- Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
- / ISBN・EAN: 9784877586119
作品紹介・あらすじ
レストラン「クウクウ」のシェフを辞めて数ケ月、やっと動き出した自分の時間の重さをからだで受け止めて、どこまでも新しい毎日が過ぎてゆく。日記エッセイ第三弾。
感想・レビュー・書評
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じーっくり読んだ。高山さんの日記は、読んでると、落ち着く。どこまでも素直で、お茶目で、こんなふうに過ごしていきたい。波照間島、行きたいな。すみたいな。暮らしたいな。
いわゆる#自然派なモデルとかタレントとかはたっくさんいるんだけど、どこか胡散臭いしそういうひとに、やっぱり料理は素材が大事なんですとか言われると嘘くさあぁ〜って思うけど、高山さんは嘘がない。だって悪口も言うから。嫌いなことも、汚いことも、ぜんぶぜんぶ書いちゃうあたりが信頼できます。だいすきです。(挟まってたハガキに愛を込めて感想を書こうと思ったら、消印の期限が切れてた)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
最近生活が乱れてきているなあ、外食ばかりで身体に優しくないなあ…と感じるようになってきたので、『日々ごはん』を読んでモチベーションアップ!
高山さんの、肩の力を抜いた自炊メニューが励みになる。ちょっとのことでもいいから、手作りしようと思える。
「明日より先のことは、心配しない」という高山さんの生き方が、いいなあと思う。 -
どんぐり舎。
「ドリトル先生」は、どれを読んでもいつも良い空気が流れている。それはドリトル先生が全肯定の人だからか、井伏樽二の訳が良いからか。
吉本隆明の「幸福論」。最近の隆明さんの本は、実感がこもって力が抜けていて、私にも分かりやすくとてもおもしろい。そして最近私が考えていたことと重なる考えもあり、どんどん読み進んでいった。
本棚を整理していたら幸田文さんの「台所のおと」が出てきたので、布団の中に持っていって読み直す。やっぱり、この小説はすごくいい。私にとって、すごくすばらしい。志賀直哉の「小僧の神様」も大好きだが、同じような質のじーんと来方だ。いい小説って、こうして何度読んでも、すっかり初めてのように感動する。
餃子の皮練りを皆にやってもらっている時に、一瞬、ふわーっと多幸感を味わった。外は曇りで、とても日常的な感じだというのに、だからこその幸福というかなんというか。(あぁ、私はこういうことがずっとやりたかったんだ)と思いました。本作りももちろん楽しいのだけど、それは一方的な作業だし、とても個人的な気がする。自分にのめり込むおもしろさというか、もの作りの楽しさというか。教室というのは、流れがある。人と人との流れの空気感。そして、この家の空気感。人は皆何かを発している。それが強い人も、静かに強い人も、いろいろいる。言葉で出す人もいるし、言葉にならない人もいる。そういうやりとりの中で料理ができていく。というか、料理を通じてやりとりがある。そういうのが、なんとも言えず楽しい。
りうとひさびさに飲んだが、りうの言うことはどんなことでもぜんぶ正しいような、全肯定のような気持ちになった。すごく貧乏だけど、いろんなことを体当たりで、悩みながらもやっているらしいりうは、けっきょくはやったこと全部が自分に振りかかってくるのだから、どんなことをしてもそれでいいと思うのだ。
吉本ナナ子さん「はてるま」
ナナ子さんの料理は、すンばらしくおいしかった。
グルグンの南蛮漬け、モーイ豆腐、レタスと三つ葉添え、ハーブソース。ピパーチの葉が入ったバッポ。人参ときくらげの卵蒸し。
(沖縄に行って)気持ちも体も遠くまで行ってきたので、戻すのに丸二日かかった。まだ完全には戻っていない。だって、まだこの家がよそよそしいのだ。
誇りというものについて。誇りっていうのは、自分が生きている環境について(仕事も含め)満足していて、その気持ちに嘘がないっていうことかな。そんなの言い古されたことかもしれないけど、その気持ちに嘘やてらいがないっていうのポイントだと思う。
運動ってやっぱり気持ちいいなー。体が軽くなったような気がします。
市役所の8階の食堂で夕陽を見る…なんてロマンチックなんだろうと、私は思う。たとえば、ゴージャスなホテルの最上階で夜景を眺めるとか、ベッドで愛を語られるとか、そういうのってロマンチックじゃないと思う。物がなければないほど、貧乏なほど、荒れた土地ほど、そこで眺める夕焼けをロマンチックだと思う。ぐちゃぐちゃに散らかっている恋人の部屋での逢い引きとか、燃えるもんな。それって何だろう。ものごとのギャップが映えさえるのか? -
再読 2015/04/21 りうが出ていきハルに愛着が湧きだした。浅利が食べたくなる。同じ季節のあたりを読むとワクワクする。
再読 2016/09/28 -
1巻~3巻を本棚から引っ張り出した。改めて読むと、最初の日記はもう10年以上前で著者の行動言動ともに若く、何より当時はまだクウクウで働いており、ちょうどシェフを辞めて料理家一本で立とうとしているところ。この10年余りは著者にとって大きく新しいものだったんだろうなと感じる。家族も、1巻当時は同居していた娘さんが結婚し娘2人の親となり、著者はおばあちゃんの立場となったわけだし。吉祥寺近辺で夜な夜な飲み歩いていた(り、酔っ払って吐いたり自転車で転んだり、しょっちゅう二日酔いだったりしていた)のが、今は仕事の合間に"ジープ"で"山の家"に通い古い家を手入れしたりする日々、10年ひと昔ということか。日々ごはん、できればずっと続けて欲しい。一旦辞めた日記を現在また再開しているということは、著者としてもライフワーク化しているのかな。
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まったりごろごろ読むのにぴったり。波照間に行ってみたいなあ。
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浮き沈みが落ち着いた分、上がる時が凄まじい感じ。
スイセイ氏との関係、言葉がたまらなく素敵。こんな風に暮らせたらどんなにか幸せだろう。ほんと、ぎゅっと詰まった方だなあ、高山さん。 -
高山なおみさんの言葉を読んでいると、癒されるし元気になれる。そう思った。
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再読。
新しい環境に少しずつ馴染みながらも、お店で働くことに憧憬(というのかな・・・)の気持ちを感じてるような。ふわふわしながらも、料理家としての足場を固めているような。高山さんのやりたいことが形になっていく様子に元気が出る。