僕はいかにして指揮者になったのか

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著者 : 佐渡裕
  • はまの出版 (1995年7月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784893611925

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僕はいかにして指揮者になったのかの感想・レビュー・書評

  • 指揮者の佐渡裕さんがどのように音楽に携わり、偉大な師匠(小澤征爾・バーンスタイン)に出逢って指揮者になったか。という修業時代を綴ったもの。
    佐渡さんはどっしりとした風貌で、メディアにも数多く登場し、一万人の第九なんてのもやっちゃったりする、魅力的な指揮者だ。指揮を振りだしたら、大量の汗を飛び散らし、情熱的に歌ったり、泣いたり、叫んだり、指揮者として今までに見たこともないほどのパフォーマンスを披露する。ワンステージで体重が5kgも落ちてしまうそうだ。あれだけのパワーを使っていればそうだろう。お喋りも楽しいので、そんなわかりやすさが人気の秘訣なのだろう。実は母が「佐渡さんが書いた本ないの?」という一言で探して読んだ本である。
    人柄がそのまま活字になっているので、とても読みやすく面白い。なんせ世界の小澤・バーンスタインが関西弁で喋るのだ。「ここはな、この部屋からみんなを大宇宙につれていかなあかん」「ライフ・キャン・ビー・ビューティフルや!」なんて言っているのを想像するだけでも楽しい。独学で学んだ指揮法で素晴らしい師匠に出逢い、最前線で活躍しているのは、音楽が好きだという情熱と人柄なのだろう。人が人を呼び、繋ぎ、成り立っているというのがとてもよく分かる。もちろん相当な努力をしたと思うが、そのような地道な部分はまるでなく、みなさんのおかげでこうして大好きな音楽で仕事ができていますという感謝が綴られている。一瞬のチャンスを逃さずものにしてきたのは、さすが一流だ。
    国際コンクールの様子が書かれているのだが、クラシックコメディ漫画「のだめカンタービレ」で千秋さまが受けた国際コンクールの内容そのままだった。(オケを振りながら間違い探しをしたりする場面。)あの部分は佐渡さんに取材したのかなーなんて思いながら読みました。
    音楽を楽しむこと。いや、楽しいもの。そんな気持ちが大事なのだ。

  • クラシックは堅苦しくなんかない、広く多くの人に楽しんで欲しいという気持ちは伝わってくるが、肝心の“いかにして指揮者になったか”の部分が全くつまらない。

  • (2012.09.16読了)(2011.10.10購入)
    【夏の文庫フェアを読む・その④】
    文庫版は、新潮社から出ています。
    佐渡裕さんが世に出てきたころは、やたら元気のいい指揮者が出てきたらしい、という程度であまり関心を払いませんでした。人気は下火になりそうもないので、読んでみました。
    バーンスタインや小澤征爾さんに随分かわいがってもらったようです。荒削りであるにもかかわらず、二人の巨匠に認められる何かをもっていたのでしょう。
    本人の努力によって、タングルウッド音楽祭で認められ、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝できたというのも、素晴らしい音楽性を持っていたからでしょう。
    音楽の指揮者というのは、実に不思議な職業です。専門の教育を受けなくてもできてしまう人達がいるのですから。
    小澤さんの「ボクの音楽武者修行」と同様、音楽に関心がない人でも楽しめる本です。

    【目次】
    プロローグ 演奏会ほど面白いものはない!
    第1章 僕が指揮者になった理由
    第2章 〝世界のオザワ〟、そしてバーンスタインと出会う
    第3章 バーンスタインのもとへ
    第4章 オーケストラで指揮したい!
    第5章 指揮者というもの
    佐渡流「演奏会の楽しみ方」
    おわりに

    ●ジャガイモを見つけた(83頁)
    バーンスタインが亡くなってから、こんな話が僕の耳に届いた。ウィーンのツアーを終えてアメリカに帰ったバーンスタインは、聖書の一節を借りて、こんなふうに僕のことを言っていたという。
    「オレはジャガイモを見つけた。まだ泥がいっぱいついていて、すごく丁寧に泥を落とさなければならない。でも、泥を落とした時には、みんなの大事な食べ物になる」と。
    ●いい空間で生活(115頁)
    音楽だけでなく、芸術に携わる人は、できるだけいい空間で生活した方がいいというのが僕の考え方である。
    それは、貯金が百万あるとか、一千万あるとかいうことではない。とくに指揮者は、譜面を開いて自分の音楽を創り出す作業が、ほとんど部屋の中で行われるため、その空間が窮屈に感じたり、気が滅入るようなもので囲まれていたのでは、決していい仕事はできないと思っている。
    ●ウィーン・フィルの音(160頁)
    演奏会が始まる直前の静けさの中で耳を澄ませていると、ウィーン・フィルの指揮者をしていたマーラーの音が、ホールの壁から聞こえてくるような気がした。そして、そこで奏でられるウィーン・フィルの音からは、眩い金色の光が放たれ、体全体が柔らかく温かい何かに包み込まれるような不思議な感覚を味わった。
    ●音楽を楽しむ(168頁)
    日本の指揮者やオーケストラの中には、音を完璧に〝合わせる〟という意識が先立ってしまい、音楽そのものを楽しもうという気持ちが感じられないことが少なくない。〝プロ〟であるが故に、素人のように未熟な合奏ではお金をもらえないと思っているのだろう。確かにその通りである。しかし、そこに音楽を愛する心、音楽する喜びが伴っていなければ、全く無意味な演奏会になってしまうのだ。
    ●山田一雄先生からの手紙(177頁)
    「僕は、自分でお金を出して君の演奏会を聴きに行きました。僕は、君のベートーヴェンを聴いて悔しかった。それは、僕の世代では演奏できないベートーヴェンでした。たぶん君は、日本の音楽コンクールを受けたら予選で落ちてしまうでしょう。でも君は、小さいころからベートーヴェン、この西洋の音楽を吸収し、自分の新しいベートーヴェンをごく自然に身につけた人です。僕にはそれができません。それがすごく悔しかったのです。」

    ☆関連図書(既読)
    「氷菓」米澤穂信著、角川文庫、2001.11.01
    「ポケットに名言を」寺山修司著、角川文庫、1977.08.20
    「桐島、部活やめるってよ」朝井リ... 続きを読む

  • あぁ、音楽って本来こうあるべきものなのにな、と再認識させてくださった本でした。素敵な時間をありがとうございました。

  • やばい!この本。。。この人。。。
    天才指揮者バーンスタインの最後の弟子!佐渡裕。あまりに唐突だけれど、この本を読みファンになってしまった。。。著書としての文章能力は・・・?だが、彼のまっすぐな生き方に感動すら覚えた、そして読んでて時に涙すら流れそうになった。最近読んだ自分の本の中でも、飛びぬけてインパクトがある本となりました。

    佐渡裕著「僕はいかにして指揮者になったのか」OH!文庫(2001)

    * 人にどう思われるかということより、自分の音楽を表現しようとすると自然とそうなる。汗が吹き出るほどの怒りや悲しみを発散し、ぶつける。そこにはどこまで悲しい思いをしたか、美しいものを美しいと思ったかという心が表現される。そういう意味で指揮者は指揮台の上で何をしてもよいと思っている。欲しい音のためには、まったく誰からも制限されることなどない。全くうごかなくても、こぶしを突き上げても、飛び跳ねようが、たとえ指揮台やステージから落ちても。少々極端かもしれないが、欲しい音のためになら、僕は素っ裸になってもいいとさえ思っている。
    * 日本人として生まれたことを悔やんでいた。できることなら区らしくが発祥したヨーロッパ文化の中で生まれ育ちたかった。そのため、ヨーロッパ出身の指揮者や演奏家に対しては常に引け目を感じていた。しかし、バーンスタインの話で、日本人であることに自身がついた。僕は僕でしかない。佐渡裕は日本字であり、カラヤンやクライバーではない。また小澤征爾でもないし、バーンスタインでもない。
    * 僕はどこの学閥にも属さず自分で指揮をしてきた、行ってみれば超雑草である。クラシックの世界は、異端児にはけっこう冷たいところがあるのだが、そんな僕に自身をつけてくれるかのように、オーケストラの事務所の人たちに「オレが見つけてきたんだ。オレが見つけた才能なんだ。だからみんな絶対、こいつが思うように生きていけるようにしてやらなきゃいけないよ」と言ってくれるのだ。指揮者に限らないことだが、師弟というものは、弟子が師匠の助けを求めるものでもないし、師匠もまた手を差し伸べて弟子を助けられるものでもない。また、師匠が「俺の弟子や」と決めるものでもない。弟子が自分の目標となる師匠を決め、師匠を弟子が超えてこそ本物の師弟の関係が成り立つ。
    * 僕は師匠のレニー(バーンスタイン)の指摘で、自分がいつも音楽から離れて指揮棒を振ろうとしていたことに気づかされた。もちろん、言葉で気持ちを伝えることは大切だが、その言葉に気持ちや心が伴っていなければ、何も伝えていないのと同じである。
    * 生の演奏である以上、失敗を恐れる気持ちもわかる。しかし、僕はたとえ失敗したとしても、一発の音に心をこめて演奏してくれる、またこめられる演奏家が、本物の音楽家だと思うし、指揮者もまた、1つの振りに心をこめてこそ、本物の指揮者なのだと思う。

  • 著者が京都出身なので、バーンスタインも関西人になってしまったり、一部「ら抜き言葉」が目立つところもあるが、テンポがよく実に読みやすい一冊。指揮者へのHow to本ではないので指揮についての解説はほとんどないが、指揮者になるまでの『ちょっと変わった道程』が余すところなく書かれている。個人的には、「音楽をしいや」という佐野さんの言葉に何度となく助けられる場面に感動を覚えた。

  • 購入済み

    内容(「BOOK」データベースより)
    「世界のオザワ」への憧れ、そしてバーンスタインとの出会い。「オーケストラを指揮したい!」という夢に邁進してきた男の、型破りなエピソード溢れる半生記。

    ずいぶん前からこの本を探していてやっとみつけ、本日読了。
    バーンスタイン最後の弟子といわれる佐渡裕が34歳のときに書いた本。
    最初の16ページで号泣しちゃうわたしって精神状態悪いかも(笑)
    人との出会いつながりって
    時間がたってみないと判らないことが多いのですね。
    いい本でした。
    バーンスタインが素敵で
    そこにはまり込んでいる佐渡さんも素敵で
    そして何よりも音楽って
    クラッシックって素敵で
    涙になってしまった1冊でした。
    本読んで勉強した気分の日曜日。
    ちゃんと歌わなあきまへん(佐渡裕文章風)

  • 現代の日本を代表する指揮者:佐渡裕さんのエッセイ。

    普段はあまりクラシックは側にありませんが、富士見二丁目交響楽団シリーズ(秋月こお:著)が好きなのと、指揮者の佐渡さんをTVで見てすごく好感が持てたのがきっかけでこの本を手に取りました。
    最近のだめが面白かったので思い出して読み返してやはり面白いな~って。一読の価値は絶対ありますよ♪

  • 図書館のイイトコは、こういう絶版になった本が手軽に読めることだよねvv市立図書館ラブvv 若き佐渡さんの、パワーとバイタリティと熱い思いのあふれる本…ある意味暑苦しいほどだ。だけど、音楽と指揮とバーンスタインへのまっすぐな思いには、運命なんて信じないワタシでもちょっくらホロッとさせられる。音楽って、人間って、いいなあと思う。バーンスタインが大阪弁なのがすごい気になるんだけどさ(笑)

  • フランス語でChef(シェフ)といえば「料理人」と「指揮者」両方の意味があるのだとか。

  • 大学のころ指揮者の佐渡裕に似てるといわれ、興味を持った人。読んでみたら人生の教科書だった。チャレンジ精神とプラス思考。実体験を飄々と書いてあるけど、内容はすごく深い。

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