二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑

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  • 雲母書房 (1999年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (385ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784876720729

二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑の感想・レビュー・書評

  • ・さて、この風景は、晴れた日の昼間、望遠鏡のレンズ越しに“真昼の星”を見ているときの様子なのだが、人々はどうして、こんなにも“真昼の星”を見て心を揺り動かされるのだろうか。それはおそらく「昼間は太陽の光にはばまれて、弱い星の光は打ち消されてしまって見えないのだ」という常識にとらわれているからだとも言えるだろう。

    ・佐治: 私はよくこんなたとえを出すんです。森を調べたいという時に、二つの方法があると思うんです。その一本一本を徹底的に調べるやり方と、もう一つは木と木の間にあるものを見ていくという方法です。たしかに森を知るために木を一本ずつ調べていくことは大事なことですが、よく見ると、その木と木の間に落ち葉があって、虫がいてということで森がつくられているんですね。

    ・佐治: 「光だけではものを見ることはできなくて、影がなければ見ることはできない」と、ゲーテが書いているでしょう。相反する対極的なものがあって、初めて全体としてものが見えてくるということです。平たく言えば、善とは何かというと、悪があって善があるというように、対極的なものを一緒に考えないと見えてこないんですね。ですから落ち葉を描いているときに、落ち葉があるゆえに落ち葉でないものが見えてくるというのは、きわめて物理学的な見方でもあるんです。私たちは、いつもそんな発想をしているから不思議でもないんですけどね。

    ・佐治: みなさんは「ボールをある一定方向に秒速何メートルで放つと何秒後にどこに着くか」ということを数式にあてはめて予見するのが物理だと思われているでしょうが、ただそれだけでなくて「感じる」という、すごく情緒的な部分があるんですよ。やっぱり最初に夢を見なくてはわからないでしょう。ガストン・バシュラールというフランスの科学哲学者が言いました。「すべてのものはまず知られる前に、夢見られる」とね。

    ・佐治: 物質の構造がどうなっているかは、いきなり見てもわかりません。しかし、ここに水があって墨汁を一滴垂らすと墨汁は広がって、だんだん溶けていきます。ということは、水も墨汁も小さい粒粒でできているかもしれないなあと夢見るわけです。「ああそうか、小さい粒粒でできているのかな」と夢見たところで、本当にそうなのかどうか調べていったら、原子でできているんだとわかるわけです。

    ・松岡: 近代における「自我」の確立や近代社会が確率されてく過程で、ニュートンの強直で力学的な世界像も同時に取り入れられたんだと思うんです。しかもその力学的法則性は、経済学の法則とかに全部応用されてしまって、距離は時間×速度で、速度は距離÷時間で求められるというような説明の仕方を始めてしまって以来のことだと思いますね。
    佐治: それではダメだよということは、直感的に子どもたちが見つけたりしている。最近、とても感動したんですが、三歳の子どもが「水道の蛇口さんは自分で自分を洗えないから、私が洗ってあげるの」と言うんですね。すごいでしょ。

    ・松岡: ぼくはいつも思うんですが、部分を足せば、それで全体になるわけではない。実は部分と全体の関係はけっこう複雑である。たとえば30センチと1メートルの物差しでは、たしかに1メートルのほうが大きいようですが、「では、点の数を数えてごらん」と子どもたちに聞けば、「一緒!」とすぐ答えてくれるわけです。単に30センチとか1メートルとかのメジャーを持ち出せば、とりあえず1メートルのほうが長いけれど、でも、ぼくたちはそこに点を持ち出せるし、夢を持ち出せるし、記憶も恋も持ち出せるんですね。だから、部分が全体を構成する一部とは限らないということなんですよ。

    ・松岡: 『大般若経』のあれだけの情報量を千分の一ぐらいに縮約した玄奘の編集力もあったでしょうね。『大般若経』はだいた... 続きを読む

  • 尊敬する佐治晴夫先生と松岡正剛の対談本。どちらも好きな方なので、その二人が対談しているだけでも嬉しい本だが、やはり内容もとても面白かった!一つのテーマに対して科学、芸術、文化、歴史、宗教からの話しを交えなが、ロマンチックな意見を交換し合うお二人に本当に憧れを抱きました。
    知識の幅の広さも素晴らしいんですが、その解釈が本当に素晴らしいです。

  • 世の中で起きている事象をあれこれたとえ話とか引用を絡ませながら2人の「知の巨人」が対話していく形式。悪い意味でスノッブさが鼻につくし、引用が内輪受けだったりするのがキモチワルイ。「さすが先生はそう来ましたか」「いやいや先生こそご慧眼」みたいな。

  • 分類=対談集。99年1月。

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二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑の作品紹介

二十世紀が受信し忘れた量子力学の美しい物語を宇宙物理学者と編集工学者が詩的言語で読み解く『ナイーブ・フィジックス』への道標。

二十世紀の忘れもの―トワイライトの誘惑はこんな本です

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