- Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
- / ISBN・EAN: 9784883927746
感想・レビュー・書評
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森史之助
1966年大分県生まれ。琉球大学法文学部卒業後、十勝毎日新聞社(北海道)、伊勢新聞社(三重)、宮古毎日新聞社(沖縄)などで記者として勤務。主に社会部で事件取材を担当。2005年独立し、フリーランスの報道記者・番組ディレクター。ふたご座のA型、バツイチ。
恐縮ついでに書くと、新聞記者時代もフリーランスになってからも、社会派の正義ヅラした取材ばかりを好んでしていた。それが、どこで人生を誤ったか最初から外道だったのか、酒を飲んでバイクを運転し、警察に捕まって罰金刑を言い渡され、それさえも払えず労役場送り──という、社会派ジャーナリストとは真逆の立場に立たされるハメになった。その自らのみじめな姿を、客観的に観察してみたいとも思った。私はマゾヒストなのだろうか。
防衛省(旧・防衛庁)の思惑は刑務所とは違っていて、同性愛者を排除する狙いなのだという。尻の穴を見れば、それが緩んでいるかどうかでアナルセックスの経験が分かるというのだ。同性愛者、しかも女役(いわゆる「ウケ」)がいると隊の秩序が乱れる、というまことしやかな話を聞いたが、真偽は分からない。 刑務所の「尻の穴」検査にも、同性愛者をピックアップする狙いがあるのかも知れないと、その少し後に気づくことになる。
刑務所内での受刑者の死はまれにある。自殺も少なくないし、川越少年刑務所も例外ではない。報道されたもののみを見ても、直近では前年の7月、 20 代の受刑者がトイレの通気孔にかけたタオルで首をつって自殺している。受刑生活で精神状態が追い詰められて、あるいは将来を悲観し、自ら死を選んだのであろうか。
刑務所サイドとしても囚人の自殺については対策を講じていて、例えば当然のことながら、房に刃物は持ち込めない。タオルをかけるポールも、人間の体重をかけると折れるような華奢な塩化ビニール製だ。 自殺の危険性がある者は最初からマークしておこうというのが刑務所の方針のようだ。 しかし、シャバでは全くそんな雰囲気のなかった者が、慣れない受刑生活で精神に異常をきたすことも考えられる。 幸いにして私は、 50 日の間、自殺を考えたことは一度もなかった。後述するような、おかしな房仲間のおかげかもしれない。
先輩囚人の1人が聴いてきた。 30 代前半、リーダー格のタッちゃんだ。シンナー吸引の影響か虫歯なのか、前歯が著しく欠けている。懲役経験を買われて房のリーダーに君臨しているという。 「はい。道路交通法違反、酒気帯び運転です。 50 日間の労役であります」
性体験があるかないか、ある場合、相手は何人ぐらいかと質問が続く。そして、問いは相手の性別まで聞いてくるのだ。 私はもちろん「女性」との性体験は「ある」が、「男性」とは「ない」。こういう設問があるということは、少なからず同性愛者がいるということなのだ。 領置調べ室での、屈辱的な尻の穴検査を思い出した。私は急に怖くなった。先ほどの雑居房の4人の中に同性愛者がいたらどうしよう。私は、ショーン・ペン主演のアメリカ映画『バッド・ボーイズ』(1983年)の一場面を思い浮かべた。刑務所で大男にカマを掘られたきゃしゃな黒人少年が、相手を「このオカマ野郎!」と罵った次の瞬間、大男の手によって高所から地面に叩きつけられ死ぬのだ。
「くさいメシを食ってきた」 刑務所帰りの常套句だ。果たして刑務所のメシは本当にくさいのか。 「麦メシのにおいが鼻につく」と言う受刑者もいた。私は気にならなかった。 しかし、くさいのはトイレだ。トイレ問題については後で詳しく書くが、水洗ながら、換気扇がなくドアも完全には閉まっていないトイレからは常に臭気が出てきており、「メシがくさい」というより、「くさい場所でメシを食わなければならない」というのが正解だろう。 においに鼻が慣れると言うか、マヒするのはけっこう早いようだ。私にあてがわれた席に座っていると、最初は食事の際にトイレのにおいが気になってしょうがなかったのだが、すぐに慣れて何も気にせずバクバク食べられるようになった。 私の席より1メートルでもトイレに近づくと、独特のにおいが鼻を突く。そこで食事をしなければならない房仲間に同情した。
その前の、夕方の点検が終わった午後6時からの3時間は「仮就寝」で、自由時間となっている。布団を敷いて早々と寝ても構わないし、読書をする者もいれば、知人に手紙を書く者もいる。布団の中での読書は構わないが、書き物をする際には布団を畳んでちゃぶ台の上でしろと言われた。寝そべって書いた手紙は当然のことながら字が汚くなり、検閲の際に刑務官が苦労するからであろう。 そんな仮就寝の3時間は、 1 日のうち唯一の憩いの時だった。
読み進めていくと、その 31 条に、「性的行為等 他人との間で、または他人に対して性的な行為をしてはならない。他人と寝床を共にしてはならない」とある。 なんということだ。やはり、同性愛が疑われているのだ。どのくらいの頻度か分からないが、禁止しなければならないほど多く行われているのだ。 31 条前段は、相手の同意があろうがなかろうが、性的な行為をしてはならないと読むことができる。それと並ぶ形で、「他人と寝床を共にしてはならない」と後段にあるのだ。
では、自慰はどうなのか。 31 条では、「他人との間」や、「他人に対して」の「性的な行為」を禁止しているだけで、「自分に対して」は何ら記されていない。 ヒントは、次の 32 条にあった。 「わいせつ行為など 故意に陰部を露出するなど、他人にわいせつな、又は嫌悪の情を起こさせるような行為をしてはならない」 他人に見せつけなければ構わないと解釈できる。
当時の松山刑務所は、囚人の暴力団関係者に完全に支配されるという無法地帯だった。弱みを握られた刑務官は彼ら囚人に手出しできず、囚人らのやりたい放題だった。そして、暴力団組員である囚人は、女区へも自由に出入りすることができた。この事件は国会にも取り上げられる大スキャンダルとなり、刑務官2人が自殺している。 和子は出所後の1982年、松山市内で同僚のホステスを殺害し、整形手術をするなどして 15 年間の逃亡生活を送った。事件やその後の逃亡劇は、未成年のころの獄中レイプがトラウマになったと公判で弁護人は述べている。
刑務所内には病気持ちが多いようで、刑務官が1日4回、毎食後と就寝前に、台車を押して舎房を回る。台車には患者につき1回分の薬剤が載せられている。 「5012番、薬だ」 食器孔を開けて刑務官がのぞき込む。私は朝食と夕食後にドグマチールを、就寝前にサイレースを飲むように言われている。自分のコップに水を入れ、食器孔の前に進む。 「これで間違いないね」 刑務官が差し出した錠剤は、包みから出して裸の状態で改めてビニールでパックされている。それが何の薬なのか、間違いないかどうかも分からない。
「後藤真希 母親が転落死、弟は服役……/モー娘脱退から始まった『スパイラル人生』」 の見出しが躍る芸能記事は、アイドルユニット「モーニング娘。」元メンバー、ゴマキこと後藤真希さんの母親の自殺を報じるものだった。
そして、生前の母親が知人に漏らした、「いろいろあるのよ。(後藤の実弟で元タレントの) ●●( 23)はあっち ●●●●● に行っちゃってるし……」など、計7ヵ所がマジックインキのようなもので黒く塗りつぶされていた。 「こんなもん、ゴマキの弟がここにいるって宣伝してるようなもんじゃん」 だれかが言った。 「そうか、そういうことだったのか」 確かにゴマキの弟「ユウキ」が電線を盗んだとかいうカドで捕まったという報道は、芸能ニュースに詳しくない私も覚えていた。
出所してから同誌のバックナンバーを取り寄せてみたところ、記事は「 07 年9月に発生した《強盗傷害事件》で逮捕された《祐樹》は、《懲役5年6月の》判決を言い渡され、現在服役中」(《 》内が墨塗り)などとしていたが、墨塗り部分を含め川越少年刑務所については一切触れていない。どう考えても刑務所側の過剰反応で、それによって、かえって「知られざる事実」を無用に知らしめているとしか思えない。
「どんな感じ? 有名人だから独房なのかな?」 「いや、雑居房ですよ。内装で。まぁ『懲役やくざ』ですね」 若い掃夫は、ちょっとしかめっ面をしてささやいた。 「懲役やくざ」という言葉を私はここで初めて聞いた。掃夫の仕草から、ゴマキの弟、ユウキが、雑居房にいながら周囲から浮いた存在であることがうかがえた。それは、別の房にいて週2~3回の運動の時間にしか顔を合わせないその掃夫がそのまま感じたことであろう。
「『懲役やくざ』って何?」 掃夫にはもう聞けなくなってしまったので、房の連中に問いただした。 「シャバじゃあ、なになに組に入っていて、幹部の何とかさんとは懇意だとか吹聴する、ニセモノのやくざのことだろ? 内装っていうのは、あんまり表に出ないで、少人数のチームで舎房の部屋の壁紙張替えなんかをする作業だ」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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ジャーナリストである作者が飲酒運転で切符を切られたのを逆手に取って、罰金を支払わずに刑務所に入り、罰金分のお勤め(労役)をした経験を綴ったドキュメンタリー小説。普通の人は体験することのないムショでの生活をまさに身をもって体験し、書籍とした作者のジャーナリスト精神に脱帽します。しかしながら、刑期が長い分それなりに支払う代償は大きいようです。とても読みやすくおすすめです。
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罰金が払えない場合に採られる労役という制度は、ほとんどの人には縁がない。刑務所に入って拘禁されるくらいなら、何としても罰金を払おうとするだろうから、罰金刑よりも労役の方が珍しいだろう。
本書は、敢えて労役を選択した元記者の実体験ルポである。
確かに、労役は珍しく、懲役とはやや異なる処遇やシステムになっているようだが、刑務所内での拘束という点では、懲役とそれほどは違わないようだ。その意味では、本書でも掲げられている幾つかの先行本があるし、比較的最近では、山本譲司の「獄窓記」など本人の内面にまで踏み込んだ迫力ある刑務所体験記がある。また、刑務所ではないが、佐藤優の「国家の罠」や田中森一の「反転」などは、拘置中の生活や心理状態のほか、検察官による取り調べの方法まで含んでいて、より面白い。
そういう体験記と比較すると、書物としての迫力というか、中身の濃さが不足するようにも感じられるが、それでもなお、多くの人が経験することのない貴重な体験記の一つとは言えるだろう。わざとだと思うが、タッチも軽めで、読みやすいと言うと語弊があるかもしれないが。
労役を終えたものの、働き口がなく、生活保護に頼らざるを得なくなった著者が再び執筆の世界で活躍できるようになることを祈りたい。 -
知られざる刑務所の生活…。刑務所のなかでの人間関係、また社会更生のための仕事の時給など面白情報!!
生協学生委員会co-opGirlsお勧めの書籍です。