スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察

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著者 : 長有紀枝
  • 東信堂 (2009年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887138858

スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察の感想・レビュー・書評

  • 法廷記録のような詳細な記録。非常に分かりやすく、紛争分析には必携。

  • Amazonにもreviewを書いているのだが、誰も参考にしてくれないので(…)改変してここにも載せます...。


    ユーゴスラビア崩壊後の1995年7月、ボスニア東部の小さな町、スレブレニツァはセルビア人共和国軍の攻撃に遭い、あっけなく陥落したが、その際におよそ7500人のムスリム人男性(ボスニア人)が行方不明となり、その内6000人は組織的に殺されたと見られている。

    本書は、まずそもそもジェノサイドとは何か、その定義をめぐっての歴史的背景から書き起こす。続いて、スレブレニツァで実際何が起きていたのか、背景となるユーゴスラビア紛争、1995年当時のスレブレニツァを巡る政治的、地政学的状況を解説。その上で、第2次大戦以後欧州で最大の虐殺と称されたその虐殺劇(ジェノサイド)を、時系列的に丹念に追う。更に、スレブレニツァの虐殺をポスト冷戦期に起きた他の2つの、ルワンダとスーダン(ダルフール)を舞台に起きた(起きている)ジェノサイドと比較、その異同を考察。最後にジェノサイド予防に何ができるかを考察して締めくくられる。

    このスレブレニツァの虐殺は、セルビア軍による組織的凶行であったが、特異な点がいくつかある。

    国際社会からの介入が虐殺と同時並行的にあったこと、
    国連のプレゼンス(オランダ軍を主体とした国際連合保護軍:UNPROFOR)が虐殺に巧みに利用されたこと

    である。

    セルビア軍はスレブレニツァ陥落にあたり、男性のみを分別して隔離し、ジュネーブ条約に基づいて取り扱うと言った言葉を弄してボスニア人と彼等を保護すべきUNPROFORを油断させた上で、極めて組織的に殺害を実行した。セルビア側は、UNPROFORオランダ隊の制服を着、そのパトロール車両を用いて、隠れているボスニア人に投降を呼びかけることさえしたのである。

    読み進むにつれ、そのUNPROFORに対する失望を禁じ得ない。
    国連のプレゼンスってどんだけ無力なのよ、と。

    ルワンダにおけるジェノサイドもそうだが、実行すると強固に決意した存在(スレブレニツァではセルビア側)を前にした時、国連のプレセンスというのは必ずしも効果を持ち得ないのである。

    **************

    本書は元々著者の博士論文である。
    そのためか学術的でありながらも、記述は緊迫感に溢れ、大著にも関わらず不謹慎な言い方をすれば、退屈を感じない。

    また、著者の立場としてはあくまでも客観的立場を貫いており、なぜスレブレニツァでセルビア人による虐殺が起きたのか、必ずしもボスニア人側を一方的な被害者として記述していないことも付け加えたい。虐殺以前に何もなければ、やはりこのような事態にはなっていないはずなのだ。

    唯一不満に感じたのは、何故このような虐殺を人間が起こしうるのか、それは人間の持ちうる生得的性質であるのか、という疑問には答えが用意されていないことである。それが本書の守備範囲を超えることであるのは重々承知しているが、どうしてもその疑問を感じざるを得ない。

  • 第1部 ジェノサイド概念をめぐる考察(ジェノサイドとは何か)
    第2部 スレブレニツァ・ジェノサイド(スレブレニツァで何が起きたのか
    スレブレニツァの陥落
    スレブレニツァ・ジェノサイドの特徴と発生のメカニズム)
    第3部 ポスト冷戦期のジェノサイドへの介入をめぐる考察(ルワンダ、ダルフールとスレブレニツァ
    ジェノサイドの予防に向けて)

  • (2009.04.25読了)
    テーマも物理的重量も重い本です。電車で片手で操作するには、ちょっとしんどい。
    博士学位論文を一部割愛、加筆修正を加えたうえで、出版したもので、横組みになっています。
    スレブレニツァというのは、都市の名前です。ボスニア・ヘルツェゴビナにあるのですが、セルビアとの国境近くに位置しています。この都市周辺で、1995年7月に、セルビア人武装勢力によるムスリム人の虐殺が行われた。著者は、この時期にNGO職員としてこの辺を通過したことがあるのだという。ただし、虐殺現場を目撃したわけではない。
    2001年8月2日、クルスティチ将軍に、ジェノサイド罪、人道に対する罪、戦争の法規・慣例違反の罪により46年の判決を受けた。
    2008年8月現在、スレブレニツァに関連して、21名が起訴され、うち6名が有罪判決を受けた。他は、公判中や公判準備中、等。ミロシェビッチは、死亡のため、審議終了。ムラディチは逃亡中、カラジッチは、2008年7月21日逮捕。
    有罪判決6名のうち、ジェノサイド罪が適用されたのは、クルスティチ将軍ともう一名のみ。
    ラファエル・レムキンの尽力により1948年にジェノサイド条約が採択され、ジェノサイド罪が犯罪となった。
    本書は、ジェノサイド罪の成立と適用について考察するとともに、大量殺害をどうしたら未然防止できるのかも併せて検討しています。
    スレブレニツァでの大量殺害に関しては、スレブレニツァが簡単に陥落でき、数千人の住民を捕虜にしたので、セルビア人殺害にかかわった人間を洗い出すつもりであったが、とても容易でないことに気付き、捕虜として扱い続けるには、施設・食料の確保が大変なため、殺害に及んだのではないかとみています。
    したがって、計画性はなく、ジェノサイド罪の適用も難しいだろうということになりますが、世界世論に押されて、ジェノサイド罪の判決を下しているのではないかということです。
    大量虐殺の事例としては、1994年4月のルワンダ、現在も進行中のスーダンのダルフールがあるという。今後も起こりうる、大量虐殺を予防、または発生後に罰するにはどうしたらいいのかを国際社会で、考えないといけないのですが。
    中国には、チベット問題があり、ロシアには、チェチェン問題が・・・。
    彼等は国内問題だというだろうし・・・。

    著者 長 有紀枝(おさ ゆきえ)
    1963年、東京都に生まれ茨城県で育つ
    早稲田大学政治経済学部政治学科卒業
    早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了
    東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム博士課程修了
    外資系企業勤務を経て
    1991年より2003年まで難民を助ける会に勤務
    2008年より認定NPO法人難民を助ける会理事長
    2009年より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授
    (2009年4月27日・記)

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スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察に関連する談話室の質問

スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察の作品紹介

国連の「安全地帯」に指定され、PKOオランダ部隊が展開するボスニア東部の町スレブレニツァ。ボスニア紛争末期の1995年7月、「第二次世界大戦以来の欧州最大の虐殺」はなぜ起きたのか。将来の「スレブレニツァ」をどう予防するのか。「人間の安全保障」の視点から捉えた本格的ジェノサイド研究。

スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察はこんな本です

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