時の終わりへ メシアンカルテットの物語 (叢書・20世紀の芸術と文学)

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制作 : 藤田 優里子 
  • アルファベータ (2008年2月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784871985536

時の終わりへ メシアンカルテットの物語 (叢書・20世紀の芸術と文学)の感想・レビュー・書評

  •  学生時代、メシアンの《時の終わりのための四重奏曲》の〈間奏曲〉の旋律を口三味線で歌えるのが自慢だった。酔っぱらってメシアンを歌う大学生。バカである。
     《時の終わりのための四重奏曲》はレコード業界では従来から《世の終わりのための四重奏曲》と訳されて、それで人口に膾炙しているが、このタイトルは聖書の黙示録からとられており、時が終わって永遠が訪れるという一節からとられているから、「時の終わり」でなければならないのだ。本書の訳者は《時の終わりへの四重奏曲》と訳しているが。

     さてこの四重奏曲はメシアンの作品中で《トゥーランガリーラ交響曲》とともに有名なものだが、格別、その作曲状況で有名なのである。つまり、第二次大戦中、ドイツ軍の捕虜収容所で、クラリネット、ヴァイオリン、チェロの各奏者と出会い、そこにメシアンのピアノを加えた奇妙な編成の四重奏曲が作曲され、ナチス将校と捕虜たちを聴衆として初演されたという話である。ちょっと20世紀の音楽に関心があればみんな知っているようなエピソードだ。
     ところがこの逸話、すなわち《時の終わり…》成立史についてのきちんとした研究がないのだそうだ。そこで本書の著者リシンが乗り出した。彼女はアメリカの音大で教えるクラリネット奏者。当時の生き残りたちに取材して、初演の観客が何千人とか、チェロの弦が3本しかなかったといった「神話」のうそを正していく。その姿勢はジャーナリスティックなものではなく、ごく真っ当な歴史家のものだ。その意味では地味で面白みのない本のようだが、そんなことはない。

     興味深いことのひとつは、フランスを手なずけて、国際的にも捕虜を人道的に扱っていると宣伝したいナチスの捕虜収容所の状況。東欧の捕虜と比べて優遇されるフランス兵。とりわけ芸術家には収容所の劣悪な環境下で許される範囲での優遇措置がなされる。とはいえ、ナチス側も芸術に理解ある所長や、弁護士の将校がいたからこそ、メシアンへの援助がなされたのだ。
     それから、4人の主役級登場人物の群像がまた興味深い。チェロがパスキエ・トリオのエティエンヌ・パスキエだったというのは知っていたが、クラリネットとヴァイオリン奏者の知名度は低い。パスキエはメシアンとともに《時の終わり…》初演後、程なく釈放され、名演奏家としての生涯を送るが、他の2人の釈放は遅れる。ヴァイオリン奏者のジャン・ル・ブーレールはあたら無為に費やされる捕虜生活の中で、キャリアが遅滞してしまったことに絶望し、職業を代えてしまう。
     クラリネット奏者のアンリ・アコカはユダヤ人、果敢で行動的な性格で、クラリネットを抱えたまま収容所を脱走し、ドイツ占領下のパリを逃れて、自由地域のマルセイユに行き、マルセイユ占領後は偽名を使ってパリでオーケストラ団員として活動する。アコカの冒険は本書の中でもっとも活動的なもので、著者もアコカの人となりに惚れてしまったかのようだ。この直截で行動的なアコカに対して、メシアンの人となりは謎めいている。カトリック信仰の中に引きこもって、一人だけ別の世界を見ているかのようだ。

     翻訳は読みやすいが、イギリスの作曲家ジョージ・ベンジャミンがジョルジュ・ベンジャマンなどと中途半端なフランス語読みになっていたりするところは勉強不足。

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時の終わりへ メシアンカルテットの物語 (叢書・20世紀の芸術と文学)の作品紹介

20世紀のフランスを代表する作曲家メシアンの伝記は多く著されている。しかし、代表作「時の終わりへの四重奏曲」について書かれていたとしても、それは作曲法の歴史的考察でしかなく、さらなる理論的分析への序章にすぎない。四重奏曲の歴史に触れている著者の多くが二次的資料か作曲家自身の言葉を引用している。他の三人の演奏家やその家族への取材、歴史的初演についての証言、初演がおこなわれた第八A捕虜収容所に関する資料を検証したものは、ほとんど見られない。本書によって、「時の終わりへの四重奏曲」誕生の歴史は初めて記される。捕虜収容所での生活を描き、この作曲家とドイツ当局や仲間の音楽家たちとの関係、メシアンが語りたがらなかった収容所での体験などを調べた。初演を前後して、メシアンたちは幸運をつかんだが、それはこの四重奏曲の歴史のなかでもっとも興味をひかれるであろう。

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