はじめての現象学

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著者 : 竹田青嗣
  • 海鳥社 (1993年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784874150481

はじめての現象学の感想・レビュー・書評

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  • 『現象学入門』(NHKブックス)と同じく現象学の入門書ですが、『現象学入門』がある程度までフッサール自身の議論にそくして話が進められていたのに対して、本書は著者自身の立場がよりはっきりと打ち出されています。

    「主観-客観」問題は、デカルト以降の近代哲学の中心問題でありつづけてきました。しかし著者は、フッサールによってこの問題は大きく転換されることになったといいます。フッサールがめざしたのは、主観と客観との「一致」ではなく、「確信の成立の条件」を解明することでした。そのうえで著者は、フッサールによってもたらされたこうした問題の変更の意義を、次のように説明します。

    ひととひとのあいだで、あるいは文化と文化のあいだで認識の齟齬が生じたとき、われわれはことばやルールによって理解しあいながら共存しうる可能性の原理を問いなおすことになります。もしそのような可能性が存在しなければ、ひととひと、文化と文化とのあいだに共通了解は成立せず、ただ力による世界解釈の押しつけだけが存在することになってしまうからです。現象学における「本質直観」とは、われわれの知覚経験のなかに含まれている普遍的な意味をつかみ出して言葉にもたらすことを意味します。このばあい、本質直観によってつかみとられる意味は、客観のなかにはじめから含まれている「真理」ではありません。むしろわれわれが現実経験の「意味」をさぐることは、確信の「共通了解」をさぐることを意味しています。著者はこのような観点から、フッサールの現象学が人びとのあいだで共通了解を築いていくための方法論としての意義をもつことを指摘しています。

    われわれはさまざまな経験を通して、世界についての多くの確信を抱くようになります。その結果、人びとのあいだで「良い-悪い」「快-不快」といった感受性の違いが生じます。しかし人びとは、たがいいの感受性の違いを認めあうようになり、共通了解の新しいルールを形成していきます。著者は、このとき人は自己のエロス的な満足を追求することから、他者との関係の中で新しいエロスを追求することへと変わっていったのだと考えます。共通了解はこうした「関係のエロス」を味わおうとする人びとの努力のなかで形成されていくとされています。著者は、こうしたエロス的原理に基づいて、他者との関係性のなかでみずからの生を「よい」ものとして味わい感受することについての考察を展開しています。

  • 物語、神話は世界の成り立ちの説明の方法のひとつ。
    但し、その時代のその地域でしか有効でない。

    哲学、世界の成り立ちの説明方法の別のひとつ。
    いつの時代でも、どのこ地域でも有効な説明。
    ただ、必ず矛盾が生じる


    ・・・以下、挫折。興味を維持できませんでした。

  • 2008

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はじめての現象学の作品紹介

誰にでも理解・実践できるかたちで現象学を説き、人間の可能性を探求する思想として編み直す。さらには独自の「欲望‐エロス」論へ向けて大胆な展開を示した"竹田現象学"待望の著作。

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