オリエント急行戦線異状なし

  • ディーエイチシー
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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887243095

作品紹介・あらすじ

休暇で湖畔のキャンプ場にやってきた青年。キャンプ場の使用料とひきかえにペンキ塗りを引き受ける。そろそろアジア旅行に出発しようと思いつつも、なぜか次々に新たな仕事を引き受けてしまう。そうこうするうちにパブ対抗のダーツ選手に選ばれたり、気になる女の子ができたりと、村の生活になじみはじめたある日、予想外の出来事に巻き込まれ…。強持てする地主、大人びた少女、ボール紙製の王冠をかぶりつづける男、ダーツの腕前が抜群なバーテンダー、よそ者に冷たい商店主、仕事中毒の老人、いつも遅れる牛乳配達人といった個性的な人々がつどう村の日常に入りこんだ青年が、その異質な空気に巻き込まれていく。前作でトマス・ピンチョンの絶賛を受けた気鋭の著者によるブラックな笑いがこみあげる異色作。

感想・レビュー・書評

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  • 『トラックはぼくの横に停車した。「あんた、この地域にすごく愛着があるようだな」パーカー氏は、挨拶の言葉をかわすような気楽な感じで言った。「エンジンが止まってしまって」』

    またしても主人公は名無しのお人好し。いいように周りの人々に使われながら、そのことに対して釈然としない思いは抱きつつも、きっぱりと嫌だとは言えない。無難な言葉で態度を曖昧にしながらずるずると繁忙期の過ぎた野外宿泊場に留まり続ける。施設の所有者からの簡単な頼まれ仕事は滞在費の代わりであった筈なのに次第に要求は度を越し始めるが、一方で自らの労働力を差し出すことと引き換えに小さな村の住人達には徐々に受け入れられる。と言っても、二軒しかないパブの繁盛している方には、常連客とその他をはっきりと分ける段差が存在しており、決して常連客でにぎわう階上の区域には入ることは許されない。繁盛していない方のパブには村の嫌われ者たちがすることもなく佇むのみで主人公とて好んで行きたい場所でもない。主人公のやることも半端な仕事ばかりなのだが依頼主は文句を言うでもない。頼まれることは何もかもが出鱈目なのに、そして肉体労働の対価も得られないのに、主人公はずるずると出発の時を先送りにす(させられ)る。しかし奇妙なことに事実上の雇い主に言われた通りに過ごす限り小さな村での生活には困らない。パブには自分用に仕入れられた銘柄のビールがあり、食料はつけでいつでも手に入る。例えそれが本当に欲しいものではなかったとしても。そして案の定、人が簡単に死ぬ。

    この作品に先行する「フェンス」同様、マグナス・ミルズの描き出す世界はブラックユーモアに満ちているが、前作と異なりタイトルから連想されえるような場所も状況も描かれない。訳者あとがきにもあるように、この本の題名からは直ちに「オリエント急行殺人事件」と「西部戦線異状なし」が思い浮かぶというのに、物語の舞台は列車内でも戦場でもない。避暑地らしい湖を取り囲むイギリスの片田舎の、戦争とは程遠い日々の経過が記されるのみ。もちろん、キャンプ場の主を含めた小さな村の住民と、主人公及びごく一握りの部外者、との間で繰り広げられる攻防は、戦線と呼んでも可笑しくはない状況ではある。主人公と同年代の、だが村人からは疎んじられている牛乳配達人との連帯や、強制的に戦線から排除されたことを快く思っていないレジスタンス的な存在の村の老人との共同戦線は、主人公に少しだけ主体的な意思を持つことの快感を思い出させてもくれる。しかし小さな村では何もかもがお見通し。しかも主人公は何の戦いに駆り出されているのかも判らないままだ。全てはただ単にゆっくりと回転しながら蟻地獄の中心に落ちていくだけの物語のようにも見える。そして中心に落ちだが最後、その後はお払い箱になるであろうことも見えている。そのことを暗示するかのように主人公が目指していた「ガンダーラ」(They say it was India)から戻って来た新たに登場するいけすかない奴。どこまでも続く理不尽さ。

    そんな悲惨な物語なのに、主人公の余りの能天気さに思わずくすりと笑ってしまう。それは主人公が理不尽さを一向に気に病まないからでもあるし、あくせくと目的地に向かって生き急ぐような人生観を持っていないように見えるからだとも言える。「フェンス」でも描かれたこの英国労働者階級の持ち得る矜持は、感染症で価値観が大きく揺らぐ今こそ見直されても良いものなのかも知れない、と妙に真面目に考えてみたりする。

  • 夏の終り,空っぽになったキャンプ場に最後まで残った青年が,なぜかキャンプ場のやり手オーナーに次々と仕事を与えられ,帰るに帰れなくなってしまう.田舎特有の無遠慮な村人達にも認知されてゆくのだが,最後には・・・・

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著者プロフィール

1954年、英バーミンガムに生まれ、ブリストルで育つ。大学院を中退したのち、農場に柵を作る仕事に7年間従事。86年、ロンドンに移りバスの運転手となる。柵作りの経験をもとにした最初の小説『The Restraint of Beasts(邦題『フェンス』)』をトマス・ピンチョンが絶賛。バスの運転手が書いたブッカー賞最終候補作として話題となった。これまでに12作の長編と3冊の短編集を発表していて、本書は2017年の長編第9作にあたる。長編の邦訳に『フェンス』(たいらかずひと訳、2000年)と『オリエント急行戦線異状なし』(風間賢二訳、2003年、ともにDHC)があるほか、短編がいくつか訳出されている。

「2022年 『鑑識レコード倶楽部』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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