縄文聖地巡礼

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  • 木楽舎 (2010年5月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863240230

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縄文聖地巡礼の感想・レビュー・書評

  • 人類学者の中沢新一と坂本龍一の縄文を巡る対談集。
    二人の知識の多さに勉強になった。

    諏訪から始まり、敦賀、奈良、山口・鹿児島、そして青森を回る。

    気なったところをつらつらと書いてみる。
    以下ネタバレあり。

    第一章諏訪より
    ・アメリカの黒人の多くは実は先住民族との混血だというはなしがある。アフリカから連れてこられて奴隷にされていた人々が逃げるときに先住民族がかくまったため。
    ・諏訪は「生命力のある死」
    ・縄文の人たちは美人を見ても同時にその後ろに蛇をみる感覚を持っていた。
    ・宇宙は循環して元に戻っていく。螺旋のように一巡して宇宙は変わっていくが上から見ると同じところに戻ってくる。村で見ても中心墓。それは生と死を循環するという思想から来ている。いまはそれを忘れている。

    第二章敦賀より
    ・原発なんてもん作って、ものすごくお返しをしなくてはならない。原発の前で楽しそうに海水浴している光景は異様だが、お祭りにも見える。

    第三章奈良より
    ・この世界で貴重なものを見出すのは特別な場所ではなくて自分の身の周りという考え方がある。見慣れた風景にもまだ見たことない風景が潜んでいる。
    ・菌類のセックスは食べて取り込むなど35億年もの間ずっと実験してる。それに比べれば人間は保守的。
    ・熊楠は男と女をつなぐものとして「ふたなり」を思いつく。

    第四章山口・鹿児島より
    ・アメリカにレイプされている。
    ・映画が事件を求めるのは狩猟と関係している。
    ・エイゼンシュテインはディズニーのバンビが嫌い。それはバンビはいいが背景の森が死んでいるから。

    第五章青森より
    ・大昔は戦いで敵を殺すと食べていた。それはリスペクトからくる行為。動物であっても自分とイコールの存在。なぜ人肉を食うのを怖がるかというとその感覚がないから。

    エピローグより
    ・イヌイットは冬に氷が張るとアザラシを狩って一年分備蓄していたが今では温暖化のせいでアザラシが腐っちゃう。
    ・農業だけが神話的なユートピアではない。


    この本を読み終えると南方熊楠についてもっと知りたくなったし、読んだことないのでハイデッガーの「技術論」を読んでみたくなった。
    今を知り考えるために「昔」を知ることも大事であると改めて思った。

  • 「観光」「EV Cafe」を読了してから読むと興味深い、「中沢、坂本」が実現したら「細野、村上」は可能なのだろうか。もしくは4人で対談するとか。

  • 坂本龍一、中沢新一。 この2人は類希な才能を持つ「創造者」であると思った。言葉の節々に感じるセンスや、その抽象的アイデアには感銘を受けた。
    何より2人のフットワークの軽さに感動する。 自分も見習わないと..

    一方で、これからの時代にはその「創造者」としての能力だけでなく、「調整者」としての能力もより必要になってくると思う。 本書には縄文思想だけでなく2人の政治的思想も語られているが、そこには非常に現実味に欠ける部分がある。その部分では、彼ら自身が、彼らの言う「2元的思考」に捉われているような気がした。80年代にもてはやされたポストモダニズム、ニューアカデミズムなるものの独特な軽薄さから抜け出せていないように感じてしまった。むしろ現実の変革を望むなら現状と未来の位置付けそれぞれをある程度肯定し、その部分でどこに折り合いをつけるかを「調整」する必要があると思う。その「創造者」だけでなく、「調整者」としてもの役割はこれからの若い世代が担っていくべき課題である。自分はその両立こそ、「3元的思考」だと思った。すべてを解体する必要はあるのだろうか。すればいいのだろうか。そんな単純なものではない気がする。

    本書内で他の興味深い本も紹介されており、この本から次へと繋がれる。中沢さんは縄文から古墳へ関心が向いたと巻末で述べられているが、自分は地元がその辺りなので、逆にそれ以前、つまり縄文の方へ興味が向いていった。

    自分は楽観主義的だからかもしれないが、日本の物質的未来がおおよそ絶望である一方、精神的未来をそれほど悲観していない。むしろ小さなマインド・パクス・ジャポニカが訪れることを期待している。でもそれを担うのは、フットワークの軽く様々な角度からの知見を得、表面的にアンチになることにとらわれず、無理に時代感に、"ポスト"にとらわれず、真に思考、信念、倫理を追究し、よいものはよいと素直に言える者であってほしいと思う。そこにあるのは、単に論理的でも批判的でも積極的でも消極的だけでもなく、総じて適応的な、"メタ"な-差異的でもあり統合的でもある-姿勢、詰まるところ、日本人が古来からもつ寛容性であると個人的に思う。要は、政治的枠組みを超え、日本の中空構造をどう活かしていくのかについて、我々は真剣に考えていかなければならないのだろう。

  • 大好きな中沢新一と坂本龍一の共演。深い知識と経験が織りなす掛け合いが最高。

  • 2016/1/8
    なんでだか、もう一回これを手にし、そして今度は『左うでの夢』を聴く。
    心がざわつく音楽を作る人、坂本龍一。

    2014/3/28
    自然から奪い尽くして、辱めて、そこに原子力発電所を作った。
    自然からむしったものを、私は返せるんだろうか?
    いや帰すんだ。
    その輪を回すために生きるんだ。

    遠い、でも近い。
    いろんなことが繋ぎ合わさってくる。
    それが今とゆう歳の可能性。

    この本を読んで、坂本龍一を知る。
    戦場のメリークリスマスを聴いて、心に風が吹く。

  • 中沢新一と坂本龍一が、それぞれの問題意識を胸に縄文時代の名残が残る場所を巡りながら意見交換をした対話集。
    中沢新一の縄文研究というと『アースダイバー』が思い出されますが、この探訪がきっかけとなってあの作品が生み出されたそうです。
    坂本龍一はNYで9.11を体験し、それがきっかけとなって縄文へと引き寄せられていったとのこと。
    近代社会の崩壊を目にして、原始回帰への興味が生まれたそうです。

    国家というものについて考えるために、国家が生まれる前の人間の考え方を知ろうとする旅。
    言葉や文字が生まれる前の時代をたどっていく時に、頭で理解しようとしても無理なこと。
    二人がそれまで培ってきた知性と感性で、縄文について感じ取っていきます。

    まず向かったのは、縄文中期の中心であった諏訪。
    この地域は日本に国家というものができてからも、なかなか完全には国家に属さなかったという反骨精神の旺盛な場所だそうです。

    若狭が征服した側で、信州は征服された側。
    征服された側の怨念は強いとのことですが、その辺りに詳しくないので、どういうことなのか気になりました。

    仏教は宗教よりアートに近いという話が採り上げられます。
    また、昔の貴族は温泉に入る時、天皇の許可を取らないといけなかったということを知りました。
    温泉地にこもることは、死の世界からエネルギーを蓄えることとなるため、反逆の疑いを持たれれないように報告が必要だったのだそうです。

    一番印象的だったのが、天皇と南方熊楠との出会いのエピソードでした。
    二人は神島で会ったそうですが、お互いに歌を贈り合ったとのこと。
    「本の歴史の中でも、こんなに美しい光景はないんじゃないかと思う」と言われているように、尊敬し合う二人の邂逅についてもう少し知りたいと思いました。
    熊楠は常にキャラメルの箱を標本箱として利用しており、天皇に御進講した時も、キャラメルの大箱に入れて粘菌標本を進献したとのこと。
    自然体です。

    縄文の名残を残す土地を訪ね、過去に思いを馳せ、現在の自分たちと人間の未来について思いを巡らせる二人。
    それぞれの専門領域に触れながら、漠然とした思いは着実に形をなしていきます。

    二人がぴったり息があっている様子が伝わってきますが、全編を通じて、互いの意見にどちらも全く反論をしていないことに気が付きました。
    そんなに言うことすべてが流れるように同調していくものなのか、編集上そうなったのか、わかりませんが、反論の上に新たな認識が生まれていく対話も知りたかったと思います。

    すっかり縁がなくなったようで、しっかりとつながっている縄文時代と現在。
    その道の一流の専門家でも、原点に立ち戻っていきます。
    根っこを知ることの大切さを知りました。

  • この本、震災前にでているところが、すごい。

  • 諏訪、若狭・敦賀、奈良・紀伊田辺、山口・鹿児島、青森

  • 2013/01/30 小俣図書室--県立図書館。

    ISBNが 裏表紙に記載されてなかった。奥付には有った。版元「木楽
    舎」は お気楽?

  • 縄文の聖地…諏訪、若狭・敦賀、奈良・紀伊田辺、山口・鹿児島、
    そして青森…を中沢新一、坂本龍一が旅をする。
    では、縄文とはなんだろう… 二人はどこへ旅したのだろう…
    冒頭で、中沢新一は、わかりやすくまとめている。

    ―いまでは縄文と呼ばれている、おおよそ1万3000~3000年
     くらい前の時代、その世界を動かしている経済の原理は、
     等価交換ではなく贈与でした。
     ものを贈るときには必ず、眼には見えないけれども
     人間の心にかかわる要素を、お互いが受け渡しをしています。
     贈与においては、ひとつとして同じものは存在せず、
     等価交換にはなりません。
     贈与は生命の働きと結びついていますから、不死でも
     不変でもありません。

    そう…ふたりは「生命の働き」の基層を旅しようとしている。
    その古層の上にのっかているのは、敦賀原子力発電所であり
    六ヶ所原子燃料サイクル施設だった…その意味するところを
    二人は真摯に考察しようとしている。そして、それは縄文的でないのだ。

    さらに、縄文的心層をつかさどるエネルギー、神話の想像力…
    人間の祝祭空間の根源は同じところでつながっている…という。
    それはエロだというのだ。 生きること、悦ぶこと、
    死ぬこと、イクこと…みなつながっているのだろう。

    等価交換でない贈与による気持ちのやりとり…
    ボクには、それが、たいそう美しく、心地よいものに思われた。
    それは、見返りを求めぬ愛? 恣意的な誤読と知りつつ云えば…
    かくして報われぬ「ウェルテル」は、縄文的に幸福であったと感じたのだ。

  • いろんな宗教の形を借りるようなふりしている日本人の心の奥底には自然への思いがある。親しみ、感謝、畏れ。自分は神社仏閣が好きだと思っていたけれどやっぱり基本は自然に対するそういった感情がある。

  • 音楽家の坂本龍一と、人類学者の中沢新一が国内の「聖地」を旅行して、対談。

    会話は資本主義とか原発に言及したり、「人の生き方について」が主。
    それと縄文時代の生き方との比較とか。

    お互いに縄文的な何かから着想を得て作品や本を作ったことがあるようで、その話も。
    2人のファンか、歴史の流れに詳しかったら より楽しめたのかも。
    残念ながらほぼ無知識だったので分からない単語が多く、知っている前提で会話が進むので 意味の分からない箇所が結構あった。

    それを抜きにしても 会話の面白さは伝わってきたので良いのですが。
    所々で挟まれる写真がなかなか良くて、「1000年前の椿の木」を根の苔むした部分のみ写している所なんか好きなセンスでした。

  • 装丁は柔らかでふんだんに差し込まれる写真は美しい。
    坂本龍一と中沢新一の対談で綴られるが、話そのものはずっと読んでると飽きてきたり、意識が飛んじゃったりしてしまう。
    だけど、ところどころ興味深く、特にこの本が311以前に書かれているのに、今後のことを示唆しているような、そんなくだりがあると少しどきっとする。

  • 2010年に出版された「縄文聖地巡礼 坂本龍一・中沢新一」の対談は、2004年から2006年にかけて、二人が9・11以降の「圧倒的な非対称」:貧富の格差拡大と富の偏在してしまった世界。貨幣と言う単一価値基準が世界と人心を席捲する現在の課題、グローバリズム、あるいは資本主義の意味を、3000年~13000年前の縄文と呼ばれている時代の先人達の遺跡を巡りながら、自然と共生してきたその文化を感覚として体験し、日本の再発見と未来を探す二人の思索記録だ。
    三内丸山遺跡・諏訪・敦賀・若狭・奈良・紀伊田辺・青森・・全国の縄文遺跡とともに青森県六ヶ所村・敦賀、美浜原発・・『原発には本来の意味でのサクリファイスがない、自然からエネルギーを強奪して消費するだけで、人間から贈与しないんだから。非対称なんですね』(坂本)『美浜原発のすぐそばの浜辺では、みんな楽しそうに海水浴してましたけど、あれを見て異様な風景だと思う半面、一神教の神様の前でみんなが幸せそうにお祭りしているのと同じ印象を受けたんです。核技術を生み出した近代科学と一神教のあり方とはよく似ています』(中沢)『一神教は矛盾、あるいは中間項を許さないから、それをつきつめれば核まで行ってしまう』(坂本)フクシマ原発事故の5年前にこの、対談で二人の語った原発・核技術への危惧。この国・世界の未来への想い・・・3・11を迎えてしまった今、この対談は、未だに「おちゃらけて生きている大人達」への痛烈な弔辞なのだろう。中沢氏の「アースダイバー」や「緑の資本論」「森のバロック」と併せ読むことをお勧めする。

  • 古来からの日本の聖地と原発の奇妙な場所の一致。
    ホモ・サピエンスは南アフリカから海、大陸を渡り、日本はそのひとつの終着点となっている。
    その後世界中で文明が興り、シルクロードを通して文化が終着したのも日本。
    そして2011年、唯一の被爆国である日本において人類史上最悪の原発事故を目の当たりにしている。
    20世紀文明の総決算である原子力がここ日本で暴れている。
    縄文人は自然と共に生きていたけれど、現代の我々は自然を手中に収めようとしコントロールしようとしている。
    しかし失敗した。

    311以後、改めて読んでいただきたい一冊。

  • もやもやと思っていたことへの答えというか、もっと考えるきっかけが、この本に書いてあった。

  • 坂本龍一と中沢新一が縄文時代の聖地を巡るという奇跡的に素敵な企画。こういうのすごい好き。本の装丁も素敵。一つ一つの旅がもうちょっと濃く描かれてればなーと思った。

  • 芸術人類学とは何か
    http://www.tamabi.ac.jp/iaa/vision/index.html

    iTunes U 東大学術俯瞰講義 「情報が世界を変える」坂本龍一x小林康夫

  • 坂本龍一と中沢新一、20年、あるいはもっと前から、変わらない人類、地球への思いを、、照れることなく語っているところがよい。
    中沢新一と細野晴臣の聖地巡礼本「観光」、ハイデッガー「技術論」、中沢新一「カイエ・ソバージュ」「アースダイバー」あたりは事前事後に読むべし。ある意味、この本だけ読んでも面白くないかも。言葉の背後の深みがわからないから。
    個人的に、この本の装丁が好き。塵紙というんでしたっけ?紙が柔らかくて手にも地球にも優しいかんじ。

  •  まずは装丁について書くべきでしょう。柔らかな紙質から手を通じて心地良さが伝わってきます。文章そのものまで柔らかで心地良く思えてきちゃいます。
     内容もわかりやすくていいけど、それ故に随所に散りばめられた「嫌いなモノ」に対する批判がビシビシと突き刺さる。わかりやすさが逆に重くのしかかってくるのです。

  • ”アースダイバー”中沢新一氏と坂本キョージュの対談。写真もきれい。

  • 贈与
    小林 秀雄

  • プロメテウス的な思考からの脱却

  • ひさしぶりに本屋で目にして本屋で買ってしまった。

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