日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)

  • 13人登録
  • 3.50評価
    • (0)
    • (1)
    • (1)
    • (0)
    • (0)
  • 1レビュー
著者 : 山田順
  • ヒカルランド (2014年12月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784864712392

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)の感想・レビュー・書評

  • 今まで何度も「こうすれば勝てた!」と銘打ったタイトルを本屋で見かけていましたが、いつも敬遠していました。ところが、敗戦から70年経過して、今までには語られなかった視点があるのでは、と思い、この本を手に取りました。

    タイトルが示す通り、日本には2回、勝利にもっていけるチャンスがあったようです。失敗から目を背けるのではなく、失敗の原因を追究して理解しておくことで、将来に活かす、という姿勢は、ビジネスマンである私にも大いに参考になる考え方だと思いました。

    以下は気になったポイントです。

    ・日本の軍組織の最大の問題点は、「統帥権の独立」を保障されていたこと。統帥権は天皇が持っているので、天皇の命令以外では軍隊を動かせない。天皇は実際に命令を下せないので、実際には天皇の意向を推察して動くことになる(p25)

    ・侵略戦争を共同謀議によって遂行して、「平和に対する罪」を犯した「A級戦犯」(絞首刑)は、6人しか選べなかった。共同謀議は最長2年という軽罪だったので、「通例の戦争犯罪」を加えたうえで刑を確定させた(p27)

    ・マレー半島の攻略に成功し、シンガポールを落とした名将山下は、その後第一方面司令官の閑職(参謀本部の辻の罪をかぶった)に追いやられて、1944年に第14方面司令官としてフィリピンに戻ってきて、絞首刑になった(p36)

    ・マッカーサーが悟ったように、日本の主敵は、中国・ソ連以外にはありえなかった。アメリカではなかった(p39)

    ・日本が本当に戦っていたのは、中国の傀儡政権ではなく(中国国民党軍の張学良軍)、中国利権を守りたい英国、蒋介石とその妻にたぶらかされたルーズベルトのアメリカであった。英米が国民党軍を援助する補給路を断ってしまえば勝てたはず(p41、45)

    ・1938年11月3日に出された、東亜新秩序の建設、にある東亜とは、大日本帝国・満州国・中華民国、である。(p52)

    ・明治期に確立された官僚システムが極限まで行きついて、学業エリートしか上に行けない構造ができあがっていた(p60)

    ・海軍では、一度地位につけば、「軍令承行令」が指揮権の継承序列を定めて、抜擢・降格を禁止していた。天皇から任じられた地位や役職は、他者により罷免されることも引責辞任する必要もない「親補職制度」もあった(p62)

    ・東条英機は、学業尊重主義のかたまりで、成績優秀者のみを周りに集めた。軍人として優れていた、山下泰文・今村均・石原莞爾は、徹底して嫌われた(p64)

    ・アメリカのエリートが日本と違う点は、リーダーシップとは何かをいう教育を徹底して受けていること(p70)

    ・日本軍の失敗の本質は、近代的な階層型組織を取り入れていたが、そこに集団主義(情緒的思考など)が織り交ざるという、日本型ハイブリッド組織だったとされる。この組織は、いまなお、日本のあらゆる組織で生き残っている(p72)

    ・薩英戦争と下関戦争の二つの事件後、薩長両藩は方針転換して、欧米列強の支配を受け入れ、その保護の下に新国家の建設を目指すことになった(p84)

    ・1899年、領事裁判権が解消された、そして1902年に日英同盟を結び、日本を初めて国家として認めた(p85)

    ・当時、アジアには日本以外に国家はなかった、あったのは、欧米列強の半植民地国家か植民地のみ(p88)

    ・国家たりえるためには、国内統治権・対外主権が必要だが、サンフランシスコ条約で国内統治権は認められたが、対外主権は「自治権」のような形で認められている。連邦政府に対して州が持つイメージ(p92)

    ・英国が日本を対ロシアの防波堤としたように、戦後のアメリカが日本をソ連の防波堤とした。今も同様の状況(p96)

    ・第二次世界... 続きを読む

全1件中 1 - 1件を表示

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)を本棚に登録しているひと

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)を本棚に「読みたい」で登録しているひと

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)を本棚に「積読」で登録しているひと

日本人の誰もが知っておきたい 日本が2度勝っていた「大東亜・太平洋戦争」 あの時もエリート官僚が《この国の行方》を誤らせた! (Knock‐the‐Knowing)の作品紹介

戦後史観では、そもそも勝てるわけがない戦争を仕掛けた日本は愚かということになっている。しかし、本当はそうではない。実際、勝てる作戦があったし、それを実行するチャンスもあった。大日本帝国を支配した凡庸で無責任なエリート軍人・官僚が、それをしなかった。1941年と1942年の戦いさえミスらなければ、戦争に勝っていた。勝てる戦争で、なぜ負けたのか?まったく新しい視点の日本軍敗北の研究。

ツイートする