ラインズ 線の文化史

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制作 : 工藤 晋 
  • 左右社 (2014年5月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784865281019

ラインズ 線の文化史の感想・レビュー・書評

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  • 以下引用

    どうして発話と歌とが区別されるようになったのか

    西洋では長らく音楽は言語芸術として理解されていた

    言語が沈黙した経緯は、記述そのものの理解の仕方の変化、すなわち手を使う刻印行為から言葉を組み立てる技への変化と関係がある

    ★もともとモノとは、人々が集い、人々が問題を解決するために集う場を意味していた。あらゆるモノは、ラインが集ったものである。

    紙の上にあるものとして見つめられ、じっと動かず長時間の吟味に耐えれるものとして捉えられる時、言葉がすでに音声からまったく遊離したそんざいと意味を示す

    音それ自体に神経を集中する(その背後にある意味を探ろうとしない)

    彼が書くものは文学作品であるが、しかし作曲家は音楽作品を書くのでない

    詩人が話される言葉の響きを利用して意図を実現しようとするとき、その詩は言語よりも音楽に近いものとなる

    あくまで言語の構成物にとどまっている時は、音楽よりも言語に近いまま。このように詩的テキストは、記述物であり、楽譜である

    ★★音楽-構築された製作物としての作品という観念自体、十八世紀にあらわれた。それ以前は、音楽作品は、演奏に先立つ作曲においてではなく、その都度の演奏という行為において存在すると理解されていた。すべての演奏はあらかじめ記譜に示された子細な指示に従うべきという考えはなかった

    中世の書物は、制作されたものではなく、語るもの

    聖書の記述が語る声を聴き、そこから学ぶ

    文字の音

    ネウマは音楽それ自体をあらわすというよりも、演奏を補助する注釈

    ★刊行地図から人々の旅が消去されているのと同様に、印刷されたテキストからは、過去の声が消されている
    →もともと「本」は、無数の人の「場所」が更新される「過点」であったのに

    ★表面は、今やそこを通って進む領域のようなものから、それを眺めるスクリーンになった

    ★何よりも徒歩旅行を行うことで、人間は世界に住む。
    すでにある風景や、歴史の最中である「場所」に、自分を織り込んでいくということ、自分を発見したり、運ばれていくという事

    徒歩旅行者は、世界を貫く運動の道。

    ★★進みながら知る

    ★物語りを語ることは、語りの中で過去の出来事を関係づけて語ることであり、他者が過去の生のさまざまな糸を何度も手さぐりながら自分自身の生の糸を紡ぎ出そうとするときに従う、世界を貫く一本の小道を辿りなおす事。

    ★★物語りは、道である。それは辿られるべき道筋という意味であり、それに沿うことで人は生き詰まる事もなく語り続ける

    読書を徒歩旅行に、ページの表明を人が住む風景に繰り返しなぞらえた

    ★ストーリーテラーが話題から話題へ、旅人が場所から場所へと進むように、読者は言葉から言葉へと進みながら、ページの世界にすんでいた



    場所をなづけることは、それらの場所がそれに沿っている道の旅を語りか歌によって記憶すること

    持続する流れの中での休符点。ひとつの場所から別の場所へ向う道の途中で一息つくために立ちどまる

    ★運動の道筋に沿った休止の地点であった場所
    →これを「記述」するのが、制作ということかな

    現在は、それらが今いる場所やそこにたどりついた経路とはまったく関係がない

    自分の時間を、それらの場所のあいだではなく、それらのなかで使いたいと考える現代の人

    書家が書こうとしたのは、事物のかたちや輪郭ではなく、世界のリズムや運動を再生すること

    ラインは、生命のように終わりのないもの、重要なのは終着点ではない、面白いことはすべて、道の途中で起きる

    ★★成長あるいは移動して生きる全ての生き物は、時間の中で、必ずなんらかの線=痕跡をひいている


    ★★インゴルドは、彼の発想を励ますものとして、数多くの人類学者、哲学者などの「線」を引き継ぎ、巧みに織り込んでいく


    きみだけがもつ数々の線の並びと、それぞれの線の延長を。その線が、きみのまったく知らない誰かの線とつながるとき、何かが始まる。

    特定のひな型、スタイル、理論への適合を強制することなく

    いつもの道をはずれて、外に出てみるといい。あるいは自分の習慣をよく見直して、それによって差してくる光のもとで、たとえば本の森を見直してみるといい。

    人は誰も自分一人で考える力はない。すべての思考は他の人がこれまでに試みた線を引き継ぐものだ。痕跡を見つけ、それをたどり、延長し、糸をみつけ、それを利用し、、、

    きみだけがもつ数々の線の並びと、それぞれの線の延長を。その線が、きみのまったく知らない誰かの線とつながるとき、何かが始まる。

    見つけた線を延長し、または捨てていい。そんな風にして自分の人生の線にほんとうに役立つ者を探し、また次の一歩を探ればいい。

  • 訳者自身があとあきで「要約できないし、要約すべきでない」と書いているが、線形(Liner)に喩えられるものをいろんな角度、視点の高さから捉えて語っているので、まとめようとしても「ラインズ(Lines)」としか言いようのない本だった。

    刺繍の糸、時間、散歩、旅、書道、絵画、建築等々……議論を積み上げて大きな命題を証明するというシロモノではなく、個別のディテールを言語化して編むということそのものに力点がある。

    文化人類学って、ざっくりそういうものなのか。

    売れ線の「一点突破の結論キャッチコピー」をタイトルに据えた啓発本とは対極に位置する本。一本筋は通っているが、対象はあっちこっちに飛ぶので読みにくいのは読みにくいけれど、読書体験としては豊かな感じがしないでもない。

    個人的には「樹形図またキタ!」って思った。あとは王羲之が雁の首をしなやかさに霊感を得て、筆の運びに取り入れたとか……あとはブルース・チャトウィンのソングラインとか。

    マスな社会的インパクトという視点を除けば、語るに足る対象や切り口は、いまだ溢れているなと再確認。

  • 推薦者 共通講座 准教授 春木 有亮 先生

    *図書館の所蔵状況はこちらから確認できます。
    http://opac.lib.kitami-it.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB50106295&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784865281019

  • 「線」という究極に包括的な概念を切り口に、人類の文化誌を探っていこうという試み。

    まずは、「歌うこと」、「語ること」から、それを記述する「表記法」までを取り上げて、人間が一つの歌や物語を語ることとそれを記述することが、歴史の中でどのようにして分化してきたのかを探っている。

    その中で見えてくるのは、記述自身の持つ多様な性質である。記述自身が作品として扱われる文学や絵画に対して、音楽やある種のテクスト(修道士にとってのネウマや能楽の奏者にとっての運指)は、その上を彷徨することのできるある種の風景であって、そこから物語を拾い上げ世界を紡ぎ出していくものであるといった差異である。

    人間が様々な物事を「表記」してきた中で、この差異は明示的に捉えられることは少なかったが、確かに存在していた。そして、その差異を掘り下げていくうちに、すべての記述は「ライン」によってなされており、そのラインは何らかの「表面」に記されているということ、そしてラインと表面の関係性のなかに多様な世界が広がっているという次のテーマに繋がっている。


    表記におけるラインと表面の関係の視点から様々なラインの形態を分類すると、「糸」、「軌跡」、「切れ目」など、さまざまなラインが存在する。

    人類学の真骨頂だが、筆者は世界各地の民族の事例を挙げながら、それらの様々なラインが、それが記される表面と相まって、歴史を物語ったり、迷路を形成して魔除けの力を発揮したりと、様々な役割をはたしていることを紹介している。


    一方、ラインは、「点と点をつなぐ」、「方向を指し示す」、「領域を示す」といった機能的な側面での性質も持っている。本書では、そのようなさまざまなラインの使われ方が人間の文化にどのような影響を与えたのかも分析している。

    その中で筆者は、「何かに沿って進んでいく」ラインとしての「徒歩旅行(wayfaring)」と、「何かを横断していく」連結器としてのラインである「輸送(transport)」の二つの様相に着目している。

    徒歩旅行は常に移動しており、その移動の過程である踏み跡(trail)自体が意味を成すのに対して、輸送は出発地と目的地が繋がれていて移動が完了すること自体が本質であり、その間のラインは路線(route)である。

    人類の文化史の観点からはこれら2種類の形態はどちらかが完全に先行するというものではなく、狩猟民族の中にも狩りの移動は徒歩旅行的な形態だがその獲物を保管地に運ぶ移動は輸送的な形態をとるといった共存が見られる。

    それは、現代の都市生活でも同様である。現代の都市生活では、移動自体に意味が持たせられることは少なく、目的地までのスピードが求められる。しかし、ある場所からある場所へ瞬間移動することが不可能であるのと同様に、移動の前後で我々が精神的に全く変化しないことは在りえない。つまり、すべての移動は何らかの徒歩移動の性格を含んでいる。都市空間が徒歩移動のための豊かな「表面」を提供していなかったとしても、我々はその都市空間を侵食し、様々な「踏み跡」をその上に残しながら生活をしている。


    徒歩旅行と輸送のように、「線描(drawing)」と「記述(writing)」もそれぞれが異なる性格をもちながら、我々の文化の中に共存している。

    線描が何らかの運動性を持っており作品性を持っているのに対して、記述は発話や身体動作といったものから徐々に離れて技術的な要素を強め、発話の音声を表記する必要性に基づいて行われるようになる。しかし書道のように線描と記述が絶妙なバランスをもって共存している場合も存在する。

    人間は図示によって音声や動きを描写するが、その線描は次第に簡易化され、図示の線状化が進んでいく。そのことにより元の動きや身体性は当然ながら失われていく。人間はその中心に線描による身体性を伴った表現を持ちながらそこから様々な記述法を発明しており、そのプロセスは「文字が針のように鋭く細いラインとなって繰り出す知のプロセス」へと進んでいった。

    しかし、こうしてより細く線状のラインが形成されるにしたがって、ラインそのものは元の描写が有していた有機的な関わりを失っていく。つまり、動きや流れを伴ったラインは非線状的なものとして表現され、それらを捨象したときに生まれる線状のラインは元々の動きや流れといったライン的なものを失っているという関係にある。


    これはラインの持つ大きな特徴であろう。例えば建築家がドローイングによって計画を描くにあたって、実際には直線である壁面を波打った線で描くとき、そこには壁面で区切られた領域ではない場所性が生まれる。建築家はそのような場所性を構成しながら建築の計画を練っていく。しかし、そのようなドローイングはCADの描く直線によって位置と形状を示す図面へと変換される。ただし、面白いのは、その図面はまた物質性を持った立体的な建物へと変換され、そこには身体性を持った空間が生まれ、人間が活動する。つまり、ラインは多面性を持っており、我々は生活や文化の中で可逆的にそれらの間を行き来している。

    本書も、人類学者である筆者の持つ幅広い視野と時間を自由に行き来する視点で様々なラインを辿りながらも、けっして直線的に結論にたどり着くことなく、ラインがもつ多面性を描き出している。

  • 楽譜に書かれた線と本に書かれた線(文字)との違いから始まり、線の定義、内側へ向かう記述と外側へ向かう記述、歩行者と海洋測量、技巧と芸術の分離、というような、線にまつわる著者の思想本。知を見つけては切り開き歩んでくという進化と、既にある知と知を結んでいくという学習との、根本にある違いはとても興味深い。
    全体的に、読み進める内に、序章や1章で著者の示した思想がおぼろげに分かってくる構成で、1度ではなかなか理解できなかった。

  • 【読前メモ】まずタイトルにぐっと心引かれる。「線」だなんて、そんな森羅万象あらゆるものを構成していてまた人類も太古の昔から当たり前のように扱ってきたモノで果たして文化を切り取ることができるのか。そしてそれはどんな切り口を見せてくれるのか。興味をそそられる。

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ラインズ 線の文化史の作品紹介

人類学とは、人間がこの世界で生きてゆくことの条件や可能性を問う学問である! マリノフスキーからレヴィ=ストロースへと連なる、未開の地を探索する旧来の人類学のイメージを塗り替え、世界的な注目を集める人類学者インゴルドの代表作、待望の邦訳!
文字の記述、音楽の棋譜、道路の往来、織物、樹形図、人生…
人間世界に遍在する〈線〉という意外な着眼から、まったく新鮮な世界が開ける。知的興奮に満ちた驚きの人類学!
管啓次郎解説・工藤晋訳(原著LINES a brief history, Routledge, 2007)

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