妻と僕―寓話と化す我らの死

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著者 : 西部邁
  • 飛鳥新社 (2008年7月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784870318519

妻と僕―寓話と化す我らの死の感想・レビュー・書評

  • 夫婦という具体的なものと、思想という抽象的なものを適宜往復して語られている。前著『寓喩としての人生』の夫婦版、と言える(ちなみに副題は「寓話と化す我らの死」)。本を書く人が皆こういう本を書いてくれると、著者や著作の信頼性を判断するための格好の材料になるのだが・・・。どちらかといえば熱心な方の読者のつもりなので、初めて公言された内容にはドキッとした。

  • 西部邁、ニシベススムさんの「妻と僕」……一種の懺悔録と言えばいいのでしょうか? あの「朝まで生TV」の西部さんが実生活ではどうなのか、同級生の奥さんとの記録となります。

    奥さんMは大腸ガンで入院します。時すでに手遅れ、医師はそういう意味の事をいう訳です。「余計な心配はしないように」西部さんは奥さんにそう囁くのですがカッコいいのは、そこまで。

    自宅に一人で帰る力もなく酒場で飲む。二日酔いで翌日、病室に向う……てんでダラシナイ。病室では同室のクッチャベリ老婆が騒がしく話しこんでおり、そう書いてあります。

    Mは苦しんでいる。西部さんは酒と博打、若い時には薬や何やかやの心得まであった。あの偉そうな口調は「生TV」だけで、老婆に黙れとも言えないらしい。止めを医師にお願いする場面はあります。

    手遅れはともかく悪いのは判っていて、そんな病室しか手配できないのか? 私なら……いちいちは書きませんが病人として、それなり手を打った体験があります。

    医師の手際が悪い、それで病院を替わりました。別な場面では医師にはったりかませ、また別な場面では師長をやりこめました。やり過ぎない程度に事後は低姿勢に……病人は病院にヤラレルと命に関わります。

    看護師や他の患者に、西部さんは顔を知られている描写もありますが、世間知らずとも書かれるが対処が不味い。いかにも不味い。そう読むべきでしょう。それともクッチャベリが応えるのは西部さんで、Mさんは女性だから応えてないのでは……

    そういう読み方もあるのですが、まあ病人には部屋の雰囲気が応える事も多い。Mさんは生まれた時から虚弱体質だそうです。持病の腸ねん転をこじらしてのガン。

    ヨーグルトかなんかで命を永らえる事は出来なかったか? よくしたもので西部さんよりKさんに同情します。なぜなら西部さんはこの期に及んで、哲学用語を使います。

    二日酔いで哲学用語を使われても、それはギャグとしか聞こえません。笑ってしまう。笑いまで計算ずくで書かれるのか、ないのか。首を傾げるのは手術だけを受け、抗癌治療は辛いので止めたい。そういう主張オーダーです。

    2つは同じ物で、ガンは切り取ればいい物ではなく、合わせて抗癌剤を入れる対処になります。Mさんも医師の娘というのに、そこに理解が行っていないのか?

    80才前後で人は死ぬ。大雑把にはどの道、覚悟が必要で、奥さんと一緒に西部さんも覚悟を決める光景になります。
    トランジスタの森田童子、二人ぼっちは一人ぼっちに似ている。

    花を買い来て花を愛でるか、ふたりしてウォークマンのシューベルトでも聞くか? あるいはMさんの好きな本を朗読するとか? もう食べられない時もチョコレートは匂い、風はさすらいの彼方へと心誘うでしょうに、西部さんの野暮。

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妻と僕―寓話と化す我らの死に関連する談話室の質問

妻と僕―寓話と化す我らの死の作品紹介

重症のガンに冒され、死の淵に立つ妻!-生と死の深淵を見据えつつ、女とは、男とは、夫婦とは、人生とは何か、名誉とは、孤独とは、祖国とは何かを根源から思索する、自死の予感をも孕む、感動的作品。

妻と僕―寓話と化す我らの死はこんな本です

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