大河の一滴 (幻冬舎文庫)

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著者 : 五木寛之
  • 幻冬舎 (1999年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784877287047

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大河の一滴 (幻冬舎文庫)の感想・レビュー・書評

  • この本はずっと前から読もう読もうと思って、そのままズルズルと来てしまった本でした。今回の震災を受けて、できることなら被災した現地の方にぜひ読んでいただきたいものです。

    この本は前々から読もう読もうとは思っていたんですけれど、それがかなうことのないままに、今の今までズルズルと来てしまったので、今回この機会がすごくよかったものとして一気に読んでしまいました。あらすじの中にある
    「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」

    「傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」
    という言葉に僕は胸を打たれましてね。特に今、このご時世だからこそ、心に響くものがあると考えます。

    僕は元来ひねくれ者で、
    「そうだよなぁ、がんばれがんばれっていわれたって、何をどこまでガンバりゃいいのかね?」ということをずっと思いながらページをめくっていると「たゆまぬユーモアは頑健な体をしのぐ」と銘打たれた箇所が出てきましてね。その途中でナチス・ドイツがアウシュヴィッツでやった事が出てくるんですけれど、その中で生き延びたユダヤ人は毎日何かひとつ面白い話を作って、それをお互いに披露しあう。過酷な状況でよくそんなことを考えつくなぁ、と最初は驚いたのですが、
    「ユーモアというのは単に暇つぶしのことではなく、本当に人間が人間性を失いかけるような局面の中では人間の魂をささえていくく大事なものだ」
    という箇所がダイレクトに心に響いてきました。

    前に
    「アリサカくん。日頃マッチョイズムを振りかざしている人って、いざって言うときには案外脆いもんなんだよ。」
    という言葉を聴いたことがあって、そんなことを考えておりました。いま、テレビを見ていると、しきりにガンバレガンバレといっておりますが、そういう言葉に疲れ果てた人間こそがこういう本を読んで、明日という日を迎えてくれたら…。そんなことを切に願っています。

  • 「人生に対する無意識の甘えがあるような気がしないでもない.そもそも現実の人生は決して楽しいだけのものではない.明るく,健康で,幸せに暮らすことが市民の当然の権利にように思われている最近だが,それは間違っていると私は思う.」
    (p.13)

    この文章には心が惹かれました.

  • 筆者の人生観や死生感が、読みながらにしてまるで語りかけられているかのような感覚になった。
    いくつかの「キーワード」を中心に展開されていたが、言葉の大切さ、母国語を大切にするというのは、ここ10年以上最も失われたものの一つのような気がしてならない。標準語を磨く、方言を大切にすること、いろいろと考えさせられた。

  • 人は泣きながら生まれてくるのに、何で悲しみや苦痛などネガティブなものを否定するのか。0と1の二進法で計算されつくしたパソコン社会で、全ての物事はYESとNOで判断されてとにかくプラスなものを、成長を追い求めている現代。プラスがあれば対極のマイナスも存在する。しかし、どうもマイナスな面を無視しようとする風潮がある。人間の感情や状態は振り子のようにプラスとマイナスを往復しているのが自然な状態なのに、無理矢理自然の法則を無視してプラスの方にずっといられるように引っ張ろうとしてはやはりそこに無理が生じるのは当然。プラスとマイナスを寛容に受け止められる姿勢が凄く大切。そのイメージが自分の中で身にしみて分かるように五木 寛之がやさしく教えてくれる。仏教など難しそうな思想がでてくるが、すごく分かりやすく噛み砕いて教えてくれる。

    この本はブックオフで100円で売ってたのを購読した。値段に合わないほどコストパフォーマンスの高い内容だと思う。自分は読書で大切だと思うページをドッグイヤーつけるんだけど、大河の一滴はドッグイヤーをたくさんつけた。

  • 1998.7.25 ~ 27 読了

  • なんかこう人が達観した考えに行き着いていくのはこういうことかと。

  • 人はみな,大河の一滴にすぎない.読了後,この言葉がずっしりと意味を持つ.
    マイナス思考に基づくプラス思考とでも言うべき思想は,現代で生きる上で少し心を軽くしてくれる.

    戦時中は本当に辛かったが,その時代には確かに「自分が生きていた」という実感があったというのが興味深い.
    確かに私も,戦争とまではいかないが,辛い時の方が生きてる実感があり,平和になるとまた辛さを求めてしまうように思う.
    これは本当に恐い.現代社会で言ったら,炎上プロジェクトとか過労死とかも本質的には同じこと.
    辛いんだけど一方で充実している側面もあり,でも気づかぬ内に限界を超えてしまう.何事もバランスが大事ということだろう.

  • 深い言葉だった。心が落ち着く。

  • 【生き方】大河の一滴/五木寛之/20160928/(123/549) <328/56402>
    ◆きっかけ
    ・人事諸々で疲弊しているときに、ヒントになるかと思い、学生時代にブルーだったといに読んだ本を思い出して再読。

    ◆感想
    ・うわべだけの強引なプラス思考は弊害、やはり時間が解決してくれる部分は大きい。それが人生の知恵。
    ・そうではなく、マイナス思考から始める、そして、一途の光を見出し、それに感謝する(干天の慈雨)、という発想。しかし、マイナス思考が底なし沼にならなければいいがとも心配する。人は重き荷を背負いて道をゆくがごとし、だとあまりに悲観的すぎないか。
    ・人は皆、大河の一滴、は、広大な宇宙空間を思い、今の自分を見て、ちっぽけと、大したことない、という発想に似ているが、そこに輪廻的発想もある点で仏教色も強い。
    ・以上、こういう考えた方もあるな、という点では参考になったが、先般読んだ、フォーカスやマインドフルネス的発想のほうが当方にはなじむかなと。

    ◆引用
    ・物事をプラス思考に、さっと切り替えることのできる器用な人間はかりならいいが、実際にはなかなかうまくいかない。そんなとき、ふっ-と体から力が抜けていくような、なんともいえな感覚を味わう。昔の人はそれを、こころ萎えたり、といった。ぐったりと虚脱した状態。
    ・そんなときは、いろいろな方法でそこから抜け出そうと試みたものだ。また、たいていの場合うまくいかなかった。結局は時間が解決してくれるのを待つしかないのだ。それが人生の知恵というものだろう。それはわかっている、わかっているのだが、その重苦しい時間の経過をじっと待つあいだが、なんともやりきれないのである。
    ・人生は苦しみと絶望の連続である。人生に対する無意識な甘えがあるのではないか。そもそも現実の人生は決して楽しいだけのものではない。人間の一生とは本来、苦しみの連続なのではあるまいか。昔の人は、人生とは重い荷物を背負って遠い道のりを歩いていくようなものだ、と言っていた。
    ・まず、これまでの人生観を根底からひっくり返し、人が生きるということは苦しみの連続なのだ、と覚悟するところから出直す必要があるのではあるまいか。その真っ暗闇の虚空に、もし一条の光がさしこむのが見え、暖かな風が肌に触れるのを感じたとしたなら、それはすばらしい体験である。まさに奇跡のような幸運であると思いたい。
    ・干天の慈雨。乾ききった大地だがらこそ降りそそぐ一滴の雨水が甘露と感じられるのだ。暗黒だからこそ、一点の遠い灯に心が震えるのである。
    ・何も期待していないときこそ、思いがけず他人から注がれる優しさや、小さな思いやりが、干天の慈雨として感じられるのだ。そこにおのずとわきあがってくる感情こそ、本当の感謝というものだろう。
    ・人間はちっぽけな存在である、と考え直してみたい。空から降った雨水は木々の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れを作る。やがて渓流は川となり、平野に抜けて大河に合流する。その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の水の一滴が私たちの命だ。
    ・本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。そこに達するには、マイナス思考の極限まで降りていくことしか出発点はない。
    ・極楽とは、地獄というこの世の闇のなかにきらきらと光りながら漂う小さな泡のようなものかもしれない。人が死んだら往く最後の場所ではない。地獄は一定(いちじょう)と覚悟してしまえば、思いがけない明るい気持ちが生まれてくるときもあるはず。それまでのたうちまわっていた自分が、滑稽に子供っぽく思えてくる。
    ・存在するのは大河であり、私たちはそこをくだっていく一滴の水のようなもの。人は皆大河の一滴。

  • まあわたしもあなたも大河の一滴

  • 文庫版 著者あとがきより 以下引用。
    ----
    これまで私は自分の感じていることを、あまりストレートに言うことをしないできた。
    文章の語尾がいつも中途半端な疑問形で終わることが多かったのも、そのせいだろう。
    自分でもできるだけひかえめに、独り言のような口調で語ることを心がけてきた気配もある。
    たぶん、それは人間ひとりひとりがちがうように、ものの考えかたや感じたかたも異なってあたりまえだと考えているせいかもしれない。
    ----
    五木寛之さんの文章を読むのは初めてでした。
    どうもこの人の文体は取っ付きにくいなあと、この本を81ページまで読むのは苦痛でした。
    しかし、その辺りから気が付きました。
    五木さんの文体は、私の表現方法と似ているから、どうもしっくり受け入れられないのだと。
    それに気が付いてからは、数時間で読み終わりました。

    ただ、上記のあとがきに断っているように、この著書でもあんまりしっかり断定はしておらず、言いたいことをぼんやりと濁している雰囲気十分です。
    だからこそ、バブル崩壊から地下鉄サリン、阪神大震災後の時期に多くの人が、どこにそんな社会のゆらぎの要因を解説する言葉があるのだろうとこぞってこの本を手に取ったのかもしれません。

    まあ、2016年に刊行されていたら売れなかったでしょうが。

    とはいえ、松永伍一さんの解説にあるように、何度か読み解かないと、五木寛之さんが言いたかったことの真髄には辿り着けないのかもしれません。

  • 二十代のときに読んで以来、数年ぶりに再読。プラス思考ではなく「マイナス思考」の意義に気づかされる点で斬新な本。三十代となった今、「病気を忘れたとき病気が治った」という夫婦の話や、子育てに関する部分が特にためになりました。全体を通して、五木さんの温もりある言葉づかいが心地よく、深みのある本でした。

  • 生き方を変えないことは無理だし難しいかもしれないけれど、とても辛くなった時に一人になることを恐れないためにこの本があるような気がした。弱った心を癒してくれるようなそんな本に出逢えた気がする。一粒のしずくでも生きられる、漂いながらでも人と上手く歩めなくても生きていける、、そんなことを味わうことが出来る優しい本だと思う。

  • 五木寛之の1998年発表のベストセラー。1999年文庫化。
    書下ろしの「人はみな大河の一滴」のほか、『プレジデント』、『家の光』、『別冊サライ』に掲載されたエッセイと、NHKラジオ番組『ラジオ深夜便』での語りが収められている。
    五木氏は「人はみな大河の一滴」を著した背景を、自らが太平洋戦争終戦後「多くの心やさしい人たちの犠牲のうえに、強引に生きのびて母国へ帰ってきた」うしろめたさから、「自分の感じていることを、あまりストレートに言うことをしないできた」にもかかわらず、「最近の世の中の激しい変化と、信じられないような出来事のショックが私の気持ちを揺さぶって、思わずなにかを言わずにいられない気分にさせた」と語っているが、当時は、バブルがはじけて多くの大手金融機関が破綻(1997~98年)し、酒鬼薔薇聖斗事件(1997年)のような信じがたい犯罪も発生した、それまでの「拡大志向」、「プラス思考」の限界・矛盾が一気に噴出した時期である。
    そして、五木氏は胸に仕舞い込んでいた思いを語る。
    「現代の人間の存在そのものを悪と見て、そこから出発する生きかたもあるのではないか。その真暗闇の虚空に、もし一条の光がさしこむのが見え、暖かな風が肌に触れるのを感じたとしたなら、それは素晴らしい体験である。まさに奇跡のような幸運であると思いたい。まず、これまでの人生観を根底からひっくり返し、「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」と覚悟するところから出直す必要があるのではないか」
    「「人生はみな大河の一滴」 それは小さな一滴の水の粒にすぎないが、大きな水の流れをかたちづくる一滴であり、永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部なのだ・・・私たちはそれぞれの一生という水滴の旅を終えて、やがては海に還る。母なる海に抱かれてすべての他の水滴と溶けあい、やがて光と熱に包まれて蒸発し、空へのぼっていく。そして地上へ」等
    21世紀に入り十余年を経た現在においても、日本社会に限らず世界を覆う不透明感は晴れるどころかその度合いを増すばかりである。
    今の時代に著者の思いを改めて心に留めておきたい。
    (2011年7月了)

  • 何度も読み返すべき名著だと思います。

  • 仏教思想に基づいた、著者の内からにじみ出てくるような実感のこもった文章であった。
    もちろん全てに賛同できるわけではないが、なんだか励まされた。
    また定期的にぺらぺらとめくりたい。

  • あらためて、失恋の痛みをひた隠していた十七歳のわたしに、この本を買っていらっしゃい、とすすめてくれた母に、ありがとう、と伝えたい。

  • 自己啓発本ってあんまり好きじゃないです。
    なんか、お手軽に結果だけが手に入るような感じが、安っぽいなあと思って。
    で、この本もその手の本かと思って敬遠していたのですが、違いました。

    宗教が人に必要な意味。
    それは、どの宗教ということではなくて、何かを心の支えにするという意味で。

    自分を大事に出来ないから、人の命をも大事に出来ない現代の私たち。
    本当はもっといいことが起きるはずなのに、なかなか思い通りにならない現実。

    著者は言います。
    「本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りて行くことしか出発点はない」
    マイナスの中から思いがけない小さな喜びを見つけていくことが、極楽への道なのだと。

    「胸を張って遠くを見る事だけが希望を見つけることではない。悲しいときやつらいときには、うなだれて肩を落とす。深いため息をつく。そうすることによって、自分を照らす希望の光の存在を、影が教えてくれるということもまた、ありうるのではないでしょうか。」

  • 時を置いて何度も読み深めていきたい本になると思う。
    家にあったのになぜか手を伸ばさなかった、長い間。。
    いつも思うが本には出会いのタイミングがちゃんとあると思う。

    なぜ今まで手にとらなかったのかわかった気もする。
    本当に面白かった。いまでこそ”見えない力”、引き寄せの話が色々と色んな本が出ているが、単に個人の欲しいもの、成し遂げたいものではなくもっと真理としての深い意味を著者の多くの知識から信頼性と、誰にでも起きている奇跡を自身の経験と生活から特別なことでなく書いてくださっていることが本当に気持ち良い。またとても身近に書いてくださっていることに”そうだよな、やっぱり!”ととても安心させてもらえる。

    これからの世の中で大事にされていきそうな予感がする事を確信させてくれた気がする。本著者の”気の発見”もすごく繋がったし、もっと身の回りで起きていることの物事に意味深さを感じ、今どんな状況であっても、それをいいとか、悪いとかではなく何かの学びで、これから変化し、抜けていくんだ!と思えて力をくれると思う。

    相川圭子(ヨグマタ)さんの本を読んでいたからもっと自然だった。この流れで更に相川さんの本を読んでみると変容の可能性を身近に感じられ、そして色んな方向から納得し強く話のツナガリを感じさせてくれた。繋がりと理解がもっとぐんと深まってくる感じがして面白い(興味深く笑ってしまうかもしれない。。)これから少し生きていくのが楽しみになるかもしれない。。

  • 敬意を持って、五木先生は死に対して異常なまでの恐怖をお持ちの様で読みながら可哀そうで、可哀そうで「頑張て!」とエールを送り続けずにはいられなかった。大河の一滴ではないのです。一滴が大河となるのです。物書きには昔より死に急ぎの方が多々おられますが決してそういう事のないようお祈りしております。

  • 力強いのに押し付けがましくない仏教に寄り添った生き方のすすめな本。時の流れに身を任せ、でも自分で決めたらそれが幸せってゆう、そりゃそうだって思える一冊。

  • 人間の素の部分を認めて、無理せずに前向きにならなくても
    、自分の感情を大切にして生きなければならないと思った。
    プラスの部分もマイナスの部分も認める。
    悲しいときには無理して笑わずに、その時の気持ちを大切に生きて行きたいと改めて思った。

  • 作者の宗教感や、これまで触れてきた書物、映像作品、会話を作者の解釈を加えて紹介されている。
    作者が文中書いているが、風化しつつある優れた思想などを氏のように時代に合わせて紹介してくれる事で息を吹き返し、思想の創始者の言葉を身近に感じられると思いました。
    少々偏った考えの部分もあるけど、 気持ちの持ちようを少し楽にしてくれる読み物ですね。

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大河の一滴 (幻冬舎文庫)の作品紹介

なんとか前向きに生きたいと思う。しかし、プラス思考はそう続かない。頑張ることにはもう疲れてしまった-。そういう人々へむけて、著者は静かに語ろうとする。「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」「傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」と。この一冊をひもとくことで、すべての読者の心に真の勇気と生きる希望がわいてくる感動の大ロングセラー、ついに文庫で登場。

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