- Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
- / ISBN・EAN: 9784864910057
作品紹介・あらすじ
この30枚の写真は、ぼくが切なく楽しい少年時代に帰る招待状だった。『狼たちの月』『黄色い雨』の天才作家が贈る、故郷の小さな鉱山町をめぐる大切な、宝石のような思い出たち。誰もがくぐり抜けてきた甘く切ない子ども時代の記憶を、磨き抜かれた絶品の文章で綴る短篇集。
感想・レビュー・書評
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問うべきは死後に人生があるかどうかではなく、死ぬ前に人生があるかどうかである。
母親が持っていた昔の写真を眺めているうちに、どこかで聞いたこの言葉が蘇ってきた。
ぼくは少年時代を小さな鉱山町のオリェーロスで過ごした。牧歌的で美しい風景を持つが、粗暴で過酷で、自分が生きる知恵を学んだ町。
鉱山が閉鎖になると知ったときに、自分の記憶にあるこの町の思い出を物語として再構築しようという目論見により描かれた小説。
町にあった映画館へ通っていたこと、若くして鉱山で働き身体を病んだ鉱夫たち、旧友たちとの思い出、道で死んだ物乞い、憧れていた伊達男、毎年来ていた芸人一座、独裁政権を敷いていたフランシス・フランコのこと、そして町を出るときが来た。
これらの思い出が、優しく落ち着いた情緒に満ちた語り口で語られてゆく。
序文では作者が、これは自伝のようでモデルとなった出来事や人物はあるけれどもあくまでもフィクションとして事実を再構築している、と書いている。
翻訳者の木村栄一さんを「友人」と呼び、また木村さんはあとがき解説でリャマサーレストの交流を語る。なんとも幸せな作者と翻訳者の関係。 -
「彼らが誰なのか思い出せないし、彼らが誰で、何をし、死んだのかどうかさえ分からないが、写真がある限り彼らは生き続けていくだろう。というのも、写真は星のようなもので、たとえ彼らが何世紀も前に死んだとしても、長い間輝き続けるからだ。」
記憶にかかる靄。時間という映写機の歪んだ焦点。過去の思い出に光が差し込み、遠く離れたところからぼくを呼ぶ声が、たった今聞こえているかのように耳の中でこだまする。深い淵の上にかかる橋。時間の深淵を越えるに際して覚えるめまい、同時に捕らわれるもの悲しさ。
――今では雪にいなっている母に――
作中の『ぼく』のもとに送られてきた1957年から1969年までの、かつて住んだ鉱山の町オリェーロスと、そこに生きた人たちの姿を映した30枚の写真。
そこから紡ぎ出される、回想でありながらフィクション。それは町の住民、鉱山労働者、外国人狼奏者、旅芸人や楽団員、写真屋が織りなす過ぎた時代の肖像。
虚実のはざまで揺れる短い物語集。 -
母がのこした、著者の子供時代の30枚の写真から、故郷の炭鉱町に思いをはせる連作集。
「言葉を蒸留する」と著者自身が述べる文章は詩的だけれど、とても穏やか。
あとがきで訳者の木村榮一さんが述べているように、この本を読みながら、私自身の故郷の人々のことを思い出しました。
白と黒でおおわれた炭鉱町でない、日本の小さな田畑が点在する方田舎だけれど。
あの人たちは皆どうしているだろう。 -
前にある三十枚の写真。スペインの今は廃坑になった町オリェ-ロスでのぼくの最初の十二年間がつまっていた。そこには、少年時代の淡い思い出や哀惜の記憶が思い出されるものだった。
__自伝と思うような文体だが、冒頭でフィクションだと前置きがあるくらい、写真の中での記憶が鮮明に描かれている。派手なストーリー展開というよりも、その時代のオリェーロスの栄枯盛衰や、少年が次第に大人へと成長する様を写真というアイテムを通して描き出している。 -
黄色い雨の後に興奮して読んだが、黄色い雨が良さすぎてピンとこなかった。でも楽しい。
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最初のほうはあまりハマらずにいたんだけど、読んでるうちに馴染んできて、読後は、しっとりと良い感じに。でも読んでると自分の過去も色々と思い出したなぁ・・・。短いエピソードを丁寧に重ねて、ひとつの世界観を作り出すあたりのセンスも好き!
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母親が残した30枚の写真を眺めながら、それぞれに写された幼いころの自分と当時の暮らしに思いを馳せる主人公。一章が一枚の写真の回想録という形式を取った連作短編集であり、各章に具体的な連続性はあまりないものの、回想の断片を繋いでいくことで、主人公の少年時代が紡ぎだされていく。
訳者あとがきによれば、著者が実際に幼年期を過ごした鉱山が閉鎖されてしまうことになり、その思い出の街を何とかしてまた小説の中に蘇らせたい、という強い思いで本作を書いたそうだ。多分に自伝的要素を多く含むのはそのためらしい。
著者の選択したその手法は、回想する主人公(著者にも思えるが、あくまでも「小説」ということなので、ここでは主人公ということでいいだろう)の姿と、遠い昔に切りとられたある一瞬の世界とを見事に繋ぎ、過去と現在との時間差を埋め、主人公の郷愁を強く感じさせてくれる。
詩的で静かな語り口ではあるが、激動の時代を生きた少年の姿が断片の中から見事に浮かび上がり、まさに巧みであるとしか言いようがない。
木村氏の翻訳も、相変わらず作品の雰囲気を損なわず読みやすくさすが。