撮る人へ―写真家であるためのセルフ・マネージメント 人生と仕事のサプリ

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著者 : 安友志乃
  • 窓社 (2001年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (182ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896250350

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撮る人へ―写真家であるためのセルフ・マネージメント 人生と仕事のサプリの感想・レビュー・書評

  • けっこう、頭をガッツンガッツン、ド突かれた気分になる一冊だった。

    ”問題なのは「押したら写った」程度のものを持ってきて、それが面白くって、なんて、そういうマスターベーション写真が社会に通用すると思っているヤツ。”

    ”「この写真どうするんですか」って聞いたら「取りあえずいろんな人に見せて、いずれ何かのかたちに・・・」(中略)「取りあえず、いずれ」ってタイプに多いんだよなぁ。私こういう話、思い出すとすごくムカつくんですけど。”

     これだけ好きなこと言い放っていたんじゃ、敵もさぞや多かったのではなかろうか思わないでもない。1996年にオープンしたギャラリーが僅か4年で閉廊している。本書はその後の出版ではあるが、ここにぶちまけられているような調子でやっていたのかと思うと、さもありなんという気にもなる。
     ただ、間違ってはないなとは思う。カメラ業界や、斯界の様々な権威にも物申すような論調ではあるが、真理を突いているところもある。本書で扱うテーマは写真についてではあるが、写真、撮影に対する心構えだけでなく、その前に人としての生き方についても正論を展開している(ような)内容に圧倒されて読み進んだ。

     2014年夏から写真を趣味にしようと取り組んでいるが、「作品」の良し悪しというのが一向に判断がつかないでいる。本書を読んでもまだ判然としない部分もあるが、なんとなく一条の光、いや、もっと遠くの曖昧な光明くらいは見つけられそうな気がした。

     著者の云うところの、「表現メディアとしての写真」と「写真機の写真」、この2つの違いがある(のかもしれない)と理解しておくだけでも参考になる。
    「表現メディアとしての写真」というのは、連綿と連なる美術史の延長上にある写真作品のことだ。一方、「写真機の写真」というのは、その起点がカメラつまり道具にあり、その技術力の行きつく先に作品の優劣があるというイメージ(道具を起点にすると「やればやるほど写真が判らなくなる」傾向が強いと著者は云う)。
     但し、何を以って「表現メディアとしての写真」とし、どんな写真ならば「写真機の写真」となるかの線引きは曖昧だ(というか、線引きはできない? あるいは極めて困難なのではないかな)。
     でも、自分の表現したいものが、どちらの延長線上にあって欲しいかは本書を読んで意識できたような気がする。

     もうひとつ、ハッとさせられたのは、これ;

    「不思議なことに値段をつけたことのない人の作品には美術品としての緊張感がありません。なぜ、私が値段をつけるかと言えば、実は作品は美術品である、ということを認識してもらう一番の早道、という部分があるからです。」

     実は、写真を1枚単品で見た時、お金を払ってまで買おうと思ったことがない。自分に審美眼があるかどうかは分からないが、こと絵画に関してはこれまでも何枚か購入したことがあるし、バブルに踊らされた感もなきにしもあらずだが当時数百万円分は絵を買った経験もある。なのに、写真作品に関しては自分で値段が付けられないというか、いくらであっても写真と価格が釣り合わない気がしてならない。
    となると、自分の作品にも値段を付けられないし、そもそも写真は単品で値段をつけて売るようなものではないなと思えてくる(出来栄えの良さ云々はこのさい度外視して)。
     なんだろうなぁ、この差は。決してそれは複製が出来る出来ないの差じゃないんだなぁ(かつて何枚も買った絵は、シルクスクリーンで数百枚のエディションのある作品ばかりだったし)。
     ハッとはさせられはしたが、まだ自分の中で腑に落ちてない、あるいは著者と意見が異なる問題提起なのであった。

     とにかく、撮るという行為での写真、作品という意味での写真に、ちょっと真剣に向き合わされる... 続きを読む

  • 2013/10/01読了。
    気を付けなければいけないのは、本書でいう「撮る人」に含まれる人はとても少ない、ということだ。写真を撮る人みんながイコール「撮る人」ではない。本書が刊行された2001年ですでにそうであるならば、街を行くほぼすべての人が電話にくっついているカメラを持ち歩き、コンピュータが何もかもやってくれて写真のようなCGを作ってくれる夢のような機械をお小遣い程度のお金で買えるようになった今日では、なおさらそうだろう。「撮る人」でない人をふるい落とすために、第1章と第2章が機能していると見た。
    当然、ただの「カメラをかばんに入れて歩くのが好きな人」である僕も「撮る人」には含まれていない。そのことはすぐに分かったし、著者の口吻があまりにもかつて僕を苦しめた女性上司の口ぶりに似ていたので、途中で読むのをやめようとも思ったのだが、もの好きで最後まで読んでみた。読んでみるものだ。至極まっとうなことが書かれていて勉強になった。美術の一分野としての写真というものに関わる一人のプロの考え方としてまっとうだ、という意味だ。
    もちろん著者の考えだけが写真ではない。表現ではなく記録、撮影ではなく機材の愛撫、というあり方も許されて良いし、僕のようにカメラを持って出かけるがなるべく撮らないように努めたい、できれば一枚も撮らずに帰ってくる境地が望ましいというのも、ありだと信じたい。だがそういうふうに写真と付き合っている人は本書では「撮る人」のうちに入れていないというだけのことだ。そのための好著は他にあろう。
    本書で印象に残ったフレーズを一つだけ書き留めておく。

    「道具を持って何かをやるってことは、道具を持たない自分を強く認識することです」

    これ、もはや剣の達人の境地だ。今度の週末はカメラを持たないでカメラ散歩に出かけてみよう。割と本気で。
    それにしても、本というのは有り難いものだなとつくづく思った。僕はこの著者本人とは実際にはおそらく十分と同席できないし、したところで十分で出て行けと言われそうだが、著者が考えのエッセンスを本に書いておいてくれたおかげで、その語るところに虚心に数時間耳を傾け、印象に残るフレーズをいくつか貰うことができた。有り難いことだ。

  • 「自分の内側をさらけ出して」とか、私には重いです。
    写真で食べて行きたいとか思ってないし、一生続けられる趣味として写真をやっていきたい私にはどうも合いませんでした。

  • 刺激になりました。

  • この人の言うことはなんだか激しすぎると思ってそんなに好きではないのですが。1枚写真を買うことが勉強になるという発言に、少し写真の見方が変わった気がします。
    写真集としてみるのではなく、特別な1枚を探せると言うのは、自分でも特別な1枚を撮るための1歩のような気がします。

  • カメラやるなら必読!!ぬるい考えで写真やってる事が、いかにカッコ悪いかを、こんこんと教えていただきました。

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