- Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
- / ISBN・EAN: 9784877287214
感想・レビュー・書評
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宝物本。
色や味が感じられる本。あまいパンケーキが食べたくなり、朝日が昇ってくるのをゆっくり眺めたくなり、色のついた壁画が見たくなって、ついにエジプトまで行っちゃいました。
出てくる場所が実際に存在しているのが、非常に楽しい。
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「私」とゲイである日出雄は、かつて2人と恋愛関係にあった喬がエイズで死期が近いことを知り、喬の長年行きたがっていたエジプトへ旅行を決める。
やはり視覚、嗅覚に訴えてかけてくる描写が最大の魅力。今回の主人公はアクセサリーデザイナーだったので、宝石とエジプトの景色を重ね合わせてちりばめられた珠玉の表現には読んでいるだけで癒された。
共に旅する友人たちの頬が夕日に照らされて、ピンクに青に、ゆっくりと輝くシーン。ピラミッドがオレンジに染まり、その稜線が金色に縁取られるシーン。
神がまだ生活に根付いているエジプトの神秘性と、布やアクセサリーなどの単純なのに複雑な色彩、香水瓶から香るエキゾチックな花の香りが、読み手を物語の世界へ誘い込む。
喬の抱えた運命は決して容易なものではなく、それを「私」も日出雄も重々わかっている。物語の根底には暗いテーマが流れているからこそ、エジプト旅の煌めきとのコントラストが余計に切ない。いざ現実へと、日本に飛行機で帰るシーンはほんのりと希望が感じられてほっとした。
エネルギッシュでありながら心の深層に優しく触れるような描写が最高だった。旅に出たいよう。
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エジプトにとても行きたくなった。
自分の目の前の現実で何が起こっても、世界は変わらず回り続けるし、ここじゃない場所も沢山あるし結構簡単に行ける。希望はある。
彼らが旅を終えて日本に戻っても現実は何も変わらないんだけど、捉え方の感覚は旅で変わる、そこに旅の意味があるんだろう。 -
蔵書(単行本・千葉1)
古書(文庫・千葉1) -
前読んだ作品に続き、よしもとばななさんが行った国、エジプトかたインスピレーションを受けた作品。
まさに次はエジプトに行きたくなった。
それに、今までばななさんの作品を呼んでてなかった物がこの作品にはあって、
それは興味ある専門分野で、主人公の清瀬がジュエリーデザイナーだったこと。
そのジュエリーデザイナーさんの
大企業よりも今はずっと冒険させてもらってるとか、
画家の展覧会のような、石の声が聞こえるような空間を作りたいとか、
その人だけに似合った一点ものを作りたいとか、感覚とかリアルで、
また、生まれるものに対しての気持ちが、すごく惹かれる物だった。
「そう、石は、自分がどうカットされてどうデザインされるべきかを知っている。
それを石と一緒に考えるのが私の仕事だ。もちろん鉱物も生きている。プラチナも、金も、銀も、どうしたら生命を発揮できるのか知恵を内包している。そしてそのことを、大昔のひとたちはもっともっと知ってその力を神事に利用していたのだ。私は、この人生が終わるまでに少しでもそれに近づきたかった」
HIVの話をあって、命に関しての話が最初からあった、
その中ですっごい印象的だったのが、日出雄のこと。
本人が望もうと望むまいと、人の死に遭う確率の多い人というのは確実に存在するということ。
日出雄のその落ち着いた存在が、役割のような天使のようなのかもしれないと、清瀬が思ってた。
「家族がいなくなるとわかるのよ。人生は誰か特定の個人への愛だけじゃ足りないの。友達や、仕事や、親兄弟や、生きている人ももう死んじゃった人も、植物とか動物とか、自分に関係あるいろんな要素のどれひとつ欠けても、やっぱりそれはその人が成立しなくなるということには違いないのよ。家族がいない分、僕なんて他のものに注いじゃって注いじゃって、もう大変。そして、ある程度以上のいろいろなことを経験すると、ある程度以上の愛を知ることができるようになる気がする。」
「何でも好きになってしまう。ストレスがたまらない。僕みたいに、家族がなくなってそれに気づく人もいると思うけど、たいていの人はやっぱり恋愛でぼろぼろになったりして知るのかな。わかんないけど。でもね、それとは別に僕は思うの。
何かを本当に知りつくすためには、自分の滞在能力を知るためには、多分人は人々に出会わなくちゃいけないのよ。多分ね。自分が愛するものすべてに抱く感情の、根っこにあたる何かを知るために。すべてはそこからはじまり、そんなことはおかまいなく時間は流れ、人はそれぞれの人生を全うする・・・」
日出雄みたいな人、会ったころないかも。
日出雄は、男っていう人物の前に、もう自分を前衛的に出してる人のように感じる。
前衛的って強いかもしれないけど、日出雄は、優しいのだ。
男、女、の前に、みんなそれぞれ、ひとりの人として見ていきたい、感じていきたいと思う。
ちっさいこだからとかじゃなくて、ひとりの人として、存在することがとても素晴らしく感じる。
エジプトで出会ったユキコちゃんが、
人間はひとりきりで行動するようには出来ていない事。
たとえひとりでも、自然と誰かとの出逢いに期待を持ったりする。
「言葉が発しない状態が続くと、はじめは心が静かになるのね。でもやがて心がさまようようになるのよ。目の前のことに集中するのがむつかしくなっていくる。
そのままさまよい続けたら、きっと幻覚とか見るようになる。そして自分でいられなくなる、それは思ってるよりも簡単なことだと思う。」と。
これを読んだ時、旅するともだちのことが浮かびました。
たぶん、いろんな経験も持って帰った来たかもしれないけど、
ほかにも、人とかの出逢いも色々と得たように感じたし、
なによりも、人として、タフになってた気がして、なんかよかった。
この物語、文章中でもあるように、
死が近づいている人に対して、長く生き伸ばしをすることが重要じゃなくて、
この日常のさりげない日常を送ることが、生き様を感じるように、
旅のことを中心に書いてて、
喬やその周りのみんなのその後のことが書かれてないのが、
また、命の行方?について感じさせてくれるような後味を残す作品のように感じました。
以前、情熱大陸で編集者の松岡正剛さんが出てて、
本には線を引くものだみたいなこと言ってて、
松岡正剛さんの本は、アンダーラインや書き込みがあって、
読者が読む本を、読者のノートに変身したかのように、
本の中が賑やかくなってた。
本を読んでて、思いっきり線を引きたくもなるし、ページを折りたいときもあるけど、
図書館で借りているから、そこは我慢我慢です。
でも、あまりにも綺麗な本よりも、
ちょっと古びたり、線が引いてたり、落書きがある図書館の本が面白かったりする。 -
現実からかけ離れた世界の中で隣にある「死」に向き合っていく人
それを支えたいと切に願う友人たちの変化していく関係が繊細に描かれていて読み返しても一行も飛ばさず読んでいる自分に気づく… -
2016.4.5