ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)

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  • ディスカヴァー・トゥエンティワン (2011年4月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887598980

ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)の感想・レビュー・書評

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  • ウィキリークスの成立から発展、果たした社会的意義についてから、SNSが後押しした2011年代のジャスミン革命を始めとする中東の民主革命まで読みやすくまとめらえている。ポイントとしては、ウィキリークスもSNSも透明化・共有化が大きな役割であり、ジャーナリズムとの連携によって効果を発揮する。おそらく日本で忘れられつつあるウィキリークスは、今の日本社会を見詰め直す上で一つのヒントになるのではないかと思う。

  • パノプティコン、聞き慣れない言葉だけども、フランス哲学者フーコー著『監獄の誕生』に処罰、監獄はどのようにして生まれたかについて一つの概念を提示する。「パノプティコン(panopticon)」日本語で「全展望監視システム」と訳される。
    元々は18世紀イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムって人が考案した概念で、監獄をより効率的に、そして受刑者の社会復帰をしやすくするために辿り着いた設計案。

    設計図としては、監獄の真ん中に看守塔が立つ。そしてその看守塔を囲む形で円形の独房があり、そこに囚人を収監する。

    それの、逆。
    そして、そこに政府と市民をそれぞれ当てはめて、ソーシャルネット時代を論じて行く一冊。

    ウィキリークス、フェイスブックを軸に進んでゆくのだが、チュニジアのジャスミン革命、エジプトのフェイスブック革命、一国の腐敗した長期政権を転覆させるのに大きな役割を果たしたソーシャルネット。
    フェイスブックの仮想社会を一つの国と捉えると、国民(ユーザー)人口は、世界に三位に登ると。

    新たなメディアの一つとして、ジャーナリズムとの共存共栄はどのようになってゆくのか、アジェンダ設定機能、ゲートキーピング機能をどのようにしてゆくのか。

    読み進むほどに、ネット社会の超国家性の法の未整備に恐怖を覚える。

    しかし、アマゾンがウィキリークスに対し、サービス利用停止をした理由が米国政府の一権力者の圧力によるものだとすると、ネット社会は公共の公園のような場所ではなく、私設の施設みたいなものだよな。

  • 国家や大企業などの権威が、インターネットを手にした一般人から監視されてしまう有り様を、「逆パノプティコン社会」と称しているが、この喩はあまりしっくりこない。それはさておき、本書は、ウィキキークスがメインテーマであり、このメディア(?)の成り立ちや旧来メディアとの違いを説明し、それが今後の社会や体制に与えるインパクトを解いている。ウィキリークス自体が善か悪かという判断は避けているが、これが世論を賑わせつつも成功している理由については、きちんと解説されている。最後のほうで、FacebookのようなSNSにも触れていて、2011年のエジプトやチュニジアの民主化運動で、SNSが果たした役割について書かれてはいるものの、ウィキリークスに比すると割いている頁は少ない。どちらかというと、ウィキリークスよりもSNSをして、「逆パノプティコン」的な感じがするので、少々消化不良である。

  • 逆パノプティコンの意味は分かったけど、例がウィキリークスに偏りすぎているようで少し残念。ウィキリークス以外だと最後のほうでジャスミン革命等の話が少し出るだけ。それなりに楽しんだけど、読み返すことはなさそう。

  • ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」
     Panopticon;全展望監視システム
      18世紀にジェレミー・ベンサムが考案した概念

  • ウィキーリークスについては興味深い。
    アラブでの政変は本当にSNSが引き金になったとは考えにくい。あれはただのツールだった。そこまでSNSにパワーはない。Facebook革命とか言うのは、おかしい。

  • インターネットが政治をどう変えるのか。国家は監視する側から監視される側の立場へ。外交のあり方がどのように変わっていくのか。ウィキリークスとFacebookが世界の平和に与える影響がわかりやすくまとまっている好著。

  • ウィキリークスやフェイスブックの市民革命的側面というか歴史的意義というか、そういうものを考えさせてくれる

  • パノプティコンとは、監獄の真ん中に看守塔、それを囲む形で円形の独房があり、看守塔から独房を監視する。逆パノプティコンは政府が看守塔にいて、独房の市民が政府を監視すること。
    フェイスブックやウィキリークス等により、逆パノプティコン的な世界がひろがっている。
    印象に残ったのは、フェイスブックでのデモで成功したのは、背後に特定の政党やカリスマリーダーがいなかったことが大きいそうです。特定の目的だけでプロジェクトみたいに行動していくことが、今後増えていきそうな気がしています。

  •  ジョン・キムこと金正勲さん日本語での初めての単著が本書。
     本書は、外交公電の大量公開で注目を浴びた「ウィキリークス」に見られる「情報」を媒介に国家と市民の力関係を、思想と現実の文脈から読み解くもので、類書のなかで群を抜く一冊だ。
     「ツイッター」「フェイスブック」をはじめとするソーシャルメディアを媒介とする情報共有の動きがどのように世界を動かすのか--。アラブの春とウィキリークスの衝撃は、情報革新による新しい可能性を見せつけてくれた。
     権力が民衆を支配する。この事実は否定できない。しかし民衆が権力を監視することも可能であろう。筆者は、象徴的な「パノプティコン」の眼差しを逆さまにしてくれる。
     「パノプティコン」(一望監視施設)とは、イギリスの思想家ジェレミー・ベンサムが発案した監獄のモデルのこと。監視塔の周囲に監獄をめぐらし監視を一望するシステムで、ミシェル・フーコーが名著『監獄の誕生』で権力が民衆を支配する仕組みの象徴として紹介したことで有名だ。円環状の建物(監獄)の中央に監視塔を配置する。監視者の姿は見えないように設計されているのが特徴的で、仮に塔が無人であっても、囚人たちは常に監視されている可能性を感じつつ生活せざるを得なくなる。目に見えない監視によって監視される者は、内面から自身を縛っていく構図を、フーコーは近現代の規格化された社会全体として論じている。
     本書で著者は、ネットを舞台に現在進行している状況をパノプティコンの反対、つまり市民が権力を普段に監視する構図としてとらえている。ネットメディアが権力に対抗しながら情報を不断に監視する逆転の構造だ。
     著者はウィキリークスに連携した欧米のメディアやジャーナリズムの役割を評価し、「情報を分析、検証、説明する能力を有するマスメディアの価値はさらに高まる」と指摘しているし、日本のメディア界の動向に関しても好意的に評価している。
     従来、メディアは国家と民衆の中間に位置し、「中立性」をその特徴と「称した」。しかし実際のところ「中立性」などは存在しないし、メディアに要請される中立性とは、その本質が民衆の権利を守るという立場でならなければならないはずだろう。日本では「リーク」とは、何等かの「秘密を暴露する」というスキャンダラスな受容がその殆どだ。しかし、その根柢には、国家や共同体といった枠組みを超えた、人間そのものを保障するという眼差しが存在することを本書は想起させてくれる。
     全体として未来へのスケッチとしては秀逸なものの、評者は、震災以降、実際には逆パノプティコンとして機能した日本のメディアの動向を全否定することはできないものの、恣意性や権力との癒着構造、また反権力ならば何をやってもいいというスタイルや受け手のネットリテラシーの問題を勘案すると楽天的に受け止めることには躊躇してしまう。

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ウィキリークスからフェイスブック革命まで 逆パノプティコン社会の到来 (ディスカヴァー携書)の作品紹介

「パノプティコン」という言葉をご存じだろうか?日本語では「全展望監視システム」と訳されている。18世紀、ベンサムによって考案された監獄の設計案だ。ウィキリークスやフェイスブック革命による一連の騒動を見て、このパノプティコンを思い出す。ただ、構図は逆だ。看守塔にいるのは政府ではなく市民なのである。あのジョージ・オーウェルが小説『1984』において危惧していたのは、「ビッグブラザー」としての政府によって、市民の一挙手一投足が監視される未来社会だったが、ウィキリークスやフェイスブックの登場は、政府活動の陰の部分を含めたあらゆる情報を明らかにし、勇気ある市民が声を結集し、命をかけた政治行動を起こすための強力な武器を市民に与えた。看守塔にいるのは市民であり、監視されるのは政府であるという「逆パノプティコン社会」の到来だ。本書では、ウィキリークスやフェイスブック革命の分析を通じて、この「逆パノプティコン社会」の到来について論じることにする。

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