その時歴史が動いた〈15〉

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制作 : NHK取材班 
  • KTC中央出版 (2002年7月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784877582234

その時歴史が動いた〈15〉の感想・レビュー・書評

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  • 鉄道開通「神技のように早く」のはずが
    資金調達はうまくいかず、土地収用は
    薩摩藩の屋敷が抵抗(高輪)
    しかも上司の大久保利通は「鉄道よりも富国強兵」

    大隈重信が次官、伊藤博文が局長。
    海上に石垣を組んで、枕木は鉄ではなくて「木」
    英国から鉄と石を輸入するはずだった橋は木造

    所要時間は1時間、徒歩の時間を10分の1に
    大久保も乗ってみて「すこぶる愉快」
    というのが面白い

    志ある者よ立ち上がれ/獄中の出会いが生んだ吉田松陰の思想―その時、一八五九年(安政六)四月七日(黒船来航
    久子との出会い ほか

    汽笛一声・日本のうぶごえ/鉄道開通に賭けた若者たち―その時、一八七二年(明治五)九月一二日午前一〇時(文明の威力を見せつける贈り物
    鉄道建設の決定、現実化への困難 ほか)

    この難を逃げ候こと本懐にあらず/改革者・大久保利通、暗殺の悲劇―その時、一八七八年(明治一一)五月一四日(明治維新と大久保利通の決意
    断固たる大久保の改革 ほか)

    満州事変、関東軍独走す―その時、一九三一年(昭和六)九月二二日(張作霖爆殺事件と石原莞爾の始動
    緊迫する満州情勢 ほか)

    ラストエンペラー最後の日/「満州国」と皇帝・溥儀―その時、一九四五年(昭和二〇)八月一八日(満州国誕生・溥儀の託した清朝再興の夢
    傀儡皇帝の実像 ほか)

  • 吉田松陰、伊藤博文と大隈重信の鉄道開通までの困難、大久保利通の暗殺(紀尾井坂の変)、関東軍参謀石原莞爾、愛新覚羅溥儀について、大変わかり易く解説している。
    満州事変について、整理するために読み始めたが、ついつい全部読んでしまった。

  • 今回のテーマの中で最も印象に残ったのは、江戸幕府を倒したばかりの明治政府がその実行力を世間にアピールするために取り組んだ一大イベントである鉄道開通に関するものでした。

    資金がない状況においても、独立性を守りぬくためにアメリカの申し出を断ったり、地主の土地引渡反対に対して、海上に線路を通したりして最終的に開通にこぎつけたことは素晴らしいと思いました。

    最初に開通した区間(新橋-横浜間)は、それまでの徒歩による所要時間比較で10分の1にしたことも良いアピールとなって、結果として日本全国の鉄道網構築に繋がったのだと思いました。

    以下は気になったポイントです。

    志ある者よ立ち上がれ/獄中の出会いが生んだ吉田松陰の思想

    ・藩校では、武士の中でも上下の身分差を前提にしたカリキュラムをつくるのが当然、一般塾でも、武士の子弟と農民、町人の子弟が一緒になって勉強する場はあまりなかった(p47)

    ・松蔭は、幕府を倒すため、過激な行動を取れと主張するようになった(p50)


    汽笛一声・日本のうぶごえ/鉄道開通に賭けた若者たち

    ・鉄道建設に反対した強行派は、西郷隆盛・大久保利通であり、薩摩藩出身の有力者で、大久保は大隈重信や伊藤博文の上司であった(p77)

    ・大衆に訴えるためには、モノが変わった、制度が変わった、という具体的なものを見せる必要があった(p79)

    ・アメリカのポートマン氏の資金提供を断った理由は、彼の要望である鉄道の運営権をわたすと、インドやアフリカの状態(植民地)になることを見てきたから(p81)

    ・大隈はイギリス人のレイ氏と借入契約(100万ポンド、12%)を結んだが、レイ氏は9%で公債を募集していた(p83)

    ・銀行から低利で借りた金大部分を政府が抱える高利の借金返済にあてるという大義名分で、契約をし直したが、財政再建に70万ポンド使ったので鉄道建設は30万ドルしか使えなかった(p90)

    ・材料費を節約するために、1)線路の枕木の材質を鉄でなく木に、2)多摩川に架ける橋の材質を木造、に変更した(p92)

    ・鉄道建設の予定路線上の立ち退き了解を旧薩摩藩勢力から得られなかったので、新橋横浜間の29キロのうち、10キロ近くが海の上という、世界にも例を見ない画期的な路線となった(p98)


    この難を逃げ候こと本懐にあらず/改革者・大久保利通、暗殺の悲劇

    ・イギリスの工業力の進歩は、単に一分野の技術力の進歩だけでなく、国家制度、国民意識、文化を含めた総合的な進歩であることを理解した(p125)

    ・明治になっても武士に禄を与えていたが、これが国家財政の30%を占めていたので、禄の支給を打ち切って、代わりに金禄公債という債券を支給した(p128)

    ・1877年2月19日に鹿児島の士族に対して討伐命が下った、3月4日に田原坂の戦いの後に、3月20日に反乱軍は敗退して、9月1日に鹿児島に逃げ帰った、2日に西郷隆盛は自決(p136)

    ・大久保には死後、借金があることが判明した、現在の額にして数千万円にのぼる借金は、政府が着手した事業に私財を投げ打ったから(p152)


    満州事変 関東軍独走す
    ラストエンペラー最後の日/満州国と皇帝・溥儀

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その時歴史が動いた〈15〉はこんな本です

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