この世の富

  • 未知谷
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896424393

感想・レビュー・書評

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  • ネミロフスキー3冊目。
    トルストイ「戦争と平和」が未読な為に読みたくなった。
    完全にネミロフスキーにハマってしまった。
    ウクライナ侵攻により手に取ったんだけれど、著者もキーウの生まれなので、読んでいて胸に詰まるものがあった。
    戦争の生々しさや、その中にひっそりと生きている色んな人の想いや人生、悲しいかな死する者もあれば産まれる者もいる。
    歴史や生命力を感じる。
    彼女の描く筆に血が騒いだ。

  • 第二次大戦の只中のフランスをリアルタイムで描いたところは、この後のフランス組曲の「六月の嵐」につながる。ドラマのダイナミズム、闊達な人間描写、所々の美しい描写も共通している。
    後書きではピエールが主人公のように解説されているが、私は妻のアグネスの「女の一生」に感じられた。身分違いの恋で愛する人と結婚し、夫を戦争に送り出し、息子を戦争に送り出し、戦乱に立ち向かう。最後の文章は美しい。「自分はこの世の富を全て蓄え、地上のあらゆる苦さも甘さも実を結んだ。そう思った。二人は一緒に人生を全うするだろう。」
    しかし、ネミロフスキーはアグネスの立場、フランス人ブルジョワにはなれない。本書を書き終えて僅か2年後に、全うできずに亡くなった作家の運命を思わずにいられない。ネミロフスキーはその人生を送れなかった、しかし死後何年経とうが不滅の「フランス組曲」が次に来るのだ。

  • イレーヌ・ネミロフスキーという名を知ったきっかけは何だったか、つらつら考えているがよく思い出せない。出版社のツイッターだったか、あるいはこの作家の作品が長い年月を経て映画化されるという話題だったか、あるいは何らかの書評だったか。
    いずれにしろ、おそらくはアウシュヴィッツ解放70年の節目と無縁ではなかった、と思う。
    本書の著者はキエフ生まれのユダヤ系であり、1942年、39歳の若さで、アウシュヴィッツで命を落としているからである。2014年に映画化された「フランス組曲」は、未完の遺作である。娘が保管していた形見のトランクから著者の死後、60年後に見つかったものだ。

    本書は、「フランス組曲」の1年余り前に執筆され、著者の死後(1947年)、刊行されたものである。
    主題は、田舎の村を軸に、2つの家族の、主に2世代に渡る愛憎の物語である。そう書くと何だかメロドラマ調で、あるいは少しばかり「嵐が丘」を思い出させたりもするのだが、本書の持ち味は、扇情的なドロドロ劇や、破滅を引き寄せる激情にはない。等身大の人物たちが、それぞれの思惑で生き、行き違いや衝突を経て、各々、人生の辛さも喜びも味わい、第一次大戦・第二次大戦をどのように生き延びていくかが、冷静な筆致で描き出されていく。

    舞台はフランスの地方にあるサンテルムの製紙工場である。旧家である工場の経営者一族の御曹司、ピエールは、資産家のシモーヌと婚約している。が、彼には別に好きな娘、アグネスがいた。いくぶん低い身分に属する上、父母が地元の出身ではない彼女と結婚するなど、この地の常識ではあり得ないことだった。だが、紆余曲折を経て、結局、ピエールとアグネスは純愛を貫くことになる。このことはもちろん、シモーヌの一族との間に決定的な亀裂を生じさせる。
    2人は土地を離れざるを得なくなるが、さらには、彼らの人生に第一次大戦が影を落とす。
    ピエールとアグネス、そしてシモーヌは、サンテルムの工場を中心に、つかず離れず、互いの人生に関わり合っていくことになる。

    美人だがやせ型のアグネスと、しっかり者だが容貌は劣るシモーヌが互いに密かに値踏みしあう描写。
    思春期となった息子ギーの心が掴めずに苦悩するピエールとアグネス。
    田舎の人々の誰も口にはしないが厳としてある社交上の不文律。
    人物の描写が手堅く、「こんな人いる」、「こういうことはある」と読者の共感を誘う。
    だからこそ、家族が召集された不安感、戦闘下で逃げ惑う絶望感・閉塞感が際だつ。
    世の中が激動の波に呑まれる中、普通の市民はどのようにそれに耐え、生き延びようとしたのか。
    著者の筆致は冷静だが冷酷ではない。悲惨な出来事もあるが、物語にはどこか、救いと希望が忍び込まされている。

    タイトルの意味するところは何か。
    楽なことばかりではない人生だったが、本書の結末で、アグネスは1つの「悟り」を得る。
    「この世の富」とは何なのか。傍目にはささやかかもしれないが、彼女は大切なものを得たのだ。
    最後の数行は、ここまで読み進んだ読者への、著者からの贈り物のような、美しい文章である。

    著者はユダヤ系で、もちろん、本書の主人公であるピエールのような土地の基盤は持たない。
    本書を読む限りでは、著者は自らの出自とは関わりなく、ただただ、自分が読んでもおもしろい物語、読み継がれる物語を編み出したかったのだろうと思う。
    逆にそのことが、著者の死の理不尽さを物語るようでもある。普遍を求めた人の、彼女を作った一部でしかない「出自」を、彼らは糾弾したのか。
    物語が残す希望と裏腹に、著者の辿った運命が苦い。

  • 未知谷4冊目のイレーヌ・ネミロフスキー

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    http://www.michitani.com/books/ISBN978-4-89642-439-3.html

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著者プロフィール

1903-1942年。キエフ生まれ。ロシア革命後に一家でフランスに移住したユダヤ人。1929年、長篇第一作『ダヴィッド・ゴルデル』で成功を収め(31年J・デュヴィヴィエ監督が映画化)、一躍人気作家に。第二次大戦が勃発すると、夫と娘二人とともにブルゴーニュ地方の田舎町イシー=レヴェックに避難、やがてフランス憲兵によって捕えられ、42年アウシュヴィッツで亡くなった。娘が形見として保管していたトランクには、小さな文字でびっしりと書き込まれた著者のノートが長い間眠っていた。命がけで書き綴られたこの原稿が60年以上の時を経て奇跡的に世に出るや、たちまち話題を集め、本書は「20世紀フランス文学の最も優れた作品の一つ」と讃えられて2004年にルノードー賞を受賞(死後授賞は創設以来初めて)。フランスで70万部、全米で100万部、世界で約350万部の驚異的な売上げを記録し(現在40カ国以上で翻訳刊行)、映画化された。

「2020年 『フランス組曲[新装版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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