卑弥呼誕生―『魏志』倭人伝の誤解からすべてが始まった (新書y)

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著者 : 遠山美都男
  • 洋泉社 (2001年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896915839

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卑弥呼誕生―『魏志』倭人伝の誤解からすべてが始まった (新書y)の感想・レビュー・書評

  • この著作の要點は以下の通り。<BR>
    <BR>
    ・「卑彌呼」は固有名詞ではなく、「機關」としての普通名詞である。<BR>
    ・「卑彌呼」は邪馬臺國の「女王」ではなく、倭國のシャーマンである。<BR>
    ・邪馬臺國は「倭國」のなかの國のひとつで、そこに男王とシャーマン「卑彌呼」がゐた。<BR>
    ・「卑彌呼」を女王としたのは、支那の中華思想の現はれである。女が王であるのは野蠻國打と云ふ意識の現はれ。<BR>
    ・2代目「卑彌呼」である臺與は固有名詞であらう。<BR>
    ・「卑彌呼」職は王の權威を保證する「機關」である。(「卑彌呼機關説」)<BR>
    ・この「機關」はすぐにその機能を前方後圓墳にとつて替はられた。<BR>
    ・前方後圓墳の發展過程および分布から考へると、當時の倭國の中心(邪馬臺國)は近畿地方であつたと考へられる。<BR>
    <BR>
    さて、どんなものであらうか。<BR>
    當時の支那(後漢から魏晉南北朝)が邪馬臺國を倭國と同一の政體・國家だと考へてゐたことは確かだと思ふが、卑彌呼がその女王ではないと斷言できるかどうかは疑問だ。<BR>
    しかしながら、いわゆる魏志倭人傳の記述から邪馬臺國の所在地を確定させることはできないと云ふ主張には納得できる。<BR>
    ただ、鐵器の傳來は北九州の先進性を裏付けるにもかかわらず、3世紀には近畿地方が北九州地方を支配下においてゐると云ふのであれば、その間の權力の變遷について納得のいく論證をしてもらひたいものである。<BR>
    <BR>
    2003年7月6日讀了

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