- Amazon.co.jp ・本 (1ページ)
- / ISBN・EAN: 9784895728997
作品紹介・あらすじ
「ストライク」「セーフ」。今ではだれもが知っている審判のジェスチャーを考えた、あるメジャーリーガーの伝記。
感想・レビュー・書評
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2022.6.30 5-1ひ
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ウィリアム・ホイは、耳の聞こえない男の子でした。
野球が大好きで努力家。
大人になって誘われた野球チームで、めきめきと力を見せ始めます。
プロ野球でも活躍し始めたのですが、主審の声が聞こえず、球場の笑いものになってしまいます。
が、ここでくさらないのが、ウィリアム・ホイ!
彼は、身振り手振りで理解出来るサインを考え出したのです。
嘲笑を拍手に変えたすごい人です。
他のスポーツにもきっと影響を与えてますよね。 -
「彼も当時の難聴者がしていたように靴屋をしていたが」Wiki。デビューした1888年、盗塁82でナショナルリーグ首位。1901年アメリカンリーグ創設年に打率294、60打点、四死球がリーグトップで所属のホワイトソックス優勝に貢献した。中堅守備でも走塁でも打球音が聞こえなくては不利と思うが遜色なく強打攻守好走快足、愛称“Dummy”。
今、使われている審判のジェスチャーや選手間のサインは耳が聞こえないウィリアムが、バッターボックスでのストライク、アウトがわかるように考えたことが始まり。電光掲示板もアナウンスもない時代、観客が審判の声が届かなくてもジェスチャーでストライクかアウトかもわかるという効果も相まって広がった。
引退の年(40歳)には、NYジャイアンツの同じ障碍の投手ダミー・テイラーとの対決が実現。通算2044安打、594盗塁。ワールドシリーズの始球式を99歳で務め、その年に亡くなった。 -
ウイリアム・ホイは、1862年にアメリカのオハイオ州で生まれた。2歳の時に病気で聴力を失い、そのため、話す事にも支障をきたすようになってしまう。
でも聾学校に通い、野球が大好きだったウィリアム。学校代表には選ばれなかったけど、彼の野球の才能を認められ、プロの野球チームに入ります。でも、審判の声が聞こえないと、ゲームの流れもわかりません。ウィリアムは、審判に手紙を書きました。それはストライクやボールのジェスチャーを絵にしたものでした。
場内アナウンスも液晶大画面もない時代。ジェスチャーは観客にも喜ばれました。
そのうち、サインプレーなどでも考案しました。
はじめは差別もあった。けれど、ウィリアムはそれを乗り越え、ユーモアをもって生きた。
中学年男子とかで、読書苦手な子にはいいかも。 -
ウィリアム・ホイは野球が得意だったが、耳が聞こえないため選手になるのをあきらめていた。ところが、ウィリアムのホームランを見た人が野球チームに入らないか、とさそってくれたのです! けれども審判の声が聞えないために自分がアウトになったことに気付かず、笑われてしまいました。そこでウィリアムは、アウトやセーフ、ストライクやボールを示すジェスチャーを考えて審判にみせたのです。今ではあたりまえとなったあのジェスチャーやサインを考えたひとのおはなし。
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当たり前のように目にする野球のサインや審判のジェスチャーを考えた人がいたと知り、驚きました。耳の聞こえない選手がメジャーリーグで活躍していたことも知りませんでした。
小学校中学年くらいから。野球好きの男の子とか喜んでくれそうです。 -
耳で 音は、聞こえなくてもあいずで わかるって考えたのはすごい。
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2023.11.11 朝活読書サロンで紹介を受ける。一二年生の課題図書。ウィリアム・ホイにより、セーフ・アウトなどのジェスチャーができた。
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2023-093年生