捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間

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著者 : 渡邊洋之
  • 東信堂 (2006年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887137004

捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間の感想・レビュー・書評

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  • ちょっくら前に話題になってた捕鯨問題、正確なところが理解できてなかったので手ごろな一冊を。

    捕鯨と鯨の食文化、結論から言うと日本の文化というには正直微妙かな~、と。

    まず捕鯨やけど、昔から続いてた網取り式捕鯨は明治時代に入ると廃れて、代わりに始まった捕鯨船による捕鯨は、船も、重要な船員(砲手)も、方式もノルウェーからの借り物やったってことで、日本文化としての捕鯨は明治時代で断絶しとるんやね。

    そして食文化。鯨の肉が全国に広まったのは、戦中、戦後の食糧難対策がきっかけ。それまでは外貨獲得、軍事物資としての鯨油採取がメインやったらしく、他の国とあんまり変わらんやん。。。もちろん食べてる地域もあったけど、昔から捕鯨やってた地域とその周辺に限られとった。

    じゃあ、なんで日本の文化って話が出てきたん?というところには触れられてなかったけど、以下邪推。

    鯨の頭数が激減して捕鯨に対する批判が強まる中で、水産庁や日本の捕鯨会社が捕鯨の必要性をアピールするために言い出した話が一人歩きしてこうなってもうたんかな~、と勝手に想像しとります(-_-)

  • 「クジラを食べるのは日本の文化だ」という言説は、どこまで妥当か? この疑問に答えるには、歴史を知ることが重要だ。本書は、日本人とクジラとのかかわりを歴史社会学の視点でとらえることで、この「捕鯨文化論」の内実に迫っている。著者の博士論文がもとになっているので、一般的な読み物としては正直、読みにくいところもある。しかし、「捕鯨文化」の歴史についての実証的な研究は数が少なく、その意味で捕鯨問題に関心がある人ならば間違いなく興味深い一冊となっている。
     まず第1章で、江戸時代において日本沿岸で行われていたクジラ漁と、近代になって導入された漁形態(ノルウェー式捕鯨・母船式捕鯨)との隔絶が明らかにされる。ある制度や慣習が「文化」とされるためには、過去からの連続性が不可欠だ。その点で〈日本の捕鯨業の活動を「捕鯨文化」と表象し、それを日本の「伝統文化」とすることの正当性は、確保されていない〉と著者は結論する。
     第2章では、捕鯨とは無関係だった漁村に、近代的捕鯨産業が入り込んできたときの衝撃が描かれる。とりわけ注目されるのは、1911年に青森県の漁村に建設された捕鯨事業場への、地元漁民数百人による抵抗・焼き打ち事件だ。イワシ漁で生計を立てていたこの漁村には、昔からクジラを豊漁の神とする信仰があった。神を殺すことへのおそれに加え、クジラの解体に伴う血や油で漁場が荒らされる心配が重なり、暴動となった。この事件は、日本人とクジラとのかかわりが「捕鯨」「鯨食」だけに収まるものではなかったということを如実に示している。漁民の伝統的なクジラ観を破壊したものこそ、捕鯨産業だったというのが皮肉だ。
     続く章では鯨食の歴史、乱獲にいたる経緯などが取り上げられている。その中で、意外な事実……というよりも、〈思いこみ〉の間違いがいくつも明らかにされていく。
     例えば、「欧米人が鯨油だけを目当てにクジラを殺したのに対して、日本人は一片余すところなくクジラの全身を利用してきた」とはよく耳にする話だ。しかし、日本漁船も戦前の南極海では、品質が劣化しにくい鯨油をとったあと、残る肉などは海に捨てていたことが統計資料から暴かれる。また「クジラを食べる」という習慣が全国に広まったのはおもに20世紀になってからであることや、戦後の食糧難で国策的に鯨肉食がすすめられたこと、食糧事情が改善するにしたがって鯨肉は売れ行き不振となって学校給食などに安く提供されるにいたったことなどが、資料から検証されていく。
     結果として、著者は「捕鯨文化論」について批判的な立場をとっている。しかし、本書を「捕鯨反対」の論説と読むのは間違いだ。かつて日本人とクジラとの間には複数のかかわりがあったこと。それが近代化とともに徐々に国策に沿ったものへと収斂していったこと。その過程で「日本人という存在がいかに形作られていったのか」という近代史の主要テーマが具体的に明らかになるということが、本書の価値なのだ。また、捕鯨に限らず「○○は日本の文化」という言説が、どのようにして成立し、支えられているのかということに対して批判的な目を持つ(これもまた、歴史研究者の使命というべきものだろう)ためのケーススタディとしても読めるだろう。
     繰り返しになるが、本書は捕鯨に賛成するため、反対するために読まれるべき本ではない。「食べること」だけが「日本人とクジラとのかかわり」と言わんばかりの言説を超えて、より豊かな「クジラ文化」を模索するための1冊だ。

  • 三葛館一般 664.9||WA

    本書は、「捕鯨擁護の本でもなければ、反捕鯨の本でもない」と著者は言います。人間と鯨・捕鯨との関わりの歴史を考えます。
    本書には、捕鯨に関する戦前の小説『動かぬ鯨群』大阪圭吉著1936年刊が紹介されています。
    インターネットの「青空文庫」で読むことができます。興味ある方はそちらもどうぞ。http://www.aozora.gr.jp/cards/000236/card1270.html

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=57379

  • ●捕鯨が日本の「文化」であり、かつ「西洋」の不条理な要求によって抑圧されている無垢な存在である…

    という主張が政治的バイアスのかかったものであることを論じる一冊。

    ●「伝統文化」という主張の前提となるのは、一点目は「過去との連続性」、もう一点は「我々」「我々でない者たち」というカテゴリー化。

    ●伝統捕鯨が行われたのは限られたコミュニティーであり、そこでもハレの食べ物。鯨食を受け入れない地域もあった。捕鯨業が国策と位置付けられることで、単一化されたかかわりの中で鯨食が日常化する。

    ●日本人はクジラを余すところなく利用してきただけに鯨油目的のものとは違うとする声もあるが、日本とて商業捕鯨時代に乱獲防止に積極的だった訳ではない。捕獲枠が設定されると、捕獲頭数の隠蔽が継続され、サイズの大きい個体だけを母船に持ち帰って残りを丸々捨てることさえ行っていたという。

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捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間の作品紹介

かつて全海洋くまなく展開された商業捕鯨は、はたして日本文化の伝統か?詳細な歴史的分析に基づき、近現代日本人の経験と記憶に彩られた捕鯨観を相対化し、現在の国家間対立構造打破の突破口として、人間とクジラとの新たな関わりを示唆する、気鋭の労作。

捕鯨問題の歴史社会学―近現代日本におけるクジラと人間はこんな本です

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