池袋・母子 餓死日記―覚え書き(全文)

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著者 : 公人の友社
  • 公人の友社 (1996年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784875552451

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池袋・母子 餓死日記―覚え書き(全文)の感想・レビュー・書評

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  • ノンフィクションやルポルタージュを買うときは、小説と違い、事前にアレコレ調べることにしている。
    なぜなら、特に事件や事故のそれは、ともすれば人の命を奪った加害者が莫大な富を得る手段になることもあるからで、だから、

    『今年、東京都豊島区・池袋のアパートで77才の母親が41才の息子と共に餓死するという事件が起きた。その母が残した日記の全文を公刊し、正確な内容を提供する。』(MARCデータベースより)

    という本書の内容を知ったときもすぐに、「これは誰が利益を得る本なのだろう?」という疑問を抱いたのだが、故人の遺品である日記をどういう経緯で"公人の友社"なる出版社が公開するに至ったかは、いくら調べても全く判らなかった。
    豊島区が公開した日記を、故人に身寄りがないのがこれ幸いと出版社が勝手に本にしてはいないか?
    母子の窮状を知っていながら一切の援助をしなかった親族が、出版社に、日記もしくは出版の権利を金で売ってはいないか?
    そんな疑問は、残念ながらいくら調べても払拭できなかったので、まずは図書館で借りて読んでみた。


    病弱な夫に先立たれた後、寝たきりの息子を抱え、わずかな貯えと老齢年金とで暮らしていた大正8年生まれの老婆。
    生活保護の申請もせず、10年以上ほぼ寝たきりの息子は身障者手帳の交付を受けておらず、唯一の収入は老齢年金だが、その支給額が1ヶ月あたり約43,000円であるのに対し、家賃は1ヶ月85,000円。
    支給される年金で賄えない分、つまり、家賃の約半分と光熱費、電話料金、新聞代、そして食費は、貯蓄を切り崩して捻出していたことになる。

    老婆の両手は酷いひょう疽で、洗髪ができない。
    同じ理由で、どうやら煮炊きもできない。
    テレビもないし、毎月の電気料金から推量するに、おそらく冷蔵庫もない。
    社会の様子を知る術は新聞だけだが、かといって、窮状を知った行政がわざわざ尋ねてきても、「助けてもらえないだろう」という思い込みから接触を試みない。
    普通の暮らしがしたいだけなのに何故…と憂い、少し先のことを考えて不安になり、「早く死なせてください」と絶望を綴ったこの日記は、貯えが尽き、食べる物が尽きたところで終わっている。

    本書に収録されている日記は1993年12月から始まっているが、その時点ですでに老婆は、人とのコミュニケーションを極度に畏れているように思える。
    今なら、身寄りのない高齢者の暮らしを助ける団体がいくつもあるが、でも仮に、母子が亡くなった1996年当時にそれがあったとしても老婆がその存在を知る術はなかっただろうし、知ったところで何かの理由をつけて頑なに拒んだであろうことは想像に難くない。

    「食べ物を買うお金がなかったら餓死するしかない」というのは生活の本質なのだろうし、死者に鞭打つ気などさらさらないが、でも、高齢化が進むこの国で生きている限り、いつか来るその日に向けてすべきことは、憂うことでも嘆くことでも祈ることでも怒ることでもなく、社会の仕組みを知る努力をすることだと思う。

  • (特別編~ 新聞コラムは休載のため)

     1996年4月、東京豊島区池袋のアパートで、母親(77歳)と息子(41歳)が「餓死」状態で発見。
     その母の、3年間の日記です。
     夫は死亡、母は腰痛、息子も病にあったようです。
    年金生活で、家賃や電気代などの心配を書き綴りつつ、
    亡くなる年まで「新聞」だけは購読していました。

     札幌で、姉妹が同じような状態で没後発見された
    ニュースを、私たちは数年前に目にしています。

     ”飽食の時代”であり、行政には相談窓口もあります。
    にもかかわらず、胃袋に何もなく、亡くなる人々がいます。

     年末の話題にふさわしくないでしょうが、ここ数年、
    授業で学生たちとこの本の一部を読んでいます。
     公務員志望も多い学生たちが、何かを考えてくれるといいのですが――。

     みなさま、良いお年をお迎えください。
     

     

  • 1996年、池袋で餓死した77歳の女性が遺した日記。
    5年前に主人が病死、41歳の息子が居たようだが「子供は、うまれた時から邪魔を受け、二十年以上の病人生活で」とあるとおり、働くことはおろか、外出さえままならなかったらしい。
    二人の暮らしていたアパートの家賃は約八万程度、もらっていた国民年金は二ヶ月で八万五千円、明らかに支出が収入を上回っている。
    それにも関わらず、女性は引越や生活保護に頼る、といったことは考えなかったようだ。
    これは、調べる手立てが無かった、とか、生活保護に頼るには誇りが許さなかったというより、本日記を読めば分かるが、この女性は精神に何らかの病を抱えていたのだろうと推測される。
    だとすれば「役所に助けを求めたにも関わらず、生活保護の支給を拒否された」という問題とは別に、こうした精神的な疾患を抱える方への支援という問題を考えねばならない。
    本書は1996年の出版であるが、これは高齢化、孤独化の進む現在において、未だに解決されていない問題として、我々に残された課題であるように思う。

  • 平成6年に池袋で起こった餓死事件の当事者の日記。

    病身の息子と母の世帯で、母が綴った日記。全編貧しくて明日のご飯の心配をしているさまが綴られている。

    緩急も何もないが、客観的にみてちょっと工夫が出来たのではないかなと思わせるところもある。新聞…食べ物に困っても取るべきものなのでしょうか?
    最後の日付は食べ物がなくなったという記述で終わっている。衝撃的。


    あと池袋に西口にゆかり深い人はでてくる場所がおぼろげにわかるのではないでしょうか。

  • 死んだ人の日記なぞ読むものではない。自分の老後が心配になり、不安になれる本であった。

  • タイトルをみれば一目瞭然だけれど、よんでもひたすら滅入るだけで、たのしいきもちにはなりようのない本だ。なのにときおり、おもいだしたようにぱらぱらとページをめくってしまうのは、そこにしるされているのがまぎれもなく悲鳴だからだろう。「公人の友社」という、きいたこともないような出版社名「刊行にあたって」と題された意図がわかりにくい前書き。そして「餓死の背景をあきらかにするという社会的意義のため」「豊島区情報公開条例」をもとに区が公表を決意した、とされる刊行の経緯。世に出るまでの背景がとにかくなぞだらけのこの本には、ある老婆が自分のためだけにしたためた純粋なおぼえ書きが掲載されている。1993年のクリスマス・イブに書きはじめられたそれは、おもに買い物と家賃や公共料金の支払い、簡単な日常の記録で、これが1996年 3月11日までつづく。メモとしては膨大な量だ。1冊ごとに通し番号がうたれたキャンパスノートに、それは律儀にも毎日つづられていたという。装丁はノートのページを写したもので、タイトルバックには彼女の肉筆も印刷されている。その筆跡はまるで引っ掻き傷のようだ。

    常に不安がまといつく困窮した生活、やがて確実にやってくる飢餓へのおそれ。あかるい未来など望むべくもない日々のなか、老婆がくりかえすのはただひとつ「息子と一緒に死なせてください」というねがいのみ。ありていにいうならばそれは絶望だ。そして、その果てには、追いつめられた者の奇妙な世界がひろがっている。それはわたしもあなたも、おそらくみたことのない風景だ。神なのかあるいは他界した夫か、だれにむけられているのか判然としない謝罪や感謝の言葉。6や4という数字がつく日にはよくないことがおこるといって図式化される、6が3つで無惨とか、4と14と24で散々(本人以外には理屈のわからない計算式を経た結果)とかの数秘術的なこじつけ。そして、神秘的な意味合いをもつかのごとく記述された単なる偶然(としかおもえない出来事)の数々。記録が途切れてから一ヶ月とおよそ二週間後の4月27日、豊島区池袋のJR駅にほど近い住宅密集地の古ぼけたアパートで、 77歳の母親と41歳の息子の遺体は発見された。母親は台所によこたわり、お腹のうえで手を組んだ姿、息子は布団の中で絶命していたそうだ。

    死因は母子ともに栄養欠乏症。死体は半ミイラ化していたらしい。死亡推定日時は4月4日。彼らは生活保護の申請をしておらず、母親の老齢年金だけで暮らしていた。額は10万円とか4万3千円とか諸説ある。ちなみに家賃は8万5千円。母子が駅から約15分のその場所へ、引っ越してきたのは11年前。当時は夫も一緒だったが、事件の4年前に彼はぜんそくで死んでしまう。以来、母子はふたりきりで日常を送っていたようだ。近所付き合いは少なく、夫や息子の存在は周囲に知られていなかった。息子は病気でほぼ寝たきり、家に籠っているほかないので当然といえば当然だ。国民健康保険はきちんと納めていたものの、病院に行った形跡はない。そういう状況ではなかったのだろう。公的補助に一切頼ろうとしなかった理由はわからないけれど、老婆なりの信念があったのかもしれない。

  • 偶然見つけた一冊。
    衝撃的なタイトル。

    内容は、タイトルどおり。
    平成8年春に餓死で発見された池袋の母子の「母」の覚え書き。

    本当に、唯の覚え書き。であるゆえ、まったく読み手を意識していない。面白くないし。。。
    ただ、この日記は現実に存在した事実である。

    体が不自由な母、寝たきりの子。
    精神的にも追い詰められ、肉体的にも限界をむかえたこの二人に自分が行政だったら何が出来たか。
    近所に住む人だったら何が出来たか。
    友人なら何が出来たか。

    これらすべての考えが無力化され、その意味すらかき消されてしまう。

    そんな気持ちになる本。

  • 延々と母親の日記です
    どんどん食べるものが無くなっていく様子は読んでいてとても悲しくなります
    何故母子は国に助けを求めなかったんですかね?

  • 第4章 池袋母子餓死日記  あるいは遺書という暗楽詩

  •  辛い。どーして都会の真ん中で母子は餓死しなくちゃいけなかったのだろうか。色々な問題点と解決策がこの本を読むことで明らかになればいいけど。自分はなんか。。無意味で非建設的であると知っていても、やっぱり感情的になってしまった。
     息子が先に事切れた後、彼の後を追うようにゆっくりと衰えてゆく老女を想像するだけで、胸が痛む。この餓死直前までの覚書、軽く受け止めることは出来ません。

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