「ケータイ・ネット人間」の精神分析―少年も大人も引きこもりの時代

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著者 : 小此木啓吾
  • 飛鳥新社 (2000年12月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784870314467

「ケータイ・ネット人間」の精神分析―少年も大人も引きこもりの時代の感想・レビュー・書評

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  • 二者関係の二・〇に満たない関係性を「一・五」のかかわりと捉える。子どもと人形とのかかわりが一・五の代表例。「一・五」の関係の居心地よさに、そこに引きこもってしまうという。人との関係性が煩わしいとゲームなどの一・五の世界へ逃げ込む。要塞家族、ホテル家族など現代の家族を象徴するネーミングが登場。

  • 10年前からケータイゲームの恐れを忠告しているのにモバゲーやらグリーやらにどっぷり嵌まって金を搾り取られてヘラヘラしてるやつは一度家族に顔を見せろ。そして土下座しろ。

  • 10年前に書かれた本で、ケータイネットが普及したての話だが、今でも十分通用する。

    ネットに関するというよりも、引きこもりについて書かれていた。
    面白かったのは、一般的な引きこもりを外的引きこもり、普通に生活していても引きこもりの可能性があるのを内的引きこもりと区別して説明してる点。
    同調的引きこもり、冷たい優しさ、シゾイド心理は新たな発見であったので、読んだ甲斐があったと思う。

  • タイトルに惹かれた。
    引きこもりについて考えさせられた一作。

  •   非常に興味深い内容の多く詰まった1冊でした。
    引きこもりにしても「外的な引きこもり」の他に「内的な引きこもり」というのがあります。「内的引きこもり」は人にうまく順応し世の中と調子を合わせてやっていく滑らかな適応法。一見やさしいけれど、実はつめたく、人と表面上の関係しか結ぶことができません。摩擦や意見の衝突を最初からなくすよりも、それを解決していくことの方が重要だということを私たちは忘れている、もしくは知っていてもできなくなっているんじゃないでしょうか。「外的な引きこもり」のように目には見えないけれど、私自身もそうである「内的な引きこもり」の広がりを恐ろしく感じます。

      私たちは直接人と関わる機会をどんどんなくしています。
    それでもテレビなどの機械により退屈することなく過ごすことができます。機械相手というのは大変居心地がいい。なぜなら、テレビは消したい時に消せばいいし、飽きたらチャンネルだって替えられる。そこには人間的配慮が全くいりません。そういったものに慣れてくると、今度は人と関わるのがわずらわしくなったり、好ましくなくなります。結婚する人の年齢が上がっていることや、生涯シングルでいる人が増えていることは、こういった要因もある、という見方もあるんですね。なるほどと思うのと同時にやはり怖くなります。未来が不安。

      他にもやりたいことがわからないまま、親元に依存しながら過ごす「終りのないモラトリアム症候群」やヴァーチャルな世界が現実に感じ、もとの現実が空虚に感じるという「現実感の逆転」などについて実例を含め詳しくわかりやすく書かれています。読むことで危機感を覚えることのできる本です。ホラーじゃないけど、怖いです。

  • インターネット上のバーチャルな人間関係。
    一見、周囲とうまくやっているように見えるけれど、他人にひたすら同調することで深いかかわりを持てない「ひきこもり」="シゾイド人間”。
    …一者でも二者でもない、様々なかたちの、「一・五」の他人とのかかわり。

    自分と他人との付き合い方(ネット上でも現実でも)について、人間関係について見直すことができました。

  • 何か自分の話をされているように感じて,
    心が痛かった。

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「ケータイ・ネット人間」の精神分析―少年も大人も引きこもりの時代の作品紹介

インターネットという仮想現実の世界だけに許されていたはずの衝動を、そのまま外の現実の世界で発揮してしまったところに、高速バスジャック事件をはじめとする一連の不可解な少年犯罪のおそろしさがある。しかし、この心的状況は必ずしも少年だけに限らない。いまや私たち大人すべてが、この少年と同じように「ケータイ・ネット」に依存しながら毎日を送る時代が始まっている。少年たちの事件が私たち大人に衝撃を与えるのは、実はそれが大人たちの心の闇を露呈させているメッセージであるからにほかならない-。

「ケータイ・ネット人間」の精神分析―少年も大人も引きこもりの時代はこんな本です

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