もう一つのスイス史―独語圏・仏語圏の間の深い溝 (刀水歴史全書)

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制作 : Christophe B¨uchi  片山 淳子 
  • 刀水書房 (2012年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887083950

もう一つのスイス史―独語圏・仏語圏の間の深い溝 (刀水歴史全書)の感想・レビュー・書評

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  • ・Röstigraben
    ・原初三州(ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデン)
    ・十字の国旗
    ・ウイリアムテル
    ・ドイツ語、フランス語、イタリア語、レトロマン語
    ・Diglossia
    ・Kanton(州のような概念)

  • 「スイスは4つの言語が話されている」とはよく言われることだけれど、4つの公用語ー「ドイツ語」「フランス語」「イタリア語」「レトロマン語」ーは、スイスのどこでも話されているわけではない。
    スイスの地図は、4つの言語が話されている地域で、きれいに区分けされる。

    ドイツ語圏スイスのドイツ語の話し言葉は、特に「スイスドイツ語」という。ドイツ語圏スイス人は、ドイツ人のドイツ語(高地ドイツ語)が苦手で、英語は結構話せる人が多いがフランス語はからっきしだという。
    フランス語圏のスイス人はさらに、話せるのはフランス語のみだそうだ。ドイツ語は学校で習ったのをしどろもどろに話すだけ。英語のほうがまだいけると。
    他言語に長けているのは、スイスでは少数派のイタリア語圏スイスとレトロマン語圏スイスで、少数派ゆえに必要不可欠だった。

    語圏の問題は、文化受容の問題でもある。

    スイスでも、「アルプスの少女ハイジ」は人気があるが、スイス人は「あれはスイスではない」と嫌い、スイスの公共放送(スイスドイツ語)では放送されたことがない、という。
    http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=752750
    ではどうやって見ていたのかというと、隣国ドイツが放送した電波が流れてくるのだという。
    フランス語圏でも同様だったのだろうか?そうでなければ、フランス語圏とドイツ語圏での「ハイジ受容」の仕方は異なるだろう。

    現代に至るまで、4つの言語はそれぞれ特定の地域で話され、そのままの状態でスイスは統一されている。

    この本は、スイスの誕生である「原初3州」の時代からのスイスの変遷を、各語圏の推移に着目しながら記述している。
    訳者あとがきをみると、語圏をつぶさに記述しているスイス史はこの本がはじめてだという。

    原初3州から8州盟約団となったときは、「スイスドイツ語」を話すスイス人が主だったのだが、その後、南、つまりフランス圏(フランスの領土ではなく、フランスとスイスにまたがる土地)に領土を拡大することで、フランス語圏のスイスが生まれた。ベルンが主に行ったこの領土拡大は、盟約団に同盟者を招き入れるものではなく、あくまでスイス領の拡大だった。

    つまり、フランス語圏スイスが加わってはじめて、ドイツ語圏スイス、という問題が生じたらしい。

    さて、「フリーランス」の語源となったスイス傭兵部隊は、フランスの歴代の王に重宝されるが、意外なことに、「スイス傭兵はドイツ語を話すべし」がフランス王の要望だったという。フランス語圏のスイス人は、純粋なスイス傭兵ではない、というのがフランス王の意向だったらしい。

    以降、スイスは傭兵をフランスなどに「出稼ぎ」に出し、外貨を獲得していた。それは「血の輸出」と言われた。

    その状況が変わったのが、1685年ナントの勅令の廃止だった。これにより、時計などの技術を持ったプロテスタントが多く移り住み、スイスは産業国となる。

    宗教改革の際、ルター訳の聖書はドイツ語で書かれていたが、スイスのドイツ語とは随分言い回しが異なっていた。チューリッヒの改革者たちは、そこで、それをスイスのドイツ語になおして出版した。これをみて、ルターは「粗野なドイツ語」と評した。
    その後、出版されるドイツ語は、ドイツ人のドイツ語が標準となった。そのため、スイスでは、書き言葉はドイツ人のドイツ語に重なったが、話し言葉はそのままだった。
    この二重状態が、現在に至るまで続いているという。
    対して、フランス語圏のフランス語は、カルヴァンの威光により、フランス人のフランス語にほぼ統一された。

    現代に至るまで、ドイツ語を話すスイス人はドイツに加わろうとはしないし、フランス語圏も同様だ。
    言葉が異なるのに、ひとつの国でまとまっているのは不思議に思える。
    しかし、歴史を振り返ると、その理由に納得がいく。

    元々ドイツ語圏ドイツはローマ帝国から独立して成立し、その後神聖ローマ帝国を統べた、スイス出身のハプスブルク家とも何度も戦い、独立のための勝利を勝ち取ってきた歴史があるので、ドイツ語を話してもドイツとの一体感など無い。
    フランス語圏も同様で、国家としてのフランスに属していたわけではないので、フランスへの帰属心はない。

    スイスでは日本も関係するイベントなど開かれる。
    例えば、スイス最大のポップカルチャーイベント「ポリマンガ」は、ローザンヌ、モントルーと、フランス語圏で行われている。HPもフランス語だ。
    http://www.polymanga.com/
    2013年は、イベント内のイランストコンベンションで日本人が優勝したそうだ。
    http://animeanime.jp/article/2013/01/15/12681.html
    どこで開かれるのかによって、その地で使われている言葉も、文化も異なるので、開催場所に気を配ると、見えてくる光景も違うかもしれない。

    ヨーロッパの歴史を学んだら、再度読み返し、年表に落として行きたいと思う。

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もう一つのスイス史―独語圏・仏語圏の間の深い溝 (刀水歴史全書)の作品紹介

言語的対立・融和を繰り返しながら多言語国家を形成してきたスイス。言語問題から見たスイスの歴史。日本におけるこれまでのスイス紹介では手薄であったフランス語圏の記述が多く、スイス像を豊かにしてくれる。

もう一つのスイス史―独語圏・仏語圏の間の深い溝 (刀水歴史全書)はこんな本です

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