大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこそ

  • 48人登録
  • 3.00評価
    • (0)
    • (4)
    • (5)
    • (4)
    • (0)
  • 5レビュー
著者 : 川口明子
  • 教育史料出版会 (2010年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784876525119

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
有川 浩
中島 京子
ウォルター・アイ...
朝井 リョウ
有川 浩
朝井 リョウ
柚木 麻子
恩田 陸
平松 洋子
有効な右矢印 無効な右矢印

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこその感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 筆者はアパートとは無関係であるが、この本は、アパートに住んだ女性数人を取り上げた1冊で、当時とても変わったアパートだというのが伺える。
    当時は最先端過ぎて奇抜に映ったのかも知れないが、アパート後期住人・戸川 昌子さんの生き方は、波乱万丈ながらも、惹きつけられるものを感じた。

    このアパートを退去後、元住人が中伊豆でシニアハウスを建てたという話も記されている。

  • 川口明子さんの「大塚女子アパートメント物語(2010.10)を読書中に、同館にお母さんと住まれてた戸川昌子さんが昨26日85歳でお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。1930(S5)開館、レストランや水洗トイレ完備のおしゃれなアパート、モダンガール(エリート・キャリア・ウーマン)たちのシングルライフの館! 戸川昌子さんは1948(S23)入居~1962(S37)江戸川乱歩賞受賞の年に退去だそうです。平塚らいてう、原節子、オノ・ヨーコさん達も過ごされたとか。2003(H15)取り壊されたそうです

  • 茗荷谷の駅前(旧教育大の入り口)にあった大塚女子アパートメント。入ったことはなかったが、なんとなく厳めしい印象を持った建物として記憶に残っている。この本はそこで過ごした数人の有名な女性を取り上げて、建物の歴史と昭和5年から40年代までの社会情勢を紹介している。
    初めて知ったことの一つに、谷崎潤一郎の2番目の妻となった古川丁未子(とみこ)がここに住んでいたことがある。丁未子の話しの序でに、谷崎が佐藤春夫に最初の妻千代子を渡した有名な「妻譲渡事件」なども少しく紹介されているが、この建物とは関係がなく、中身も中途半端。
    ここを舞台にした『大いなる幻影』で江戸川乱歩賞を受賞した戸川昌子にも直接インタビューしているのに、聞き出し方は物足りない。
    とはいいながら、著者が同い年で、大学の先輩にもあたるので、浮き世の義理で甘い評価を差し上げることにした。

  • 大塚女子アパートは実家の近くにあり、母の先輩である国語教師のKさんが住んでいた。幼少時に何度かお邪魔したことがあり、大人になったら、ここに住みたいと思っていた。すでに取り壊されてしまったアパートだが、歴史の証人でもあり、活用方法はいくらでもあったと思う。当初は同潤会の建物であったこのアパートが、なぜ表参道の同潤会アパートのように保存対象にならなかったのか。その理由を知りたくて読んだが、結局「お役所都合」ということらしい。その点では「やっぱり&なあんだ」であったが、Kさんから遠い日に聞いた話が確認できたことや、著名な住人たちがいたことなど、知らない情報も多く、全体として楽しめた。

  • もらったので読んでみる。同潤会の大塚女子アパートメントハウスが取り壊しになる!というので駆けつけたときには、もう解体工事が始まっていて、その外観を写真におさめることもかなわなかった著者が、「オールドミスの館」とよばれたこともあるというこのアパートの設立経緯や、ちょっと有名なかつての住人(たとえば古川丁未子、小野アンナ、戸川昌子、駒尺喜美)を数人と、その他入居していた人の声を古い雑誌などから拾って調べて書いた本。

    アパート、という語感から、私はなんとなく、そういうちょっと有名な人も含むわりと小さな規模の集合住宅(せいぜい10戸か20戸ぐらい)を勝手にイメージして読んでいたが、よくよく読むと、このアパートは独身用居室が150室ほどもあり、店舗も5軒あるという、かなり大きなものなのだった。
    1930年、昭和でいえば5年に建ったこのアパートは、交通の便がよく、80人入れる食堂があり(居室には調理設備なし=食堂で食べるのが前提)、各階には水洗の共同トイレ、地下には住人用の共同浴室やシャワー室、応接室やサンルームなどもあり、家賃もかなりお高い物件で、当時の、それなりに高給のとれる職業婦人(教師、タイピスト、銀行会社員、記者・著述家など)が入ったものらしい。

    入居申込みの倍率は20倍にもなったそうで(150室ほどあるアパートだから、3000人以上が申し込んだということか)、「仕事をもった女性にとって憧れの住まい」だったと著者は書いている。今やったら、どんな感じか。あそこに住むのはオシャレ、カッコいい、ってことか。

    戦後はここは都営アパートとなり、「高給とりの独身職業婦人」が入る時代は終わり、「経済的に困っている人」のための公営住宅になる。駒尺喜美はその時代に、住人だった婦人民主クラブの人の部屋に居候でころがりこみ、その後、抽選であたって部屋を借りたらしい。

    著者は、女性が一人で家を構えて生活する、というスタイル、それが世帯のあり方の一つとして認知されたさきがけとなったのが、この大塚女子アパート「オールドミスの館」だったのではないかという。

    ▼…シングルの女の生活とは、あくまでも結婚する前の一時的な生活であったり、夫に死に別れたとか離婚したなどの想定外の事態の結果ととらえられていた。
     たとえ住宅を購入しようと考えても、そのための公的な融資も独身女性は受けられなかった.独身婦人連盟の働きかけにより、「40歳以上の単身者」も住宅金融公庫の融資が受けられるようになったのは、1981年度からである。
     日本の社会にとっては三世代同居とか核家族などが正しい「世帯」のカテゴリーであり、男性の場合も同じだろうが、シングルの女性の世帯というものは、「その他」扱いでしかなかったのだ。(pp.187-188)

    男子禁制だった「オールドミスの館」に向けられた世間の悪意について著者がコメントしているなかで、「私としては、人間も生物としての種の保存のために男と女が引き合うように遺伝子に情報が組み込まれているのだから、それを肯定的にとらえてもいいと思うのだが」(p.69)というところだけは、その著者の考えに、えー、どうなん、遺伝子ぃ?と思った。男と女が引き合う「正しい」生物と、「その他」の生物がいるんかいなー、遺伝子って言われてもなー。

全5件中 1 - 5件を表示

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこそを本棚に「読み終わった」で登録しているひと

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこその作品紹介

1930年、独身の職業婦人のために、日本で初めて建てられた「同潤会大塚女子アパートメントハウス」。ここは、元祖キャリアウーマンの城であり、「オールドミス」と揶揄されながら「個」の人生を生きた女性たちを守るシェルターでもあった。さまざまな女性がやってきて、さまざまな人生が交錯し、働く女性に新しいライフスタイルをもたらした大塚女子アパートメント、その73年の物語。

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこそはこんな本です

ツイートする