ハルムスの世界

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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863322554

作品紹介・あらすじ

ナンセンスでアヴァンギャルドで滑稽で、ときに残酷-。スターリンの弾圧下で闇に葬られ、20世紀後半に再発見された作家ダニイル・ハルムス。彼が遺した数多くの作品の中から代表作『出来事』+38篇を収録した傑作短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • 最初に読んだのは、モンキー・ビジネスという雑誌で。
    なんだこれは。
    というのが最初の感想。
    不条理文学というジャンルの中に入るというのを後から知った。
    どうも“不条理文学”というとカフカ辺りを思い浮かべ、ジメッとした感じがして手を出すことは無かったのですが・・・。

    しかし、彼の作品はカラッとしている。
    カラッとしているが、世の中のひどいことが沢山出てくる。隣の人がいきなり殴り倒されるし、死んでしまうし、突然居なくなってしまったり、と。
    しかも因果も理由もあったものではない。

    でも、きっと世の中そんなもんなんだろうな。と思えてしまう不思議さ。

    結構好きです。こういう話。
    ということで、★5つ。

  • こんな本かなと予備知識で想像はしていたけれど、それをはるかに越えるほど面白かった。

    ただ面白いのではないところに深く残るものがある。書かれた時期がスターリンの恐怖政治の真っ只中、粛清に次ぐ粛清で、生き延びることが優先で、後世に残る文芸大作は19世紀に花開き、20世紀が明けると細々と息継ぎをしていたことが良く分かる。

    特異な作風で世に出ようとしていたハルムスもご他聞に漏れず、小出ししていた作品が見つかって逮捕、その後児童文学に手を染め、マルシャークなどの助力で出版社で働いたが、最後に逮捕されて刑務所で死んだ。

    認められたのは時間を経てペレストロイカ後に見つかった原稿が出版された、それまで自家版もあったが粗末なものだったそうで、彼の貧しさや生きにくさが忍ばれる。

    過去の歴史には、私の浅学でも、魔女裁判のように、隣人も信じられない、事実無根の風評で刑を受けることも多い。わが国でも多くの小説が物語るように、自己を守りたい一身で他人を犠牲にしたり、権力・地位の誇示や、間違った主義のために他人を差し出すこともいとわない、今でも人間の心の奥の闇が変わりなくある。もしそうした力が正当化される時代になれば、知識や理性がどれほどの役に立つだろう。

    ハルムスの世界は、そんな痛々しい抵抗感と世間・政治に対する不信感、拠って立っているところ、信頼できる生活の脆さや、命の軽さ、吹けば飛ぶような群衆の姿を風刺し、笑い飛ばし、言葉の多重性に隠れた本音を、ぶつけている。
    ところどころに挟まっている訳者の解説(コラム)が初めての作者と、その時代について随分役に立った。

    訳者が選んだと言う短編集(ハルムス傑作コレクション)は、おおよそのものが前半に集まっている。まさに言葉の前衛、脈絡のなさそうな文章の積み重ね。飛躍、滑稽な、あるいは懐疑的な、恐れ、それらが短い混沌の中でない混ぜになって現れている。よく読めば、そんな言葉は彼の書くという意識の一つの意味を構成しているのだろう。

    結びの一行にサラっと書き流した部分で、生き物のように笑いを爆発させたり人間を綺麗さっぱり消してしまう。不条理な作品といわれるように言葉の不条理が寄木細工のように、ハルムスの本質を形作っている。

    そして後半、彼の代表作「出来事」(ケース)の作品が40編、時々解説(コラム)を挟みながら並んでいる。

    こちらは、一つの作品が文章として完結しているものが多い。分かりやすい。
    やはりテーマは並でない不条理が選ばれているが、それは恐怖や、空虚な生活が基本にあったとしても巧みに笑いにすり替え、何気ない暮らしの中の出来事がどんなに滑稽なものであるかを見せてくれる。

    会話のすれ違い、行き違い、人の無駄に見えるこだわりについて語るブラックなユーモア、多弁。優柔不断など。彼は人間の交わりは殆ど滑稽なものに見えていたようだ。それは時代のせいかもしれないが、今読んでもそんなに変わらない出来事を目にすることが出来る。
    言葉は、書き表した時点で、口から出た時点で独立し、本質とは少しずれている。そういうもので、それがどう読まれるかは人それぞれに異なっているが。

    ダダイズムやキュービズムといった画家の世界は、道具が違っても言葉の世界にも通じている。不条理の世界が最も近いと思ったときはもう生きていけない世界にいるのかもしれない。
    ミロの線の中から明るい何かを見ることができる人は、スポーツなら真っ直ぐにあげたトスで綺麗なスマッシュを決めてしまう。しかし心の前衛は誰が理解し受け取ることが出来るだろう。
    恵まれない時代に生きた作家の、シニカルな笑いの作品は素晴らしい。

    男の頭にレンガが落ちてきてコブが一つ出来た。何をしようとしていたかは少し忘れた。
    またレンガが落ちてきて二つコブができた。もっと後のことを忘れた。
    またレンガが落ちてきて三つコブができた。もっともっと後のことを忘れた。
    4つ目のレンガがあたりすっかり忘れた。

    寓意に満ちている。


    「名誉回復」
    先につばを吐きかけたので、私はその後アイロンで殴ったんです。
    足を切ったときはまだ死んでいませんでした。殺人ではありません。
    殺したのはドアを開けたからですそこになぜいたのです?慣性の法則のようなもので、機械的なものです。
    強姦ではありません、処女ではなかったし死んでましたから。
    その腹から子供を出したのは私でも子供が生きることができなかったのは私のせいはありません。頭がもげたのは首が細すぎたからです。
    犠牲者の上で排便したのは自然の欲求です。ナンセンスというものです。
    だから無罪を確信しています。

  • 邪魔

  • ロシアの笑いというとアクネードを思い浮かべるが、それとは全く雰囲気の異なるナンセンス不条理。クスッとしながら、何か考えさせられる。特にこの作家の末路を思うと…プーシキンとゴーゴリが好きというのがいいな。作中に挟まれる解説コラムが良い。ソ連はこの作家の何を怖れたのだろう。

  • ロシア文学と聞いて咄嗟に思い浮かぶ作品は何だろう。ドストエフスキーの『罪と罰』、トルストイの『アンナ・カレーニナ』……当時の社会や歴史を背景に、人間とは何かを問いかけながら展開する、重厚な物語群ではないだろうか。本書はそんな一般概念を覆す、シュールで切れ味鋭い短篇集だ。中には数行で終わってしまう超短篇もある。いずれの作品にも共通するのは、描かれているのが何も信じられない、信じない世界ということだ。ヒューマニズムは皆無、ハッピーエンドとは無縁。登場するものたちは他愛なく死に、無造作に殺し合う。だが突然始まり突然終わるこれらの短篇を読んでいくうち、これが人生の縮図のように感じられてくるから不思議。甘い感傷や慰めはないが、各所に散りばめられているユーモアのセンスは抜群だ。訳出の妙も手伝って、思わず噴き出してしまう。プーシキンとゴーゴリが変わりばんこに互いの体につまずいてはぶつくさ言う戯曲調の『プーシキンとゴーゴリ』、殺人の凶器がなんとも間抜けな『最近、店で売られているもの』などは、お笑いの舞台でも観ているようなお茶目さで、作品の中では珍しく明るい調子だ。
    作品の幾つかは奇想天外なラストにも関わらず「それだけのことだ」とクールに締め括られる。世界はいつ何が起きるかわからない、突拍子もなく残酷な場所。大自然に生きる虫や動物にとっては当たり前のことが、人間社会に生きる我々にとっても言える。そう嘯く著者の声が聞こえてきそうだ。
    著者ハルムスはロシアのアヴァンギャルドを代表する作家の一人で、不条理文学の先駆者だった。スターリンによる恐怖政治時代に生きた彼は、知識人弾圧の対象となる。幾度か投獄され、最期は刑務所内の病院で死亡する。
    ハルムス作品はいつ破綻するか知れない現実をシュールの鏡に投影して描いた似姿であり、彼はそうすることで人間の孤独を達観し、自らが一日一日を生きるよすがにしたのだろう。しかし心底「それだけのこと」と割り切れないからこそ、手を変え品を変え数多の作品を遺したのだとも思える。透徹した残虐性、言葉への偏執や揚げ足取りは幼児の性質にも通ずる。児童文学者として子供に人気のある作品を書いた、ということも頷ける。
    本書と重複する作品もあるが、未知谷刊の『ズディグル アプルル ハルムス100話』も併読したい一冊だ。

  •  ロシア・アヴァンギャルドを代表する作家とのこと。
     スターリン政権下でロシア・アヴァンギャルドは弾圧を受け、彼は逮捕され、翌年に牢獄で死亡……餓死だったようだ。
     本書には「出来事」と題された30編からなる短編集の全訳と、翻訳者が選出した38編からなる「傑作集」が掲載されている。
     また、翻訳者による「コラム」が何編か掲載されているが、これが本書を読み解くためのいい感じの解説となっている。
     当時のソ連(ロシアではない)の社会情勢と、作品の背景がどう結びついているのかが、簡単にではあるがきちんと把握することが出来るので、その作品の理解に多いに役に立つのだ。
     この「コラム」があるのと無いのとでは、本書に対する感想も随分と変わってしまったと思う。
     僕としては短編集「出来事」よりも翻訳者が選出した「傑作集」の方により面白みを感じたし、より恐ろしさを感じた。
     他の方のレビューを見ていると「不条理」という単語が頻発している。
     この「不条理」を辞書で調べてみると、「不合理であること。または常識に反していること」と出てくる。
     つまり理屈にあっていない、筋が通っていない、非常識である、といったことになるのだろう。
    「コラム」を読み、当時のソ連の現状を知った上で、いくつかの短編を読むと、そこにある「不条理」は、実は当時のソ連の「現実」そのものだった、と理解出来てしまう。
     そう考えると、本書に掲載されているいくつかの短編は「不条理」ではなく、「リアリズム」に乗っ取った作品、と言えるのかも知れない。
     そんな傾向を持つ作品は特に「傑作集」の方に多かったように思う。
    「出来事」の方は、もう少しナンセンスな、作品によっては何が面白いんだろうと疑問に思ってしまうような作品が多かったように思う。
     あのペレストロイカが無ければ、この作品も、ハルムスという作家もずっと地下に埋もれていたとのこと。
     ほんのつい最近までそういったいわゆる「恐怖政治」に支配されていた国があったのだな、と思うとやはり怖い。
     いやいや、現在だって、日本のお隣には似たような国がある。
     そしてそこには第二、第三のハルムスのような作家が存在しているのかも知れない。

  • 鎌倉の本屋さんで見つけました。
    さみしいときに読んでる。

  • アバンギャルドな不条理文学。
    後半の「ハルムス傑作コレクション」には粛清の荒れ狂うスターリン時代の世相をイメージさせる短編が幾つかあって、これらは(当然ながら直接的に表現はしていないものの)物語としてイメージが伝わってきます。しかしこれらは体制の理不尽を表したもので不条理とは違いますし、数もごく僅かです。
    その他の大半は、特に前半の「出会い(ケース)」は1~3ページの不条理ショートショートです。それも不条理(非論理的、因果関係欠如)を物語で表現するのでは無く、不条理そのものの文章化です。何の脈絡もなく人が死に、足をもがれ、執拗に文章が繰り返され、極めてシュールです。
    この作品を読んだ多くの人たちが高評価を与えています。また"ユーモア"とか"笑い"があると書かれています。しかし私はダメでした。
    この作品のユーモアが判りません(笑える所もありましたがごく僅か)、またほとんどが"判らない”と言うのが素直な感想です。おそらく"感じる"べきところを"理解"しようしてしまう読書姿勢が間違いなのでしょうが。

    しかし、著者が言いたいのが
    ・この世は不条理である
    ・言葉は人に何かを伝えるのに適切で道具はない
    という事なら、なぜこんなに多くの作品を残さなければならないのでしょう。
    (そんなことを考えるのがそもそも間違いなのでしょうね)

  • なんというか,奇妙な感じ
    ちょっとブラックな稲垣足穂のような印象
    本の途中で掲載されている,翻訳者によるコラム?で,著者であるハルムスをとりまく,当時の環境・社会情勢などが説明されており,作品の書かれた背景などがわかり,作品をより楽しむことができた。
    ユーモアに隠れて,当時の危うい社会情勢が垣間見え,怖くもなる

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