ホテル・アイリス (幻冬舎文庫 お 2-1)

著者 :
  • 幻冬舎
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感想 : 174
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  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784877286200

感想・レビュー・書評

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  • 目の前に二種類の毒があるとするでしょ。
    1つは、甘くて綺麗な色ですぅ……と眠るように死ねる毒。もう1つは、苦くてけばけばしい色で喉を掻きむしながら死んでいく毒。
    今まで読んだ小川洋子さんの小説には、時々そんな毒を飲まされたような気持ちになるものがあった。『ホテル・アイリス』は、私にとって後の方の毒。久しぶりのこの感覚。『妊娠カレンダー』や『ダイヴィング・プール』『揚羽蝶が壊れる時』を読んだとき以来かもしれない。

    17歳の少女マリは、50近くも歳の離れた男の加虐的な愛に陶酔する。
    でもマリは、本当に男を愛していたのかな。
    ロシア語の翻訳家であった男との突然の幕切れを、マリは淡々と受け止める。
    だけど、男が「マリーという名の主人公が出てくる小説を翻訳したノート」には執着の様子を見せる。その小説には、マリーが元恋人の子どもを妊娠し、そのことを知った政略結婚の相手が、彼女を裸にし、髪をつかみ振り回し、冷たい湖へ突き落とし、堕胎用の薬を無理矢理飲ます……という場面がある。(恐ろしい……)でも翻訳家は、もがき苦しむマリーの姿にマリを重ね、すばらしいシーンだと彼女に伝える。
    そんなノートを欲するマリに、私は彼女が愛したのは男自身というよりも、快楽を教えてくれる男の声や指、身体を縛る紐。恍惚とした性愛の時間。更には、醜くければ醜いほうがいい男の肉体に仕えるみじめな自分だったのではと思った。

    かわいいマリと母に可愛がられ、その実、高校を辞めさせられ、ホテル・アイリスという鳥籠の中に閉じ込められ一生を終えるであろう自分。
    「あなたのかわいいマリは、人間の一番みにくい姿をさらしてきたの」と胸の中でつぶやくシーン。ある意味、母に対する裏切り行為をしたことで、少女が解放された清々しさを表現した一言ではないだろうか。

    肉の塊として愛されること。それが本当の自分を解放していく。ならば自分を容赦なくおとしめ愛してくれる男の行為はマリにとって離れられないもの。だからこそ、男が後半に登場する甥を愛おしく可愛がることに対して、マリは甥に嫉妬するのだ。
    男の発する命令の美しい響き。指の仕草。伏し目がちの視線。息遣い。それが自分だけのために向けられていること、それがマリにとって一番大事なことなのだろう。

    もうひとつ。マリの中では男が奥さんを殺したという噂が重大な意味を持っていたのではないか。この快感を教えてくれる男の指が関節が血管が、自分を生から死へと誘おうとする。生きていると思えるこの瞬間に死を強く意識すること。もしかしたら、それこそがものすごくエロティシズムなことなのかもしれない。

    • 地球っこさん
      nejidonさん、こんにちは。
      小川洋子さんの毒に久しぶりにあたりました(^_^;)
      読んでいいのかな私?って思いましたもの……笑
      nejidonさん、こんにちは。
      小川洋子さんの毒に久しぶりにあたりました(^_^;)
      読んでいいのかな私?って思いましたもの……笑
      2020/01/09
    • やまさん
      こんにちは
      いいね!有難う御座います。
      「おにぎりの本」のおにぎりのポイントを追記しました。
      見てください。
      やま
      こんにちは
      いいね!有難う御座います。
      「おにぎりの本」のおにぎりのポイントを追記しました。
      見てください。
      やま
      2020/01/12
    • 地球っこさん
      やまさん、遅くなりましたが
      今年もよろしくお願いします。
      おにぎりの件、了解しました。
      やまさん、遅くなりましたが
      今年もよろしくお願いします。
      おにぎりの件、了解しました。
      2020/01/12
  • 究極の愛なのか、狂気の愛なのか。
    小川洋子の新たな境地がここに始まる。
    私の個人的な意見としては、究極のマゾヒズムと、どこか日本っぽくない文章の甘美さ、官能小説の
    ような荒々しいエロスじゃなく、芸術に満ち溢れたエロス。すべてが詰まっています。
    映画化されたみたいなので、ぜひ見に行きたいです。

  • ヨーロッパの方の映画みたいな感じだった。
    全体的に乾いて、影が多くて、黒い感じの画面。登場人物の心も皆、乾いている感じがする。
    小川洋子にしては、現実味がある世界なんだけど、やっぱりさらっと、俯瞰している感じがする。
    世界の片隅で、誰にも気にかけられない人たちのいとなみ。いそうもないけどいるかも知れない。絶対いないとは言い切れない。

  • 老人と少女のエロティシズム。
    純愛とも思えなかった・・・

  • 著者の作品において、固有名詞が使われることは決して多くない。かわりに彼らに与えられるのは「役割」だ。

    技師、兄、目医者、夫、執事。
    それぞれがそれぞれの欠落や余剰のまえで立ち尽くす様子を、筆者は丁寧に、低い温度で、しかしながら気持ちの良い手触りで描き出す。

    本書において、その法則は「翻訳家」というかたちで表在し、かつ、その法則を破るかたちで「マリ」が存在する。

    愛欲は文学会において常に付きまとう永遠の題材で(それはまるで双子の兄弟のようだ、文学と愛欲。)、本書も凡そそれに則った、歪みに惹かれる少女の図と見ることもできるだろう。

    しかし、読者がそれ以上に感じるのは、ひとがうまれながらにしてもつ欲望の清らかさと醜さだ。嫌悪感や恐怖から解放されたさきに、快楽があるのは世の通りである。

    少女が惹かれていく様を、「ああ待って、そんなに気持ちよく落ちていかないで」と思いつつ、ほんの少しの羨望を抱くのが、ひとつの読み方なのではないだろうか。

  • 盲目的で異質な純粋でありながらさらりとした質感。
    暑い夏の海に降注ぐ日差しが、淡い悲しみともほんの少しの寂しさともつかない感情を呼び起こす物だと初めて知った。
    ほの甘い秘密。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「さらりとした質感」
      小川洋子は結構好きなのですが、この話は未読。夏になったら読んでみようかな、、、
      「さらりとした質感」
      小川洋子は結構好きなのですが、この話は未読。夏になったら読んでみようかな、、、
      2012/04/12
  • 旅の行き道で読む。
    手先が器用、仕草と言葉が美しいこと。
    悲しいけど終わり方がいい。
    最後のほうの「何もかもがどうでもよかった〜」辺りの文章がすき。
    人には薦めにくいけど

  • しばらく小説も読めず、ログをつけていなかったけれど、たまたまカフェでゆっくりしようとなり選んだもの。
    小川洋子は耽美なものを書く人だと思っていたが、こちらはがっつり官能だった。老人と少女が身体的にも精神的にも主従関係を結ぶお話。ラストを思うと、少女の環境の抑圧が解放を求めて老人との関係になったのだろうけれど、それが官能的であったとしても少女との関係として悪であることも逃さず書くあたりが信用できる。
    それでも、2人は小川洋子がその他の作品でも拾い続けた「世間の人にとりこぼされたり、忌避される才能を抱えて生まれた人の生きづらさ」を表す人には違いない。

  • 不思議な文章。

  • 【かくも美しき密室の調べ】

    今私が一番読んでるのは誰かと言われば間違いなく小川洋子だ。彼女の言葉はいつも一定のリズムがあり、その音はどんなに醜くくても、澄んで美しい。

    世界にぐるぐるにされた時、ヒンヤリとしたあの密室で私も髪を切り落とされたい。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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