宝物

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著者 : 平田俊子
  • 書肆山田 (2007年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784879957160

宝物の感想・レビュー・書評

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  • その昔、あたしは結構詩集も読んでいた。

    思えば情報は限られていたし、おこずかいも限界があったから、ある意味今以上に図書館に行ったり、貸し借りをしていたんだと思う。
    仲のよかったオオノマリコちゃんが詩が好きで、あたしにボードレールやハイネから銀色夏生さんまでたくさんたくさん、貸してくれたのだった。
    大人になってあたしは逆に、そういった本をどんどん読まなくなっていったけれど。

    でもたまに、ふと呼ばれるように本に会うこともある。
    遭うこともあるが、逢うこともある。


    <引用>
    パン屑

    あの人が本を返しにくるのは
    真夜中過ぎと決まっている
    おまけに
    返してくれた本には
    かならずパン屑がはさまっている
    <中略>

    ここから始まるこの詩は、貸し手の彼女(なんかきっと女性だよねと思う)の不満へとつながる。
    パン屑を手で払い、「悲しいような腹立たしいような」気持ちになる。

    そうして彼女は思う。
    「あなたは本を食べながら
    パンを眺める習慣があるのではないの?」

    その最後がはっと打たれるような文章だったので引用。


    <中略>
    東の空には
    マーマレードのような朝焼けが
    何ページも
    何ページも広がって
    大いなるパンを探していた
    <了>


    なんと大きな終わり方!
    この5行で世界が鮮やかに反転し、開いた本のページから一気に読者は、美しいオレンジの虹彩を目にする。マーマレード色という表現もしかり、そうしてそれが本を探すという気の利いた言い回し。

    あたしは基本的には杜撰というか大雑把な人間なので、どんなに気をつかってもダメなんだけど、こういった生まれついて?特訓により?たいへん丁寧に繊細に、言葉をつむぎ、さらにそれを効果的に配置する頭脳と精神の人への尊敬はある。

    あたしには無理だな~という諦念と共に、その自分のだめっぷりを、まるではがれかけのかさぶたをはがすように、うっとりと疼痛を楽しむ、若干のヘンタイ癖もあるようだ。その、隔靴掻痒的なイタミを楽しむためにあたしは時々、こういった凝縮された言葉のセカイにダイブする。


    ちなみにこの詩集はとにかく、場面の反転と言うか軸の急回転というか、ぐらっと自分の重力が崩れる最後の文章が素晴らしかった。最後の部分だけ並べて鑑賞しても十分に楽しめる。



    最高に大好きな「無縁」の最後はこういった具合。
    <中略>
    いつかゆっくり落ちていくために屋上を手に入れたのに
    自分のものではないみたい
    わたしは立ち入り禁止の札を立て
    夜が明ける前に飛び降りました
    が 飛んでも飛んでもからだが宙にとどまります
    どうしたことだとふりむくと
    屋上がわたしにしがみついていました
    ひとりにしないでと屋上はいいました
    どこかにいきたいといいました
    そこで屋上の手を引いて
    いにちのさんで飛び降りました
    <了>

    じゃ、わたしの好きなエンディングだけ並べて一気にご紹介。
    「カメラ」の終わりはこう。
    <中略>
    (あなたは撮り
    (そして消しました
    たくさんのわたしが撮られました
    たくさんのわたしが消されました
    撮られた数よりたくさんのわたしが
    指一本で消えました
    <了>


    「水」はこう終わる。
    <中略>
    水は体内をパトロールして言葉をさがす
    水を飲んだ罰として
    言葉はいつも苦しく吐き出される
    <了>


    「宝物」
    <中略>
    別離がもたらすはずの甘い露さえ
    ここに書くことで薄まってしまった
    私は少しも傷ついていない
    そのことを残念に思う
    <了>


    「遠い空」
    <中略>
    もちろん逃げてはいけないよ
    要領が悪い人は
    要領悪く
    逃げ遅れるのがルールだからね
    <了>


    こういったぱきぱきした美しい表現に触れるにつけ、だらだら言葉を並べ立てても伝わらず、むしろ自分の足りないところだけをいたずらに露呈する、自分の表現ってつくづく醜悪だなぁと思う。

    でも同じあたしは一方で会社で、言葉の表層にとらわれるのがあなたの悪い癖だわ、将来だまされるんじゃないかと不安だわ、と、とうとうと怒られていたりする。いわくあたしは、言葉の奥底にこめられた気持ちを斟酌できずに表面だけで解釈してエモーショナルに揺れやすいのだと。確かにそうだけどここで問題にしているのは文書の形式面なのですが、なんて頭の片隅で思いつつ、でも面倒なので、そうですねあぁそうかもしれませんと無難な言葉のオブラートでいろんな思いを飲み込んでいる。本当は颯爽とロジカルに反論できればいいんだけどここで戦うよりは逃れたい。相手の目的があたしの反省にあるのであれば、ここはそろそろ手打ちでいいのだろう、十分に楔は打ち込んだつもり。ロジックの正解が常に、サラリーマンとしての正解ではない。常に正しくありたければ、ルールを作る側に回るしかない。(と、柳場敏郎も言っていたよ青島に)

    世の中のルールは並べて、正誤以上にエモーショナルにできている。全部がゼロワンで終わったら、どんなに爽快なんだろうと思うのだけれど、その機微を楽しむのがいいのだよ、と、誰かがあたしの頭をなでてくれるとしたら、それはそれでいいのだろう。

  • この詩集を読むと、詩の可能性について示してくれているような気がしてくる。

    これ、という形におさまらないのが詩であり、言葉や意外な視点の宝箱が詩集である。好きなもの(この詩集で言う宝物)を、言葉(この詩集で言う宝物)にのせるだけでなく、多面から見てしっかり考察するのが、僕は面白いと思う。

    とりわけ、水と言葉を考察した「水」
    言葉遊びの「のど・か」「香椎にて」
    別れの「富士山」
    「カメラ」「私見、ゴッホのsorrow」「私見、ゴッホの寝室」「れもん」「宝物」「遠い空」「ビンタ先生」「豚肉オートバイ」「無縁」「牛乳と楽隊」「トナカイ」「朔太郎さん、パリに行く」「黒景」が好き。

    そういえば以前、朗読CDで「宝物」の朗読を聞きいたことがある。
    それに関してはノーコメント。

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