愛がなくても喰ってゆけます。

  • 太田出版 (2005年4月16日発売)
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (152ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784872339369

感想・レビュー・書評

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  • 食が好きな作家の食レポです。

  • S原「俺はこういう時に自由でいるために今まで何も持たないで来たんだ!!」

  • 仕事でも、仕事じゃなくても を読む過程で寄り道。

    以前購入して読んだ時は、ふーん、で終わったのですが、よしなが先生の作品をいろいろ読んでいる今は、なるほど!と思うことがたくさんありました。
    お店以外の部分は、実在の人物(作者含め)やエピソードをモデルにしたフィクション…おもしろかったです。

    「仕事でも〜」を読んでいたら、この「愛がなくても〜」の中で、作者自身がイヤだなあと感じたエピソードを自分を加害者の立場にして作ってみた話がある、ようなことを話されていて、作家さんたちはすごいなー、とあらためて思ったのでした。

    ☆3つでは低いのですが、4つにするにはややギャグテイストが強いので、好き嫌いは分かれそう。☆3.8くらいですかね。また、中央線沿いに住んでいないと行きにくいレストランガイドかな…

    でも、おいしいものが好きなら、ちょっとだけでも読んでみては…と思います。




  • 2022.10.23市立図書館
    「YながFみ31歳を主人公とした、フィクションともノンフィクションとも付かないグルメエッセイ」(ウィキペディア)。同居するアシスタントS原氏(大学のサークルの後輩)を軸に友人知人といろんな理由で会食する形で、おすまいの杉並区を中心に15店。お店は実在だけれどすべてフィクションと断り書きがあるが、YながFみの性格付けなどどのへんまで事実ベースなのかは虚実皮膜。(「仕事でも、仕事じゃなくても」によると主人公の性格はほぼフィクションとのこと)
    お料理をひとくち食べては感動感激を言語化し共有し合える仲間(類友ともいえるし、Yながにすっかり感化されたという話もある)との幸せな会食シーンがたっぷりで、私自身はここまでこまやかなグルメではなく官能的な舌も執着もないので自分もとは思わないけど、とにかくしあわせそうでよい。「ちょっとダメな部分ももちつつ基本的にはいい男」をかくのがうまい。こういう実生活がベース(?)にあってのちに「きのう何食べた?」がうまれるわけだなあと納得。

    書籍化が2005年で情報としては20年近く前。読めば思わずおいしいものが食べたくなるけれど、変わりなく健在のお店はどれぐらいあるのかな…。

  • うーん、期待が大きすぎたかな

  • よしながふみの食べ物マンガ。グルメマンガ、というのはしっくりこない。

    とにかく、各話で料理を食べている人たちがホントに美味そうに食べている。だから食事シーンの台詞が何とも心地よい。だから「この店に行ってみたい」(と思う所も何軒かあるけれども)というより、「これ食べたいなぁ」と思う方が強い。「魚介のサラダバジリコ風味」(#1)「焼きあなごに塩」(#4)「うなぎの白焼き」(#10)「フォー」「バナナ揚げ」(#13)「ぼんちり」(#15)は、このマンガを読んでから店でオーダーしたり、自作したりしたなぁ…。

    あと、やはりYながさんの天然ぽいイジラレキャラも良いのと、前半~中盤の各話最終ページや最終コマがこの人らしくて好き。

  • #漫画 #愛がなくても喰ってゆけます #よしながふみ #コミック
    読んでみたいと思っていたところ、値下げしていたので購入。よしながふみ先生の初期の作品で、少しエッセイ風と思っていいのかしら? 美味しそうなお店がたくさん出てくるー

  • メシがうまそう

  • うまいメシの話。中央線・東横線を主に、実際の店が登場します。ブスに描かれている主人公のマンガ家「Yなが」は実は巨乳で、化粧映えするその外ヅラとのギャップが面白いし、同居人との関係、オトコの好み、その他取り巻く様々な人達コミで、何ともいえない味の作品に仕上がっています。こんなに美味しそうにメシ喰ってみたいね。

  • 「愛がなくても喰っていけます」よしながふみ。
    2005年に出たマンガ本です。
    どこかに連載していたもののようです。
    実に、オモシロかった。
    食べ歩き、お店紹介のエッセイ漫画、とでも呼ぶべきものでしょう。



    よしながふみさんは、以前に読書会で「愛すべき娘たち」を読んで、面白かったんです。
    自分の世代(1972生)からすると、かつて、岡崎京子さんや、内田春菊さん、西原恵理子さん、やまだないとさん、と言った漫画家さんたちが、
    実にヌーヴェルヴァーグ風の雰囲気で商業漫画の中に進出してきたことを鮮やかに覚えています。それに似ています。
    個人的には何と言っても、岡崎京子さんが最大にして最強だったんです。
    「テイク・イット・イージー」(1988)あたりを読んだのが、恐らくほぼリアルタイム、高校生だったと思います。
    そのときに、「おおっ、なんだか新しい。これは、普段の僕たちの体温とコトバで出来てるマンガだなあ」と感じたことを覚えています。

    よしながふみさんもそうですが、みんなきっと既存のマンガが好きなんだろうなあ、という上手さがあります。
    そして、これまでの名作に十分にリスペクトを払った上で、「それをマネしてもしょうがない」という決意や野心に溢れている精神があります。
    そのあたりが、どうでもいいのですが、1960年代にフランスを中心に発生した映画のヌーヴェルバーグを彷彿とさせます。
    (そしてそれは、黄金期のハリウッド映画に対峙して、「同じことをやっても仕方がない」という大いなる決意を抱いていた小津安二郎の映画も思いださせます)

    …というのは、全て、自己満足な思い出し語りなんですが。
    恐らく、かつての僕たちのように、今の10代~30代の方たちの多くが、よしながふみさんのマンガに「しっくりくる。これまでになかった」という好感を持っているんだろうなあ、と思います。

    (と、言う風に時系列と流れの中での位置づけがまず見えてしまうことが、歳をとった、ということなのかも知れないなあ、とふっと思いました)



    エッセイ漫画風、外食レポート風、なんですが。
    でも実はストーリーマンガです。

    主人公は、よしながふみさん自身をかなり投影している(少なくとも、そう思われることを計算に入れている)30代らしい女性漫画家。
    それなりに売れていて、アシスタントを数名使っています。
    もうひとりの主人公は、そのアシスタントのひとりの、若い男性。

    このふたりが、ひょんなことから(アシスタント君が家を無くした?)同棲しているんです。

    で、ここまではともかくここからが、21世紀だなあ、と思うのは。

    30代の女性漫画家と、20代の男性アシスタントが同棲しているんだけど、タイトル通り「愛はない」訳です。
    でもこれが実はひねってあるのは。
    恐らく厳密に言うと「愛」はある。と、僕は思いました。

    「あなたたち(20世紀的なオトナの考え方、自民党的な価値観)にとっての「愛」っていうのはいらないし、そんなものは無い」

    という感じです。

    ぢゃあ、だからと言って、60年代~70年代のサヨク的若者のように、あくまで既存の価値観や既成概念に対しての、「反権威という権威」を思わせるヒステリックな反抗精神なのか?というと、当然違います。

    もっとしなやかで、もっと個人的で、パーソナルで。
    わかりあえて、オープンに共有できるという夢想がはじめから存在しない。
    つまり、今書いて思いましたけれど、物凄く「村上春樹的」です。と、僕は思いました。果たしてそれが他人に納得性があるのかかなり疑問ですが。

    解釈はともあれ。

    女性漫画家と男性アシスタントは、それなりに多忙な日常を送りながら、同棲しています。
    いちゃいちゃしたり、ラブラブしたり、Hしたり、ということは全くありません(描写としては)。
    (ただ、「そういうことが、全く二人の関係の間に、過去にも存在しない」、ということも言及されません)
    ただ普通に声をかけあったり、ちょっといたわったり、愚痴を言ったり、愚痴を聴いたりします。
    お互いにいろいろあっても、物凄く背筋の通った、相手との距離感やモラルを保っています。

    見た目、社会的な立場でいうと、ふたりともすごく異端であり、はぐれものであり、「若いうちにだけできる冒険中」というポジションなのですが、
    ところが実は相手との距離感の取り方や、優しさの持ち方で言うと、実にまっとうで、素敵なカップルにも見えます。

    そして、そんな二人の共通項は、「美味しいものを食べるのが好き」。

    という訳で、何かにつけて美味しい外食をします。

    ただそれも、数万円が当然かかる、というお店は滅多に無くて。
    数千円で食べれるというものが多いです。



    そして、そういう外食レポートを織り込みながら、物語漫画としては。

    「このふたりはどうなるんだろう」

    という興味がありながら。それは実は上っ面に過ぎなくて。

    「このふたりは、世の中とどうやって折り合いをつけていくんだろう」

    ということなんぢゃないか、と思いました。



    そして当然、作者としては、「そんなふたりがだんだんと異性として意識して」という、あだち充風の予定調和なエンターテイメントを綴る気は一切ない訳です。
    「そういう物語だったら、私ではない誰かが書けばいい」という実に強靭な精神を感じます。そのあたり、ふっと思いましたが津村記久子さんを思わせます。

    閑話休題それはさておき。

    ふたりはそれぞれに、理想の異性を探しつつ。理想の自分を探しつつ。
    そんなことで日常の情緒を乱すほどの子どもでもないのだけど、たまに世間に、世界に、周りの人たちに傷ついたり傷つけたりしながら。
    結局は同棲は解消されるけれどアシスタントは続くという、実に消化不良でスバラシイ流れの中で、マンガは終わります。



    そして、紹介される外食の数々が美味しそうです。
    どれも、いわゆる東京首都圏のお店ばかり。
    ちょっと高いなあというお店もあるけれど、年に1度でも、愉しみに連れ合いと訪れてみたいなあ、と思うことしきり。



    愛ってなんだろう。まともなおとなってなんだろう。
    どうすればいいんだろう。何が正しいんだろう。
    誰かが大きな声で、偉そうに語る価値観やルールに従っても、そんなことで幸せになれないことだけははっきりしている。
    でも、制度に反攻する、という物語が所詮は実に制度的であることも見えていて。
    芸術もロックンロールもセックスも、それで快感はあっても安らぎはない。
    お金は信じられる、のかも知れないけれど、下を見て、上と比べるときに、所詮は手段でしかなくて、目的を探す虚しさに変わりは無くて。

    と、なったときに。

    「美味しいものを食べる、明日も食べる、来月も食べる。誰かと、『美味しいね!』と、語り合いながら食べる」

    というのは、刹那にして永遠であり、浅はかにして豊饒であり。
    運命的な矛盾を包み込んで溶かしてくれる、ひょっとしたら唯一の手段なのかも知れませんね。

    グルメもの、料理モノ、美食もの。
    それが、「衣食足りてしまった」1980年代以降に実に鉄板なジャンルとして君臨する理由が、こんな変化球な漫画作品から感じられてしまいました。



    同じよしながふみさんの、「昨日なに食べた?」もたまに読んでいます。
    ゲイのカップルの日常物語を、手の込んだ手料理中心に描く、という。
    これも、かなりオモシロイです。

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著者プロフィール

東京都生まれ。代表作の『西洋骨董洋菓子店』は2002年、第26回(平成14年度)講談社漫画賞少女部門受賞。2006年、第5回(2005年度)センス・オブ・ジェンダー賞特別賞、第10回(平成18年度)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。ほかの作品に、『大奥』『フラワー・オブ・ライフ』『愛がなくても喰ってゆけます』『愛すべき娘たち』『こどもの体温』などがある。


「2022年 『きのう何食べた?(20)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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