしたことによる泥沼化に寄与した張本人だったことと、マフィアとの黒い関係、新興の独占資本の代弁者としての動向が、やがて世紀の一大イベントとなる狙撃暗殺事件にいたる要因となるとは、お釈迦様でもご存じありませんでした。

    1963年11月22日、折りしも日本とアメリカのあいだの最初の衛星通信テレビ中継が始まろうとしているとき、何が見えるのかドキドキしている次の瞬間、画面に映し出されたのは、テキサス州ダラス市内をパレードするケネディ大統領が撃たれるシーンだった、といいます。

    これを小学5年生のときの父は、ちょうどクラスのみんなで教室の小さなテレビ画面を食い入るように見ていて実体験したといいますが、最初、なんだ映画かドラマなんだ、と思ったらしく、でもすぐ実際の映像だというこを理解して、それこそ跳び上がって驚いたそうです。

    もちろん本人の実力はたしかにあるのでしょうが、中原中也とかジェームス・ディーンとか松田優作とか尾崎豊などといった夭折した人たちが、実像以上に過大評価されるきらいがある傾向と同じように、この暗殺されたということ事体が、何かしら悪によって正義がないがしろにされたという印象を強くさせるものが、必要以上にあるのかも知れません。

    この本は、情熱に燃えて理想と主義主張を、信念と良心を高らかに歌い上げて人びとを感動させた本であり、あの有名な「国が自分のために何をしてくれるのかではなく、自分が国のために何ができるのかを問いかけていただきたい」というフレーズが象徴するように、政治家としてのマニフェストとでもいうような、いま読むとかなり空虚なとりつくろった文章に思える、でも当時は熱狂的に支持されて読まれた本です。ちなみに、これは1950年代の大ベストセラーでピュリッツアー賞を受賞したということです。

    理想と現実、真実と政治、言葉と実際など、相克するこれらのテーマはむかしも今も変わらない、いやひょっとして、もしかして愚鈍で狡猾な人間のことですから、永遠に解決できないものとしてあるのかも知れません。

  • 09'0802

    過去の大統領の勇気あるストーリー

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