戦後思想の一断面―哲学者廣松渉の軌跡

著者 :
  • ナカニシヤ出版
3.56
  • (2)
  • (1)
  • (6)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 27
感想 : 2
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784888488693

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  哲学者廣松渉の教え子である熊野純彦による廣松渉の伝記である。
     とはいえ内容は、当時の時代背景や、熊野による廣松の個人的追憶、あるいは廣松哲学の解釈にとどまっており、客観的な記述がなされているとは言いがたい。廣松の愛読者であればともかく、廣松初心者に廣松哲学への入門書として手渡すには少々抵抗がある本ではある。
     個人的に最も感銘を受けたのは、まえがきとあとがきであった。
     熊野は言っている。廣松が「忙しい」という言葉を口にしたのを聞いたことがない。死んで十年経ってからそのことに気づき、それ以来「忙しい」という言葉を口にできなくなった、と。
     廣松渉は1994年に60歳の若さで死去した。全三巻になるはずだったライフワーク『存在と意味』は、二巻までしか書くことができなかった。廣松の頭の中ではすでに完成していたであろうその著作を書き上げるためには、一分でも一秒でも惜しかったはずである。忙しくなかったわけがない。まして自分の身体が癌に冒されていることに気づいていたのであってみれば、なおさらそうだったろう。
     だが廣松はライフワークに専念するにはあまりにも義理堅い男であった。熊野が若き日に書いた、今となっては本人も読み返す気になれないという論文に目を通して細かな助言を与え、手術後ももはやしゃべることさえできない身体で宴会に参加していたという。有名な長電話(熊野との最長記録は8時間だという)も、廣松のサービス精神のあらわれではなかったろうか。
     廣松は夜寝ていなかったのだろうと勝手に思っている。本書の表紙の写真、まだ三十代の廣松の目の下に刻まれた深い翳も、それを物語っているように思われる。わずか60年の人生で、1人の人間にあれだけの仕事ができたことが驚きである。睡眠よりも哲学の方が好きだったのだろう。「忙しい」という言い訳を使ってでもいいから、『存在と意味』を書き上げさせてあげたかったと思うのは感傷的すぎるだろうか。

著者プロフィール

東北大学助教授

「1997年 『カント哲学のコンテクスト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

熊野純彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×